第22話 さあ、プレゼン当日です!

 類のプレゼン当日。

 さくらは早朝から試作室に籠り、子ども服の仕上げに励んでいる。


 今日は類が本社に出社するので、あおいをお願いして早くに出勤した。

 お弁当も作れず、わが子も放ってしまうなんて。しかも、類とのらぶらぶ性活も数日間お預けにしている。母としても、妻としても役目を果たせていない。


「これさえ終われば……これさえ……!」


 お姫さまドレス風ワンピースは完成した。つなぎもだいたい出来上がった。三着目のカーディガンが難しい。


「し、刺繍ぅ……」


 凝れば凝るほど、ドツボにはまってゆく。類の指示はおおざっぱで、『ここ刺繍』。『お花』『虹』『なんかきれいなやつ』としか書かれていない。

 刺繍、嫌いではない。時間があれば、たくさんちくちくしたかった。糸もたくさんの色が用意してある。

 ミシンの刺繍機能にまかせてもよかった。けれど、どうしても手縫いのあたたかさを伝えたかった。


 プレゼンは午後一時スタート。

 現在、十時半。出勤してきた類が一度だけ、会いに来てくれた。それ以外は誰とも会っていない。


 針、糸、布。針、糸、布。


 体操の収録で使ったおゆうぎかいの衣装も出すので、カーディガンは無理に完成しなくてもいいと言われた。けれど。


「類くんのために、会社のために」


 意地だった。目をこすりながら、縫う。ひたすら縫う。

 ……眠い。どうしよう。



 そのとき、ドアが強めにノックされた。ちょっと、驚いた。さくらが返事をするまえに、開かれた。


「さくら、ここか?」


 一瞬、類かと思った。入ってきた人物は、きっちりスーツを着ていた。

 しかし、近くで見ると違った。


「れ、れい……!」

「見せてみろ。どこまでできた」

「えー……と」


「これが、類のデザイン図か。なんだ、丸投げかよ。さくらの画力じゃ無理だろ。もっと早くに助けを乞えって」

「どう、して。どうして、玲が!」


 言っては悪いけれど、玲のスーツ姿なんて見たことがない気がする。作業着かジャージ、それか高校の制服。ごめん。


「叶恵さんに頼まれた。お前の作業を手伝えるのは、俺しかいないって」

「そりゃあ、玲は織物職人で、糸のことならなんでも知っているけれど、でも」

「西陣織職人舐めんな。針、貸せ。『なんかきれいなやつ』縫ってやる。なにがいい?」


「ええと、ユニコーン。ふわっと、できたら夢の国みたいな感じで、魔法のお城とか」

「は。ユニコーン? そんなんイメージが……どっかで資料を持ってこい。参考になるやつ」

「資料?」


「いいから行け。百科事典でも、ネットの画像でもなんでもいい。急いで。類のプレゼン、一時だな」


 救世主の登場で、さくらは試作室を追い出された。

 玲に、会えた。話をしてくれた。函館で、絶縁みたいな別れ方をしたのに。


 こみ上げてくる涙をブラウスの袖で拭い、さくらは走った。


 ごめん、玲。でも、いつもありがとう。うれしい。

 類とは違う意味で、信頼している。玲なら、さくらの言いたいことやしたいことをあれこれ説明しなくても、伝わる。


 便利に使ってしまって、申し訳ない。どうやってお礼をしたらよいのやら。


「しりょう……しりょう!」


 さくらは、図書資料室にある、それっぽい資料の図鑑や事典をかたっぱしから台車に載せ、試作室へと戻った。



「遅い」


 息を切らして走ったけれど、玲には認められなかった。

 若い男性がスーツで手縫い姿って、かなり衝撃な見た目なんですが……とは、不敬に値しそうで言い出せなかった。すごい、すさまじい縫いの早さ! 超高速自動刺繍機!


「こんな感じでいいか? あんまり凝ると派手になるし」


 ちょうど、紺色のカーディガンのおなかの部分に、さくらが虹と思って刺繍していたものが、玲の手によって『天の川』になっていた。


「すごい……はくちょう座。こと座。わし座。まじですか!」

「背中側は控えめだ。一歩間違うと、女の子服からスカジャンになってしまうし」


 さくらの用意した、ピーズのキラキラが星のように輝いている。


「すごい……すごいよ玲ってば」

「ひとりで全部背負うな。試作品はお前と俺の連名になるが、いいよな。しかも、季節外れのテーマになっちゃったし、さくらには不本意かもしれない」


「ううん。こういうの、十二か月連続発売とかしたら……面白いかも。シバサキって、そもそも和洋のコラボ家具屋だし。全部集めたくなる。ありがとう。玲って天才かも」

「『かも』じゃない。天才さまだ。俺を振ったこと、大いに後悔しろ」

「うぅ」


「嘘だ。お前は類にふさわしい。あいつのわがままに付き合えるのは、さくらしかいない」


 そのあと、仕上げをふたりでして、出来上がったのは十二時半だった。


***


「保育園へ行く」


 試作品を持って、玲とさくらは保育園へ向かった。


「え。あおいがいるよ? あおい、玲に会ったら、大騒ぎするよ?」

「時間がない。黙ってついてこい」


 保育園では、もちろんあおいが待ち構えていた。


「れーいおじちゃー!」


 叫びながら、玲にしがみつく。母のさくらのことなんて、まるで無視。恋する乙女の本性、あらわれたり……!


「今日はあおいのちからを借りたい。よろしくな」

「うん。まみこせんせいにきいた! はなこせんせいにも」


 あおいのとなりには、あおいと似たような背格好の女の子が三人、並んでいる。


「実際に、試作品を着てもらうんだ。さくらは先生と手分けして、この子たちに服を着せてやってくれ。試作品のモデルを務めることは、保護者さんの了解を得ているそうだ。俺は、少し電話してくる。あおい、新しい服を作ったんだ。どれが着たい?」


 玲があおいに見せたのは、新作三点……お姫さま風ワンピース、つなぎ、刺繍のカーディガン、それとピピクホテプ体操のときに使った衣装。


「こ・れ!」


 意外にも、あおいが指で示したのは新作ではなく、体操の衣装だった。


「あおいね、ぴぴくぽてぷがすっごーい、たのしかったの。また、でたいの。おともだちもたくさんできたんだよ。こんどはいつかなあ」


 さくらはどきりとした。また出るということは、一般の出場者ではなく、レギュラーの子どもタレント枠になるということになる。


「そ、その話は今度にしよう。あおい、今はれいおじちゃを助けて」


 うまくはぐらかせたのか、そうでもないのか。あおいは目をぱちぱちさせながらも、頷いた。


 いったん、保育園の更衣室に入って、子どもたちに服を着せる。


「あー、これすごく着せやすいですね。かわいいし」

「ボタンも大きいし、ひとりでもできそう」


 先生方にも好評だった。

 子どもたちの着替えが終わり、十二時四十五分。


「社長室フロアのミーティングルーム前に集合だそうだ。先生、子どもたちを三十分ほどお借りします」


 念のため、あおいの担任でもある、まみこ先生が付き添うことになった。


 玲、さくら、幼児四人に保育園の先生。妙なパーティーで、社長室へと向かう。

 言われるがまま動くさくら。もしかして、玲のほうが事情通かもしれない。


 玲は、あおいと手をつないでいる。そうやっていると、親子に見えなくもない。ちょっと胸が痛む。


 エレベーターを下りると、類が立っていた。


「ぱっぱ!」


 あおい、玲と引き離されそうな予感がしたのか、とっさに玲の背後に隠れた。手はつないだままで。


「あおい……玲と! ぐぬぬ」


 ぐぬぬしている場合ではない。十二時五十分。そのあたりは、類も冷静だった。


「さくら、時間までに仕上げてくれてありがとう。どの子も、どの服も、とてもかわいいよ。このあとはぼくにまかせて、安心してゆっくり休んで。でも、夜は激しくしちゃう。覚悟しておいて。なんたって、軽ーく三日分は、たまっているし」

「おい。子どもの前でなんてことを!」


 すぐに玲が突っ込んだ。相変わらずの風景だった。


「さくらさん……」


 廊下の奥から美咲が出てきた。


「美咲さん! お子さん、だいじょうぶですか? 美咲さんも」

「ありがとう、こんな私を心配してくれるなんて。ごめんなさい。今日は、さくらさんのためにがんばります」


 たくさん聞きたいことがあるけれど、話せる余裕はなかった。プレゼン開始時刻が近づいている。


「じゃあ、そろそろ行こう。さくら、またあとでね」


 類の一声で、みんな、移動してしまった。

 取り残されたのは、さくらひとりきり。


 ぽつん。

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