第21話 根を詰めて
さくらは、総務部の仕事を大幅に減らしてもらって、子ども服のサンプル製作に取りかかった。ひとりで。
試作室となった会議室には、本格的なミシンも用意されていたが、いつも自分が使っているものが扱いやすいので、自宅からマイミシンを持ち込んだ。
ちまちましか進まないけれど、さくらとしてはこれが最強。
寸法が不安なときは、メジャーを持って保育園まで走って行って、あおいの実寸を確認する。
誰かに手伝ってもらったほうが効率は上がるのだが、うまく指示を出せそうにない。さくらは反省した。仕事の分担、今後の課題。
あおいの普段着ならば気楽に作るので、型紙もなかったし、糸の始末もあおいのお肌に直接当たらなければいいかな程度で済ませるものの、今回の服は企画の見本品。
たくさんの人の目に触れる。適当なものは作れない。時間もかかる。
「ちょっとは休憩しなさいよ、さくらさん。根を詰め過ぎよ。少し、部屋の換気もしましょう、ほら」
叶恵が、あたたかい紅茶を運んできてくれた。カップはふたつある。壮馬が気をきかせて、叶恵を話し相手に派遣してくれたのだろう。さすが、フォローの神。
「ありがとうございます」
「目の下のクマ。ひどい。その様子じゃ、家でも遅くまで仕事しているのね」
「終わりそうになくて」
三着、作るつもりだった。けれど、まだひとつも完成していない。
類の企画のプレゼンの日まで、あと四日しかない。
「現物の見本なんてなくても、ルイさんのデザイン画だけでもじゅうぶんよ。無理しない」
「はい、でも……私のせいで、企画が倒れでもしたら」
開け放たれた窓から、外気が流れてきた。淀んでいた室内の空気と、さくらの押さえていた感情が流れ出てゆくようだった。
「やだなあ、ふだんは『るいくんるいくん』ってふわゆるなのに、責任感は強いのね。そんなに器用じゃないけど、私が手伝いましょうか」
「ありがたい申し出ですが、どう説明すればいいのか分からないんです。完全に私の感覚、勘なので」
「不器用さん」
目の前に差し出されたカップに入った紅茶を、ありがたくいただく。
ひとくち飲んで、さくらは息を止めた。
「うわあ、おいしい。香りもいいです」
「壮馬くんが淹れてくれたの。英国仕込みの本格紅茶」
「ああ、海外に住んでいたってイギリスだったんですか」
「おぼっちゃんだから。あれ、いい感じに仕上がっているじゃない。お姫さまドレス風でかわいいワンピース」
「でも、細かいところがいまいち決まらなくて」
「仕事には完成度も必要だけど、納期までに仕上げることも重要。次のデザインは……つなぎ?」
「つなぎに見えますよね、でもウエスト部分をマジックテープで止めてあって、上下に分かれているんです。動きやすくて着替えやすいオーバーオールです」
「考えたわね。かわいくても、実用的じゃないとね。生地を変えてみても面白そう。デニム生地とか、あえてジャージでもいいかも」
「オトナでも行けるはずです。『ママとペア』とか」
「パターンが無数にあるのね」
「類くんのデザインを見ていると、アイディアが次々と湧いてきます」
「仕事面でも相性抜群」
「ということになります!」
「結局、おのろけか」
叶恵が来てくれたおかげで、さくらは気分が新しくなった。両手をマッサージしてくれた。
ほんとうは、この場に類がいてくれたらいちばん心強いけれど、類はまだ吉祥寺店の店長である。
整理がつき次第、本社に戻るようなことをしきりに言っているけれど、もうしばらくかかるだろう。それに、類は社長になる引き継ぎや、学ぶこと覚えることが無数にある。頼ってばかりいられない。
しっかりしろ、さくら。
自分に気合を入れ直し、さくらは目をこすってミシンの針を進めた。
***
プレゼン前日。
「さくらは明日、企画のプレゼンに出席しなくていいから」
「は? 試作品、手伝っているのに?」
「でも、まだ全部出来上がっていないんでしょ。それに今は、さくらが前に出ないほうがいいと思うんだ。また、嫉妬の標的になるかもしれないし」
「それは、そうだけど」
類のとなりに立ちたい気持ちもある。
「さくらの代わりに、今回は発案者として美咲さんに出席してもらうつもりなんだ」
「美咲さんを?」
「さくらの裁縫能力を見抜いて子ども服を言い出したの、美咲さんでしょ。成功すれば、彼女の名誉挽回にもなるだろうし、今回の見せ場は美咲さんに譲ってよ」
「類くん……!」
さくらは類のやさしさに感激した。メール一斉送信事件で、もっとも傷ついたのは美咲だ。
「でも、ずっとお休みしているよね。美咲さん」
「午後、プレゼンの時間だけはなんとかするって。悪いけれど、さくらは試作品ね」
うう、がんばっています。でも、もうひと息が、いちばん大変!
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