第20話 新宿の秋の空に
翌々日。
贅沢にも、家族三人で車出社。あおいを保育園に預けたあと、すぐに子ども服作りのための買い出しに出かけるためだ。
しかし、ちょっと時間が早い。手芸店は、十一時開店。
「少し、デートしようね」
『勤務中』ゆえに『打ち合わせ』だが。類が書いたスケッチと、あたたかいコーヒーを持って、車で向かったのは……。
「新宿御苑!」
紅葉がはじまる前の公園。
「来たことない! 初めて」
「さくらは東京生まれのくせに、行ったとこ少なすぎ。東京タワーもないでしょ」
「う……」
「ああいうのは……観光客が行くところであって、近くに住んでいる人はなかなか」
「言い訳はいいよ。ぼくと一緒に行くために、とっておいたんだよね」
「はい、そうです。その通りです」
「この先、ちょっと進むと代々木の競技場があるんだけど、その手前に沖田総司最期の地って呼ばれている場所があるんだよ」
「新宿に?」
「沖田の終焉地は諸説あるらしいんだけど、当時このあたりは完全な田舎で、植木を育てている家が多かったらしいよ。病気で戦線を離れて、その植木屋さんに預けられたって」
「そう……なんだ。剣士だったら、仲間と最後まで戦いたかったよね」
さくらは道の前方を見やった。現代では、普通の街の一風景でしかない。そして、この作者……ほんとうに新選組マニアだよねとさくらは思った。
都会なのに、空が青くて広い。ビルに囲まれているものの、緑が濃い。
「気分転換に、よく来たんだ。ここ、事務所の寮にも近くてさ」
モデル時代、類は聡子のもとを離れ、社長の家に住み込んだり、寮に住んでいた。
「じゃあ、類くんお気に入りのお散歩コースだね」
「誰かと来るのは初めて。さくらは特別、やっぱり」
少し歩いたところで、類は車内から持ってきたレジャーシートをベンチの上に敷いた。
「じゃあ、さくらはぼくの上に……って言いたいところだけど、となりに座って」
さくらもそうだが、類もぶれない。
気を取り直して。
「こういうの、いいね! 人目も気にならないし、お弁当を持ってくればよかった」
「仕事中、さくら」
「あ、そっか。じゃあ、今度お休みが合ったら、あおいと三人で」
「そうだね。じゃあ、ぼくの案をいくつか披露」
類デザインの子ども服は、まだ見ていない。見せてくれなかった。
「とりあえず、今回は急だから、作っても最高三点ね。あとは、うちにあるのを何着か持っていこう」
一枚目は、類お得意のワンピースだった。プリーツたっぷりのひらひらで、ハイウエストなスカート部分にはお花やらリボンがたくさんあしらわれている。
「かわいい! あおいに着せたい」
「基本はそこだからね。あおいに似合うってところ」
「うんうん、分かるよ。でも動きやすい&着替えやすいように、ここをこうしてみてはどうかな。スカートのお花やリボンは取り外しできるの。マジックテープかスナップで止めて。案は黄色だけど、色違いもかわいいと思う。水色、ピンク。お姫さまカラー」
「そういう、細かいところは、現役ママであるさくらのほうが詳しいね」
「類くんのデザインあってこそだよ。早く作りたい。生地はどんなのにしよう。勤務なのに、趣味みたいなことして……なんだか悪いなあ」
「将来のシバサキがかかっているんだ。立派なお仕事だよ」
うれしい。とても。今は子ども服だけれど、いつかこうして家を建てたい。類デザインのさくら設計。
その夢のためには、みんな健康でシバサキファニチャーも健全経営でなければ実現できない。類の社長就任、話題になるだろうが反感も多いだろう。そのとき、類をもっとも近くで支えられるのは自分、さくらだ。
さくらは、類の肩にそっと頭を乗せた。目を閉じる。木々の緑の間を吹き抜けてきた風が心地よい。
「……家族モデル、ちょっとなら引き受けてもいいかな」
「まじで?」
「ん。将来のシバサキのために。今、傾いたら困るもん」
「ありがとう! その答えを、ずっと待っていた」
類はさくらを抱き締めた。ぎゅっと。
「る、るいくん……」
「ぼくの人生に巻き込んで、さくらは迷惑しているんじゃないかなって思っていた。怖くて……答えを聞けなかった」
「迷惑? するわけないよ。あおいもいてくれて」
「だから、それが負担なんじゃないかって。ぼくが暴走して……あおいさえ、いなかったら……さくらはもっと自由だったのに……玲のところへ戻ったっていいんだし……いや、あいつなら、あおいごとさくらを受け入れる度量もあるし」
「私のダンナさまは、類くんだけだよ。あおいがいてもいなくても」
「ぼくが死んだら、玲と再婚するでしょ」
「しないよ、できないって。類くん以外、いないよ。そんな悲しいこと言わないで、二度と。……類がすき。だいすき。いつまでも、一緒にいたいよ」
泣きながらさくらは類にキスをした。
類もさくらに応えた。ふたりの涙が重なった。
「泣かないで、さくら」
「類くんも。きれいなお顔が台無しだよ」
もう一度、唇を重ね合う。いとおしい。もっと、つながっていたい。もっと、ほしい。類の全部がほしい。さくらは願った。
……しかし。類からさくらの身を離した。
「だめ、これ以上続けたら。ぼく、激エロモードに入っちゃう。それとも、ここでつながる? ぼくは準備オッケーだけど、さくらは?」
「い、いいいいいやいやいや無理」
「かわいいね。さくら。じゃあ、コーヒーをちょっと飲んで落ち着いたら、次の服の検討にうつろっか」
打ち合わせが終わったあと、御苑をざっと一周してから買い物に向かった。
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