第19話 新事業、着手?
収録から、数日後。
会社で、さくらは社長室に呼び出された。また、なにかやらかしたのかと、おびえながらエレベーターを上がる。
心当たりはないけれど、でも不安。社長室は、どきどきしかない!
「さくらちゃん、じゃない。さくらさん、さあ座って! 十分だけしか時間がないんだけど」
「はい、よろしくお願いします」
見たところ、聡子の顔色は悪くない。メイクでがんばっているのかもしれないけれど、表情が明るい。よかった。
「あのね。子ども服、作って」
いきなりの提案だった。目をぱちぱちさせて驚くさくらに、聡子は続ける。
「特別に撮影したっていう番組収録の動画を、武蔵くんに内緒で流してもらったんだけど。ほら、さくらさんも見て」
聡子の脇に置いてあったパソコンの画面に、視線を移動させる。
「あおいちゃん、ほんっとにかわいい。もちろん笑顔もいいけど、この服よ、服! こんなすばらしいものが作れるって、どうして今まで隠していたの?」
さくらも初めて見た。かわいい。わが子ながら、とてもかわいい。あおい出場回の放映日は未定だが、三か月後ぐらいになるのが通常らしい。
「隠していたっていうか……別に、これは普通です。もともとは、おゆうぎ会用に作ったんです。家庭科の授業でも、エプロンとかスカートとか作りますよね」
「そんなレベルじゃないでしょ、このワンピース。基本はデザインは類なんですってね」
最近、たまにあおい用の服を作っていると説明した。
「すごい、すごいすごいすごい! これは、ヒットの予感。実はね、類、じゃない類さんから企画書を預かったんだけど」
聡子の手もとには、類が作った企画書があった。全然、知らなかった。しかも、美咲と連名になっている。
「次期社長夫婦による、子ども服ブランド……ですか」
「そう! 家具屋に来ても、子どもってつまらないじゃない? でも、こういうかわいい服が売っていれば、ちょっとは楽しくなるはず。まずは、あおいちゃんをモデルにして、女の子をターゲットにしましょう」
「私たちが作った服を着て、あおいがシバサキのモデルになるんですか」
「場合によっては、社員に子どもモデル募集をしてもいいけれど、基本はあおいちゃんメイン。これは変わらない」
「商売にするつもりで作ったのではありません」
「これは、チャンスになる。さくらちゃんの売り出しにも絶好」
「私の?」
「こう言っては悪いけれど正直、さくらちゃんは普通だからね。こういう特技があれば、『さすが北澤ルイの妻』ってなるし」
「……お母さんも、モデル復活に賛成なんですね」
「このさい、使えるものは使いましょ」
「でも、ほんとうに心の底から引退を惜しんだ、ファンの気持ちはどうなりますか。私だって、ようやく周りが静かになってきたのに」
「ファン? ルイのファンなら復帰をよろこぶでしょ。またあの天使のほほ笑みが、限定的にとはいえ拝めるんだから。類はこれからも、いい感じで歳を重ねていくと思う。類の人生が、シバサキのモデルそのものなの。子どもが生まれて、新しい環境。とてもいい時期。さくらちゃんだって、いつも近くで類のお手伝いをしたいでしょ」
「それは……そうですが……そばにいたい……」
「じゃあ、決まり! 十日以内に、試作品を何着か作ってきて。製品化を検討しましょうね」
予算はこれ、試作品を作る部屋はここ、など細かく指示された。
「早めに、類と買い付けをしてきて試作に取りかかって。布、糸、ボタン、小物……いろいろと必要でしょうし。もし、人手が必要なら、手芸が得意な者を派遣するから、遠慮なく言って」
断れなかった。
***
「類くん!」
さくらは激怒した。
帰宅した類に、『おかえりなさい』も言わなかった。
「お母さんに、勝手に企画書を提出したの? 私、そんなに手の込んだ服なんて、作れないよ? あおいが着るために、ミシンをちょっと動かしただけなのに」
「それでいいんだよ、さくらはぼくとあおいのことだけを考えていればいい。会社のこととか、そんなのはどうでもいい。おお、あおい! ただいま」
「おかえりなしゃい、ぱっぱ!」
頬にちゅっとされて、ごきげんの類。
「んー。なんてかわいいんだろう。元気にしていた? ぼくも、あおいにちゅっ」
「まま、おようふくつくるんだって。おばーちゃんに、ゆわれたって!」
「ぱぱもつくるよ、あおいのふくだよ」
おお、とあおいはよろこんでリビングを駆け回っている。
「あさって、午前中。さっそくだけど、お買い物に行こう。午後出勤にしてもらった。壮馬さんにも、さくらが社長の特命を受けたって話はすでに通っている。ほんとうは日暮里の繊維街まで行きたいけど、ちょっと無理かな……新宿の大型手芸店でいい?」
いつも、さくらの意思は無視で、ものごとが進んでゆく会社である。
「……私は縫うだけだから頭は使わないけれど、類くんはデザインを考えたり、時間かかるよね」
「だからあさってにした。今日明日で、少し考える。でも、あおいに着せたいものを考えればいいだけだから、きっと早く終わるよ。ああ、おなかすいた! ごはん! そのあとはさくらがほしいー! たくさーん、ほしー!」
どんだけ娘&妻ラブなの……この人。さくらは心の中で苦笑した。
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