第18話 あおい、さらにはじける

***


 軽く、昼食を終えて午後一時。着替えも済ませた。


 あおいの衣装は、類お得意のワンピースだが、動きやすいように膝上丈+レギンス。ワンピースの生地はパッチワーク。正直、たくさんの布をつなぎ合わせて縫うのは骨が折れる作業だと思うけれど、さくらは黙々と仕上げた。


 というか、これがおゆうぎかいの基本スタイル。

 ほかのママさんたち、縫う時間なんてない。みんな、働いている。さくらの裁縫レベルに付き合うのは、きっとものすごく大変だろう。



 収録が行われるテレビ局のスタジオへ移動。


「懐かしい」


 自分の子どもを連れて、テレビ局へ来ることになるなんて五年前には想像もできなかった。それに、引退したのに。


 しかし、今は柴崎類である。『北澤ルイ』ではない。

 あらかじめ渡されていた通行許可証を受付で提示し、係員の指示に従って一般の出場者と同じように、雑然とした廊下を進む。


「ぴぴくぽてぷ、もうすぐ?」

「うん。もうちょっとだよ」

「たのしみ。すごーくたのしみ! ぱぱ、ありがと! あおい、うれしい」


 あおいの愛らしさは、天然記念物に指定したほうがいいと思う。

 けれど。類の前方に、社長が立っていた。まずは、武蔵社長との偶然の出会いを演じなければならない。


「社長! こんにちは」


 北澤ルイの顔で、類は笑った。


「……それが、お前の娘か」

「ぱぱー、だれ?」

「ぱぱが昔、お世話になった人。むさししゃちょう」

「む、むしゃむしゃ……?」

「いつもみたいに、自己紹介して。あおい?」


 うん。あおいは強く頷いた。


「しばさきあおい、さんさいでっしゅ。きょはね、ぴぴくぽてぷ! あおい、とくいなの。むしゃむしゃも、みててね?」


 武蔵社長と発音できないあおいは不安になりながらも、元気にあいさつした。


「な……なんだ、『むしゃむしゃ』だと? この地球外生物め」

「外来種ではありません、娘のあおいです」


 社長は、あおいを見下ろした。そして凝視。それでも、あおいはまったく動じない。


「噂通り。お前にそっくりだな。おい、あおい」

「『おい』なんてゆったら、だめよむしゃむしゃ! ぱぱとままに、おこられるよ?」

「な……!」


 あおいに叱られる武蔵を見つつ、爆笑の類。


「小さいけれど、あおいは手厳しいですよ」

「おへんじは? むしゃむしゃ、おへんじは『はい』でしょ?」

「なんなんだ、こいつ! 発音もど下手なのに、くっそ生意気! ルイお前、どんな育て方をした!」

「……小さな子ども相手に、ムキにならないでください」


 激怒したりあきれたり、社長が騒ぐので類の姿が人目についてしまった。


『あ、ルイくんじゃない?』

『ほんとだ、本物だ。北澤ルイくん』

『一緒にいるの、もしかして娘さん?』

『そっくり、超絶美少女』

『かわいいー』

『今日の出場者なのかな』


 今日の類は変装をしてこなかった。あおいは、類がメガネやマスクをつけるのを嫌がる。


「……ともかく。あおい、お前の体操を見せてもらおう」

「むしゃむしゃも、たいそうできる?」

「しねえよ! するわけないだろうが」


「社長。逆上しているのは分かりますが、あおいに罵声を浴びせないでください。あおいは未来の社長令嬢ですよ」

「家具屋風情が気取ってんじゃねーよ! ほら、さっさと並んでこい!」


 出場者には、招集がかかっていた。

 だが、三歳児。連れの母親と離れるのがいやで、ぐずぐずしている子どもも多い。


「あおい、みんなに声をかけてあげて。一緒に、たいそうしようって」

「あい、わかった!」


 類の言うことを聞いて、あおいは髪を揺らしながら走り出した。


「みーんなー、ぴぴくぽてぷがはじまっちゃうよー! しゅーうごーう! たいそうするこー、あおいのゆびにー、とーまれっ」


 オトナが上から号令をかけるよりも、対等な子どもに言われたほうが説得力がある。

 もじもじしていた子も、泣いていた子も、次第にあおいの周りに集まってきた。そして、自分がどんなにピピクホテプ体操に熱心なのか、しきりに体操愛を語っている。


「……やるな。カリスマ性抜群」

「ぼくの子ですから、これぐらいは。保育園でも女番長ですよ」

「生意気なぐらいが、個性的で受ける。俺にくれ」

「いくら社長のお願いでも、あおいだけは渡せません!」


 あおいは、初対面のたいそうのおにいさん・おねえさんともすぐに仲よくなり、ほかの出場者どころかレギュラーの子どもタレントにも指示を飛ばし、番組作りを盛り上げた。容姿も衣装も抜群にかわいいあおいは、超・目立っていた。


「ふふふ、さくらに叱られちゃうな」



 三十分の番組収録と、出場の記念写真撮影は無事に終了。正味一時間。

 今日はこれを一週間分、五本撮りというのだから、大変さがしのばれる。一回目の収録でよかった。


 類のもとには、番組プロデューサーなどメインスタッフが直々にあいさつに訪れた。


「あおいちゃん、いいですね。助かりました。神回間違いなしです」

「あれが通常運転です」

「武蔵社長のところの所属ですか」

「いいえ。現状のあおいは芸能界入りさせません」


「もったいないですねえ。あれだけ光る子、そうそういませんよ。ルイさんのお子さんなら、どこの番組でも大歓迎でしょうし」

「あおいはあおいです。もし将来、あおいが芸能人になりたいと自分で言い出したら止めませんが、今は普通の三歳児でいさせます」


 収録中は全力で体操した天使は全行程を終えると、類の腕の中に走って戻ってきた。お互い、笑顔でぎゅっとしたあと、あおいはスイッチが切れたように寝てしまった。かわいいけれど、目を惹くけれど、三歳なのだ。


 類は、眠るあおいを大切にかかえながら、帰路に着いた。

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