第17話 あおい、はじける

 ごめん、さくら。類は心の中でさくらに謝った。


 体操の収録日、急に決まったなんて嘘。もっと前に決まっていた。月曜日希望だって、社長に伝えたんだ。社長は月曜に、予定を組んでくれた。

 週明けの月曜は、さくらが有休をもっとも使いづらい日。しかも、直前に休みを取りたいなんて部のみんなに迷惑をかけるから、さくらの性格上、絶対に言い出せない。


 となると、必然的にあおいの付き添いは、類しかありえない。


 なにも知らないあおいは、体操の出場日がもうすぐだと伝えると、両手をバンザイして全身でよろこんだ。

 まじ、かわいい。さくらがちょっと悲しそうに見てきたけれど。まあ、さくらへのフォローは毎晩ベッドの中でするとしよう。


「ふたつ、ねんねしたら、ぴぴくぽてぷたいそう?」

「そうだよ、ぱぱと一緒に行こうね。ままはお仕事だから」

「ん! ままのぶんまで、あおいたいそうする」

「いいこだね、あおい。はー、ほんとうにかわいいね」


 愛らしくもいじらしい。あおいはごきげんで体操をはじめた。予習に余念がない。


 武蔵社長……つまり、あおいには祖父に当たる……に、あおいを引き合わせることに対しては、さくらも異論はないようだった。


 社長だって、素材素材言いつつも、かわいい孫と対面したいだろう。あおいはピピクホテプ体操が好きなだけで、芸能活動がしたいわけじゃない、ということをよく伝えたい。

 あおいはかわいくて物覚えもよいけれど、わがままで扱いづらい。子どもタレントに必要な、『空気を読む』ができない。

 まあ、そんなことはできなくていい。あおいは天然児のままでいい。


 第一、さくらが『シバサキの広告に出る』と受け入れれば、体操に出るなんて下工作はしなくてよかったんだ。

 全世界が称賛するだろう、あおいの愛らしさは使える。シバサキの娘にふさわしい。しあわせな家庭にはシバサキの家具が似合う、ということを世に知らせたいんだ。


 あおいは芸能界に入れない、という意見は夫婦で一致している。武蔵社長には慎重に会わせよう。

 まあ、実の孫。強引なことはしないと信じたいし、あおいはじゃじゃ馬すぎて取り扱い注意だけれど、ああ見えて社長は辣腕。類もさくらも振り回された過去がある。


***


 決戦の月曜はすぐにやってきた。


 さくらは、少し恨めしそうな顔で『気をつけてね、楽しんできてね』と言い残すと、先に出社した。笑顔がいちばんだけど、憂い顔もかわいくて、ついいじめちゃう。


 あおいと類は、午前中に美容室へ寄ってから収録へ向かう予定。


 早起きしてしまったあおいは大興奮でハイテンション。倒れてしまうのはないかと、心配になるぐらい。


 なにを着せようか迷っていたけれど、類はいいことを思いついた。近日開かれる、保育園のおゆうぎかいで着ることになっていた衣装をさくらが制作中だったので、それを急かして仕上げさせた。基本デザインは、類。つまり、夫婦の共作!


 実は先日、母……聡子社長に、類&さくら原案の子ども服ブランドを立ち上げようと、類は企画書を提出した。

 美咲の処遇云々もあったけれど、こちらが本題のようなものだった。さくらの裁縫能力に目をつけた美咲本人にも、企画書に名を連ねてもらっている。

 社長夫婦の作る、かわいい子ども服! しかも、元アイドルモデルの! 話題性抜群。



 さて、子ども服を持ってまずは美容室へ。ミノルにスタイリングしてもらえるよう、予約してあった。

 ミノルはノーギャラでもいいから収録までついて行きたいと申し出てくれたけれど、今回のあおいはただの一般ゲスト。類は丁重にお断りした。


「ルイちゃん、あおいちゃんようこそー!」


 ミノルが所属している美容室。全スタッフが父娘を迎え入れてくる。


「みんな、おはでしゅ! しばさきあおいでーっしゅ!」

「おはよう、ミノルさん。今日はよろしくお願いします」


 類とあおいは、鏡の前に並んで髪をカットしてもらう。体操のためだよ、と言いつけると、あおいは観念したのか、おとなしく座った。ミノルのサロンにはあおいも何度か来ているので、緊張もないらしい。


「いよいよ、デビューなのねあおいちゃん」

「地味に、控えめに、ですが」

「いやああん、あおいちゃんかわいい。どうしよう、こんなかわいい子、見たことない。悶絶ぅ」


「動きやすい髪型にしてください。多少、暴れても崩れないように」

「そうね、了解。でも、元がかわいいし、シンプルなほうがいいわね。見れば見るほど、ルイちゃんにそっくり」


 ミノルはあおいを絶賛しつつも、手は止めない。毛先を切り揃え、前髪を短めにカットして表情がよく見えるように、髪型を整えた。

 ほかのスタッフに連れられて、あおいはシャンプー台へ移動。あおいが髪を洗ってもらっている間に、ミノルは類の髪の施術に入った。


「ちょっと痛んでいるわね、いつもより」

「ここへ来る間隔は開けていないんだけどね」

「お悩みでもあるんじゃないの」


「ふたりめが欲しくてね。毎晩、がんばりすぎかも?」

「ルイちゃんらしいお悩み」

「さくらもその気でさ。ついつい、夜更かししちゃう」

「寝不足は美容の大敵。いくら若くても」

「はーい」


「あおいちゃんがいるし、カラーリングは次回ね。トリートメント、念入りにしましょう」

「よろしくお願いします」



 そうこうしているうちに、シャンプーを終えたあおいが戻ってきた。


「ツインテール……!」


 類はあおいの写真を撮りまくっている。


「ポニーテールよりも乱れないし。おだんごでもかわいいかなーと思ったけど、髪に動きが出ないでしょ。崩れたらおしまいだし。これならなにかあっても、ルイちゃんが直せるだろうし」

「ミノルさん、まじ天才。ありがとう」

「いーえ。おとなしく座っていてくれた、あおいちゃんがいちばんえらいわよ」


 新しい髪型を気に入ったようで、あおいも鏡の前で首をかしげたり、ポーズを取ったり、笑顔ではしゃいでいる。あおいが動くたびに、髪がゆらゆら。結ばれたリボンもゆらゆら。類は、きゅんきゅんしてしまった。


「お嫁に……出せそうにないよ……!」

「でも、なんたって、両親が略奪でき婚だもんねえ。あおいちゃんも将来、なにが起こるか分からないわよ……おっと!」


 そのことばを耳にした類、今世紀最悪の黒い表情だった。

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