第16話 家族像②

 診察後。異常はなし。よかった。がん検診の結果は追って連絡されるという。


「そうだ、類に渡してほしいものがあります」


 手渡されたのは、いくつかの資料だった。片倉考案の、類のトレーニングメニューである。


「類は、モデル復帰計画が進んでいるようですね。微力ながら、私も協力することになりました。食事面はさくらさんにおまかせしますが、私は運動面を」

「モデルの話、ご存じでしたか」

「さくらさんは、不承知だそうですね」


「だって、ようやくちょっと落ち着いてきて、普通の人になれそうだったのに……しかも今度は、家族でシバサキの広告に出たいって言うんですよ」

「さくらさんは類のとなりに立つにふさわしい女性ですよ。類に選ばれたのですよ、堂々としてください」


「……はい。でも、あおいの顔出しとか……不安です。すごくかわいいので、世紀の美少女なので、犯罪に巻き込まれたり悪用されたり」

「子どもを生むことには前向きなのに、モデルはしり込みですか」


 そう……なのだ。複雑なのだ。類に協力したい。けれど、人前に出るような性格ではない、さくら。


「確かに、あおいさんのことは心配ですね。世間に露出させることで、普通の生活から遠ざかる可能性があります。あの愛らしさです、オトナが放っておかないでしょう」

「同感です! あおいのかわいさが、痛々しいほどなんです! 類くんだって、あおいを芸能人にはしたくないって言っています。シバサキのモデル限定だって、分かっています。でも……」


 さくらは唇を噛んだ。身体が震えている。怖い。これから、どうなってしまうのだろうか。


「だいじょうぶ。さくらさんはさくらさんです。私も力になります」


 そっと、片倉はさくらの肩をやさしくたたいてくれた。励ますように。


「もっと、強くならないと……類くんやあおいのためにもって思うんですが、なかなか……」

「あなたはひとりではありません。苦しかったら助けを乞えばいい。気負わずに。無理はしないで」


「でも、片倉さんは類くんのモデル復帰に賛成ですよね」

「シバサキの広告のみと聞いています」

「それでも、あおいは」

「あおいさんが芸能の仕事をやりたいかもしれませんよ。その方向は、考えたことありませんか」


「方向もなにも、あおいはたったの三歳です。正しい判断なんてできません」

「ですが、例の流行している体操には、たいそう喰いついていると聞きました」


 そうなのだ、だから不安で仕方ない。あおいはテレビに出たがっている。

 自分の愛らしさと、オトナ受けのよさも知っている。だからだから、怖いのだ! 自分で生んだ子どもなのに、自分ではないなんて!


「賽は投げられた……ですよ。なるようになります。この世の中には、流れがあります。あなたが類と結ばれた縁も、流れです。シバサキの広告の案も、流れです」

「困ります、流されたくありません」

「けれど、受け入れるときですよ。玲さんも、あなたのしあわせを遠くから見守りながら、じっとしています」


 玲の話を引き合いにされると、さくらは弱い。うなだれて、うなずいた。


「それと、ひとつだけ。最近のデータを確認しましたが、最近の類はワインを飲みすぎですので、ほどほどにするよう、やんわりと操作してくださいね」


***


「異常なし? よかった」


 その夜。さくらは類に今日の診察のことを報告した。


「片倉さんも変わりなかった。相変わらず、丁寧でやさしかった」

「オトナだからね。まあでも、さくらが片倉さんの前で、股を大きく開いたところを想像するだけでもう……がるる! 覗き込まれたり、指を入れられたりー! 濡れちゃった?」

「変な表現しないで、診察! しーんーさーつ!」


「片倉さんもいろいろ考えたと思うよ。『これが、類を毎晩喜ばせているアレか』って。くそー、ぼくも産婦人科医になればよかった。そうしたら、さくらの大切なところを誰にも見られないで済んだのに」 

「か……片倉さんは、そんな妄想しない! 類くん、お下品。下世話すぎ!」


「ねえ、今からぼくとお医者さんごっごしようよー。さくら、患者さんで」

「なんか、いやらしい感じしかしない」


「さくらさん、どこが疼くんですか。ああ、身体の芯奥ですか。『類くんがほしくてたまらない病』ですね。それなら、とてもいい治療がありますよ。ほら、ここをこうして」

「うぎゃああああ! く、くすぐったいいいい」


 さくらは大声で類を拒否した。


「……あおいが起きちゃうでしょ! ぶれないなあ、いつも。ふう……あおいで思い出した。次の月曜日が、ピピクポテプ体操の収録日に決まったんだ」

「え! 月曜日? 急だね」


「武蔵社長が、直近の収録にあおいをねじ込んだみたい。今度の月曜、ぼくは休みだからちょうどいいよね。それとなく、社長にあおいを会わせるよ。当日、お弁当はいらないんで、保育園にお休みの連絡をしてね。なにを着せて行こうかな♪」

「目立たないやつ! 地味なやつ!」


「ほぼ、あおいのデビュー作だからね。体操だから動きやすくて、でもかわいい服。全世界が、あおいの愛らしさに悶絶する日も近い……ぐふふ」

「だめ。あおいが光っちゃう。あれ以上かわいくなったら、大変」

「だいじょうぶ。ぼくがあおいを守る。もちろん、さくらのこともね。さあ、そろそろお薬の時間ですよ。今夜は、特別におっきくてあっついやつを注入しましょうね」


「えっ、まだお医者さんごっこだったの?」

「かたくてふといやつがいい? 奥まで届くやつ? それはそれは、あられもない欲求ですねえ。一児の母なのに。いいですよ、今夜はとことん治療しないと」

「やだー。おちゅうしゃ、やだー!」

「ぷっ。さくらもノリノリじゃん。あー、もうすごい濡れ濡れですねえ」

「だって類くんが」


 ええと……口には出せないけれど、『類くんだいすき病』はどんなに治療しても、きっと治らないよ?

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