第15話 家族像①
さくらが通っている産婦人科・品川の『KATAKURAレディースクリニック』は、毎週土曜日にしか院長がいない。
普段の片倉は、京都で両親の医院を手伝っている。
そのかたわら、京都では、イケメン産婦人科医としてテレビのローカル番組にも出演もしている。かつて、『北澤ルイ』をでき婚から守れなかった罰として、武蔵社長の京都専属タレントと化しているらしい。
さくらにもその責任の一端があるので申し訳ないけれど、テレビで観る片倉はさわやかで、声もよく、受け答えも誠実で、京都のさらなるイメージアップにも効果が出ていると思う。
『土曜は予約でいっぱいなんですが、前日の金曜の午後でしたら』
という返事だったので、さくらは頼み込んで(申し訳ない!)金曜午後を半休にしてもらった。午前中に仕事を片付けて、午後は品川、そのあと保育園のあおいをピックアップというスケジュールになった。
JR品川駅近くの、高層オフィスビルの中に、片倉のクリニックは入居している。
午後二時。クリニックは『休憩中』である。
さくらはあらかじめ教えてもらった暗証番号でセキュリティを突破し、受付に到着した。
「さくらさん、こんにちは」
「かたくらさん! 無理を言って、申し訳ありません」
片倉は品のいいスーツ姿だった。たった今、上京したのかもしれない。さくらのために、上京を早めてくれたようだ。
「いいえ。さくらさんの相談、大歓迎ですよ。お茶、淹れましょうね。このあと、何時までだいじょうぶですか」
「ええと。あおいのお迎え時間までですので……四時ぐらいですね」
「了解です」
現在、午後二時過ぎ。クリニックのスタッフはみんな、休憩中で外に出てしまっているらしい。クリニックの午後の開院時間は、働く女性に合わせて午後四時からだった。けれど、片倉の本日の診察は、さくらのみ。超お得意さま待遇だった。
スーツのジャケットを脱ぎ、白衣を着た片倉は、笑顔でまじまじとさくらを見つめている。恥ずかしい。
「ええと……なにか、ついていますか」
「いいえ。さらにおきれいになられたと、感心していました」
「いやだ、半年前ぐらいにお会いしたのに」
「そうでしたね、類も元気ですか」
「はい。類くんは、毎日精力的に動いています」
「昼間は仕事。夜は、よきパパと、野獣……性獣ですか」
その通りだった。返すことばもない。
「まずは、お母さまのご懐妊おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「京都の片倉医院で、分娩の予約も受けました。今から楽しみです」
「え」
皆も、京都で生んだ。当時は、さくらたちも住んでいたので、逆里帰り出産のような形だった。聡子は、類が借りているマンションに滞在し、さくらが産前産後の面倒を見た。
しかし、今回は違う。
同じ病院にかかったほうがなにかと安心だけれど、出産するとなると、ひと月は京都滞在することになるだろうか。どこに? 誰がお世話をする?
「まずは、玲さんのところでお世話になるらしいですよ。西陣から、医院のある東山は少し距離がありますし、状況に応じて早めにいらしてもらうことになりそうですが」
「あっ、なるほど」
しかし、玲もああ見えて忙しい。さくらも、そのときは付き添いの覚悟をしておかなければ。しかししかし、玲とは半絶縁されてしまったままだった。
「玲さんとは月に数回、食事に行きます。お互い、庶民派なのでラクです。大衆居酒屋、たまに焼肉などですね」
意外だった。
「片倉さんの行きつけは、高級ホテルのバーってイメージなんですが」
「それは、接待のときだけですね」
「あの……玲は、変わりありませんか? 半月ほど前に、絶縁というか連絡を取り合うのをやめよう宣言されて……それから全然」
「言い過ぎたなって、反省していましたよ玲さん。あまり頼りにされては困ると表明したかったようですが、突き放すつもりはなかったと。お母さんのことでも話題にして、さくらさんからメールでも送ってみてはいかがでしょうか。きっと、即レスですよ」
「はい。アドバイス、ありがとうございます!」
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
今日の相談内容は、あらかじめメールで送ってある。片倉からの質問にも、包み隠さずに返事をした。
片倉がハーブティーを淹れてくれた。香りがよく、あたたかい。
「ノンカフェインです、安心してどうぞ」
「いただきます……うん、おいしいですね」
「恐縮です。では、さくらさん。次の子がほしい、ということで、いわゆる『妊活』をしたいと」
「は、はい。そうです」
「さくらさんと類ならば相性抜群、自然と妊娠できると思いますよ。焦らないでください。もう少し、弟さんへの授乳の影響がもうしばらくあるかもしれませんが、時間が解決してくれるはずです。月経が戻ったら、きちんと記録を取ってください。類との行為も、『じゅうぶんすぎるほど行われている』ようですし、なによりあおいさんを生んでいるのです、二度目のお産は軽くなると思います。それと……別件で類からも連絡をもらったのですが、類はふたご希望なんですか」
「その話! 聞いちゃったんですか」
「いかにも類らしい相談です」
「いやいや、ふたごだったらかわいいねって、冗談めかしているだけです! 会社にふたごちゃんのお母さんが働いているのですが、実際のところ、妊娠中も育児も、とても大変そうですし」
「どうしても、リスクは高まります。お母さんにもお子さんにも、負担がかかります。周囲の人にも。けれど、単純に類そっくりのふたごの男の子を想像したら、楽しいですね」
「そうなんです! ふたごちゃん、すてきですよねきっと! 絶対かわいいです」
「でも、落ち着いてくださいね。生むのはあなたです。いくら類が子煩悩でも、育てるのはさくらさんがメインです。小さなお子さん、三人は大変ですよ。親御さんのところも妊娠・育児中ですので、実家も頼れません。あおいちゃんも同じように愛せますか。お母さんも人間です、好みもあります」
「案ずるより生むがやすし、ともいいますし……楽観的でしょうか」
さくらの答えに、片倉はちょっと吹き出した。
「失礼しました。医者はどうしても、最悪の事態を常に考えてしまいます。それでこそ、類の奥さんだ」
ただ、自然妊娠による双胎はかなりレアケースで、望んでもどうしようもないかもしれない、と指摘された。ふたごの自然発生率は百分の一、人工授精や薬を飲んでいる、あるいは高齢出産だとやや確率は上がるらしいけれど。
「なんでも手に入れてきたあの類でも、こればかりはミラクルでも起きない限り。まさか、類は、数をこなせば、ふたごを受胎できるとでも考えていませんか。あなたの身が心配です」
「だいじょうぶです! 私は、まだまだできます! ……あ」
「その意気です、忘れないでください。では、診察もしておきましょうね。がん検診など、受けていらっしゃいますか。若くても油断禁物ですので」
知己の片倉に内診されるのは恥ずかしいけれど、安心もできる。
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