第12話 ひとりじゃないから②

 総務部へ戻り、姿勢を正してさくらは謝った。


「いつもいつも、私たちのことで迷惑をかけてしまって、申し訳ありません!」


 壮馬と叶恵が駆け寄ってきてくれた。


「さくらさんのせいではありませんよ。だいじょうぶですか」

「そうよ。注目税ってやつよ。跳ね返してやりなさい」


 ほかの総務部メンバーもさくらを激励してくれて、さくらの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。泣かないと思っていたのに、みんなの気持ちがあたたかい。


「あ! 新しい一斉メール! ルイさんから!」


 先輩の声で、全員が壮馬のパソコンに突進した。自分のパソコンに向かえばいいのに、という発想はない、壮馬部の団結力。


「涙、拭いてさくらさん」


 目が曇っていたら読めない。さくらはハンカチでごしごしと涙を拭った。


「……あとで、メイク直しなさいよ」

「はい!」



『おはようございます シバサキ社員のみなさん


 ぼくたち、夫婦のことで朝から騒がせてしまって申し訳ありません

 私生活では、希望も悩みもいろいろとあります

 子どももほしいです ふたごでも三つ子でも五つ子でも大歓迎 努力は惜しみません

 ですが、勤務中はみなさんと同じ 真剣に仕事に取り組んでいます


 ご意見があるようでしたら、妻のさくらではなく、ぼくに直接お願いします


                      柴崎類』



 総務部だけでなく、フロアの各部署から歓声が上がる。『ルイさんかっこいい!』『男前』『さすが次期社長』などなど。


「今日、有休にしますか」


 壮馬が気をきかせてくれた。


「だいじょうぶです、できます。ですが、自分で確かめたいので、建築事業部と美咲さんに直接、電話してもいいでしょうか」

「どうぞ。始業まであと十分あります。少しなら過ぎても構いませんし」

「じゃあ、もう一回、会議室を使わせてください」

「連絡が終わったら、私に声をかけて。その顔じゃ、仕事にならないわよ。きれいに直してあげる」


 壮馬の厚遇と叶恵の救いの手。総務部の励ましに助けられたさくらは、会議室へ戻った。



 まずは内線電話で建築事業部へ。

 しかし、美咲は欠勤だという。念のため、保育園にも聞いてみたが、陸のほうが病気で、ふたごはふたりとも欠席だという。

 このふたつは、想像の範囲内の返答だった。


 美咲に直接、電話する。どきどきする。

 ほんとうにさくらを嫌悪しているならば、さくら個人の携帯電話からの着信だと出てもらえないかもしれなかったので、会社の電話を使わせてもらった。


 だが、美咲の電話は応答がなかった。無機質なメッセージが流れるだけで、つながらない。


 じわじわとさくらの胸に不安が広がる。いや、子どもの病院に行っているに違いない。今は忙しくて、電話に出られないだけだ、きっと。


 さくらは、社内メールの件を正直に書いてメッセージを作り、迷った挙句、返事がほしいと付け加えて送信した。



 叶恵にメイクを直してもらったさくらは、心機一転。月曜の仕事をこなしゆく。


 だいじょうぶ、類がいる。あおいがいる。総務の、会社のみなさんもきっとさくらを支えてくれている。今の状況をプラスに考えるようにして、美咲からの答えを待つことに決めた。


 お昼は、お弁当持参のさくらに合わせて、総務部メンバーも空中庭園で持ち寄りランチ会になった。ひとりで食べていたら、またくよくよと美咲のことを考えてしまったはずだ。仲間って、ほんとうにありがたい。


「あれ。叶恵さんも、お弁当ですか」

「なにそれ。私がお料理したら、意外?」

「いいえ。そんな意味ではなくて」

「節約……もあるけど、玲さんは家事全般が得意なんですってね。恋人候補がお料理苦手じゃ、恥ずかしいもの。多少は、手ごたえのあるものを作れるようにしておきたいの」


 そうだ、叶恵は努力家なんだ。必死に這い上がってきた。この勢いで、玲の妻の座を勝ち取るかもしれない。


「が、がんばって……ください」

「は? なに、心にもないことを言っているの。そんな激励、いりません」


 気分を害したらしい叶恵は、さくらの横を去り、壮馬のとなりに座ってしまった。

 叶恵……いつも前向きだ。ストレートで、堂々としている。ちょっと(かなり)棘を感じるけれど、見習いたい。


「ほら、さくらさん! お菓子も食べよ! 新商品。チョコレート、好きだよね」

「こっちは期間限定のクッキー」

「人事部同期からのおみやげ! 週末に彼氏と箱根の温泉へ行ったんだって」


 先輩方が、さくらの気持ちを盛り上げてくれる。悩んでいる時間はなかった。


「あ、ありがとうございます。お弁当、食べたら全部おいしくいただきます!」


 外の光を浴びながらのみんなでランチは、いつものお弁当もいっそうおいしく感じられた。

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