第6話 類の休日①
さて、翌日。
月曜日は類が休みなので、聡子は類にまかせることにして、さくらはいつもどおりにあおいと出社。類が車で送ってくれた。両親の自宅マンションの前で、皆を預かる。四人で、会社に向かう。まずは、保育園におちびさんたちを預ける。
あおいと皆のふたりを園のスタッフにお願いしたあと、類とも別れた。
「おはようございます、さくらさん」
いそいそと総務部のフロアへ移動しようとしたら、ひとりのママさんに声をかけられた。
「お、おはようございます。美咲(みさき)さん」
美咲は、例の……男のふたごちゃんのママだ。さくらが大本命の、建築事業部に所属している。ふたごちゃんがいても、仕事をきっちりこなしているし、身のこなしもきれい。薄いメイクで清潔感がある。
肩下にかかる長さの髪を、ひとつにまとめている。服装はシックなパンツスーツ。
さくら憧れの存在なので、話しかけられるとどきどきしてしまう。
ふたごちゃんは、陸(りく)と空(そら)。もしも、次に子どもができたら、男女問わず名前は海(うみ)だねと囁かれている。
だんなさまはシバサキの人ではなく、公務員らしい。
「函館、とても楽しかったみたいね。うちの部の同僚が言っていた。同行できなくて、ごめんなさい」
「い、いいえ! シバサキ全体の都合で平日になっちゃいましたし、帰りも遅くて。お子さんが小さい方は厳しかったですよね。次のイベントは、違う曜日に設定したいと思っています」
「もう次のことを考えているんだ、前向きだね。えらい。さすが」
「おそれいります」
「いつも、あおいちゃんがうちの子の面倒を見てくれて、ほんとうに助かる。ありがとう」
「失礼なこと、していないか心配です」
「そうだ! 今度、うちへ遊びに来て?」
「ほ、ほんとうですか! 実は私も、ふたごちゃん育児について、お聞きしたいことがありました」
美咲は目をぱちぱちとさせた。
「あれ。もしかして第二子は、ふたご狙い? ぷっ、やだあ、そんなに赤くならないでいいよ~」
「きゃあああああ、もうほんっとにすみません。あおいがふたごちゃんほしいって言っていて、それを大きな声で。あわわ、もうなにを言っているんだか。墓穴です」
「うふふ、かわいい。連絡先、交換しましょう。さくらさんの、都合のいい日を教えて? よかったらルイさんも大歓迎」
憧れの美咲と連絡先を交換できた。うれしい。さくらはごきげんになった。
働く育児ママが定着してきたさくらだが、最近は次の子どもを考える日が増えている。二十三歳。そう、まだまだこれからなんでもできる。ちょっと焦った時期もあったけれど、ひとつずつ、少しずつ積み重ねればいい。
でも、広告塔はちょっと。
たまにテレビで流れたり、雑誌に出しているシバサキの広告。あれが全部、柴崎類一家の写真になるのかと思うと、身体に震えが走る。
大学生のとき、撮影に協力したことはある。北澤ルイの花嫁モデルだった。
あのときは顔写真NGという建前だったが、今回はめいっぱい晒すことになるだろう。
類の希望なら、叶えたい。だけど、できることとできないことがある。
きらびやかな世界とは無縁に生きてきた。柴崎家の人間になるまでは、家事と勉強の日々だった。類と結婚したときも、『お相手は一般人女性』で一切表にはでなかった。
なのに、ここで引きずり込まれる?
「玲に相談したい……」
しかし、しばらく連絡は取らないと決めてしまった。
仕方がない、弟の皆を届けがてら、父の涼一にでもそれとなく相談してみようか。類に聞かれてもいい。
***
休日の類は、というと。
朝、さくらたちを送ったあと、自宅に戻って家事に励む。掃除、洗濯。このへんはだいぶ慣れた。
もともと、類は万事器用。できない、というよりはしなかっただけ。さくらの
しかし、五年前に誰が想像しただろうか。人気アイドルモデルだった北澤ルイが、せっせと家事をするなんて!
昼食は、さくらが大きなお弁当を用意してくれたので、母のところへ持って行って一緒に食べるつもり。
母の様子を見届けたら、かつての所属事務所の社長……武蔵と面会することになっている。類のモデル復帰まで、あと半年しかない。シバサキ以外の仕事は基本的に断るとしても、会社のためになる宣伝活動ならば、なるべく引き受けるつもりでいる。
「社長にも恩返しがしたいし」
北澤ルイを育ててくれたのは武蔵だ。そして、類の実の父親でもある。
さくらの説得は、時間をかければなんとかなると思っている。
問題は、あおいのほうかもしれない。あおいはほんとうにかわいい美少女。シバサキ以外の仕事も入るに違いない。けれど、芸能人にはしたくない。
武蔵が、あおいを放っておくはずがない。限定活動しかしない類以上に、価値があるかもしれない。
「さくらは、ぼくががんばって毎年のように孕ませて、育児中心の生活にさせればいいけど、あおいはぼく同様シバサキ専属モデルにしたい。けど、世間が黙っていないだろうなあ。吉祥寺店もイップクにまかせられるよう、徐々にスライドさせていかなきゃ。あいつ、まだ不安だな。店長には誰か引っ張って来るか。となるとイップク、また行き場がないや」
などという、けしからん想像にふける類だった。
***
聡子はだいぶ休んだせいか、体調を回復してきた。ベッドにパソコンを持ち込み、あれやこれやと電話で指示を飛ばしている。
「明日は出社する」
「無理しないで。いっそのこと、今すぐ引退すれば」
「まさか。つわりを乗り切れば、安定期に入るし。不本意だけど、やんちゃ息子への引き継ぎだってあるし」
「あきれるほど、前向きだね」
「気弱な経営者なんて、いらないでしょ。ところで広告塔の件、さくらちゃんに承諾もらえた?」
「……まだ」
「早めにもらいなさい。広告の計画、進めているんでしょ」
「分かってる」
「あの子、涼一さんに似て頑固だからなあ。類も餌をぶらさげれば? 家族写真を撮ったら、どこかへ行こうとか。バッグでも買ってあげれば?」
「……さくらは普通の女の子と違って、目先の利益じゃ動かないよ」
「そっか。それも、そうね。でもほら、ふだんできないことを勧めてみたら? ひとり旅行とか。さくらちゃん、そういう経験ないんじゃないの」
「んー。ひとり旅かぁ。京都へ行きたいとか言われたら、不穏すぎていやなんだけど。考えておく。それより、おなかすいた。ごはんを食べようよ。さくらお手製の三段重弁当」
類は適当にごまかして話を切った。
今回のつわりのひどさ。皆のときとは違うと、聡子がしきりにこぼしている。もしかしたら、待望の女の子かもしれない。そうしたらほんとうに、聡子は会社から引退するだろう。
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