第5話 未来図②
***
「さくらは、ここへ戻りたいと思う?」
さくらを腕枕した類が尋ねた。
使い慣れたベッドで久しぶりに交わったふたりは、事後のけだるい時間を過ごしている。
「ここ? 親のマンションに?」
「親と、一緒に子育てする? 大家族で」
「それだと逆戻りだよ」
「でも、ぼくたちが戻らないなら、玲と叶恵さんが住むかもよ。玲、工場を辞めて東京へ戻ってくるかもしれないんだ」
「ほんとに?」
「あいつ、工場のおじさんとうまくいっていないみたい。最近、海外へ修行に出たり、京都の郊外に自分の工房を建てたりしたのも、おじさんと方向性が合わないからみたいで」
「ほんとにほんとに?」
がばっと、さくらは身を起こした。
「うん、母さんに聞いたんだけど」
シバサキの染織部門が稼働するプロジェクトに、玲も参加するらしい。シバサキとは別会社という位置づけにはなるけれど、傘下の会社を設立し、いずれ玲が代表というセンも構想にあるらしい。
「ぼくとしては、叶恵さんには会社を辞めてほしくないし、そのほうが都合いいけれど」
「辞めてほしくない? それは私だってそうだけど、なにを考えているの類くんは? そろそろ、話して聞かせてよ」
「うーん。まあ、いずれ、話したいんだけど。もう一回、さくらがほしいなあ」
「もう一回したら、教えてくれるの? だったらもう一回、すごく気持ちいいのを」
「ぷっ。夜ごはん、遅くなっちゃうよ?」
あ。そうだった! 大変。
「その話、詳しく教えて。社長就任の件も。今夜?」
「さくらがいいこにしていたら、ね」
***
結局。夜ごはんは、とん汁になった。簡単だし、早いし、ボリュームもあるし。お鍋めいっぱいに作った。久しぶりのさくらごはん、涼一はとても喜んだ。
類+涼一+叶恵で晩酌をしている。さくらはお子さまのお相手。聡子も、ちょっと食べてくれた。
聡子はつわりでやつれて感じが、またきれい。はかなげっていうか、守りたくなる。よし、次は自分も!(あおい妊娠のときは、食べまくった。『はかなげ』とは、まるで遠かった)
***
その夜。
類は翌日も仕事だったけれど、さすがに潮時かと思ったのか、今後の展望を話してくれた。
「決定しているのは、来年の四月。社長交代」
「う、うん」
ベッドの中。さくらは類の身体に抱き締められている。
現在九月。あと半年しかない。
「たとえ、社長の息子で『北澤ルイ』でも、入社してたった一年の若者が社長だもんね。納得いかない層も多いと思うんだよ。だから、ぼくを含めた合議制で行こうかなと思う」
「ごうぎせい?」
「円卓の騎士だよ」
「えんたく……アーサー王?」
「ん。精鋭を集めて、ぼくのブレインにする」
「もう、決まっているの? 候補は? 私は?」
「一度にたくさん質問しない。さくらの悪い癖」
「うう、ごめんなさい」
「すぐに謝れるところは、さくらの美点。メンバーはまだ決まっていないよ。最終的に、十人ぐらいはほしいけれど、現実的にはとりあえず五人揃えて、そのあと七人に増やしたい。今、考えているのはぼくの上司、営業部のゼネラルマネージャーは誘う。あとは、壮馬さん。叶恵さんも入れたい」
「さんにんだけ?」
「現状、すぐ名前が思いつくのはこれぐらい。若い人ばっかりじゃなくて、それなりの年長者もほしいんだけど、いい候補者がいないんだ。まゆふんはどうしようかなぁ」
「まふゆん?」
「函館店の店長。さくらも会ったでしょ。モデル時代、一緒に仕事をしたことがあるんだ。彼はアルバイトで、たまにモデルをしていて。貪欲で、使える人材だと思う」
ま、まふゆん……ひふみんみたい。
「彼は、女癖が悪いんだよねー。ま、人のこと言えないけどさ」
「わ、私は? 類くんの女神の私は?」
こつん、と頭を小突かれた。
「自分で言うか。円卓の騎士に、さくらは入っていない。入れない」
「わたし、圏外なの?」
「しいて言うならば、0番の騎士。というか、ぼくの聖剣だね、エクスカリバー。ぼくの精神的支柱であるさくらには、もっと大切な仕事をしてもらいたいんだ。さくらにしかできないこと」
さくらはじっと身構えた。『さくらにしかできないこと』。次の類のことばをじっとじっと待つ。
「あはは、その顔かわいい。むらむらしてきちゃった」
「やだ、茶化さないで」
キスをされると、溶けてしまう。
「かわいいさくらが、いけないんだよ。ちょっとw お話中断w すぐにw さくらがほしいw」
***
で、十五分後。
お水を飲んで、展望再開。
「営業部は早めに卒業して、『北澤ルイ』を限定復帰させようと思う」
さくらは驚いた。
「本気で? 芸能界は引退したのに?」
まだ半年しか経っていない。引退詐欺? 引退商法?
「今までみたいに、雑誌やテレビに出るんじゃなくて、シバサキファニチャー限定のモデルをするんだ。ぼくを使って、シバサキの家具を配信したい。たとえば、今なら小さな娘と共働き夫婦の暮らし提案。リアル使用者で広告に登場する」
「娘と、夫婦……」
なにが言いたいのか、分かってしまった。
「そ。察しいいね。つきましては、さくらとあおいにもシバサキの広告塔になってほしいんだ。ぼくと一緒に。マネジメントは武蔵社長にお願いしてある」
「それって、顔出しってことだよね! 無理だよ。私みたいな普通の人が、モデルなんて。しかも、類くんの妻なんて知られたら。あおいだって、不特定多数の目に晒されたらどうなるか」
「もちろん、危害は加わらないように配慮はするよ。この役目は、さくらにしか頼めない。だから、こうやってお願いしているんだ」
あおいはかわいい。性格も人懐っこい。きっと、人気が出る。なんたって『北澤ルイ』に激似。それだけに、心配。
「これから、赤ちゃんほしいって思っているのに」
「なるべく早めに返事をくれる? 忙しくなる前に、プロモーション用のスチル撮影をしたいんだ。家族写真的な」
「話、進んでいるの?」
「あと半年しかないんだ。ぼくのために、新生シバサキのために、協力するよね。今、このタイミングでさくらが妊娠したら、もっといい構図の写真が撮れる。希望いっぱい、しあわせ家族の」
類は笑顔だった。さくらの妊娠すら、広告に使おうとしていた。聡子の息子だけある……!
***
次の日曜日も、結局聡子のことが心配で、両親宅の家事にいそしんで終了してしまった。
あおいは皆と遊べるので、よろこんでいたけれど、さくらの心は浮かなかった。
結局、自分のポジションは主婦なのかもしれない。得意だし、周囲もそれを望んでいる。
つわりで苦しんでいる聡子に、いろいろは聞けない。しんどそうなのに、これ以上苦しめたくない。
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