5-3.
それぞれ違う人が、言葉を接ぐように一つの噂を流している。
それを聞き取ったすぐ後だ。雑踏の人々から黒い靄のようなものが立ち上り、この会場の中心に建てられたやぐらの上空に集まっていく。
「こ、これは何が起きているんですか!?」
「わからん!しかし、よくないことは確かじゃ!」
訳が分からずその場に立ち尽くしていると、ぽん吉が駆けてきた。
「おい!まずいぞ!」
「おお、ぽん吉。いや、まずいことが起きてるのはわかっちょるんじゃが」
「懸念していたことが起きた。これは都市伝説だ!」
ぽん吉が言うには、この町で連続して起きた都市伝説による怪異、天子や駆人が解決はしてきたものの、一般人に目撃がなかったというわけではない。
目撃した人は、その怪異に尾鰭をつけて他人に話す。聞いた人が更に尾鰭をつけて他人に話す。そうしていくうちに、怪異の『恐怖』のみが増幅されて伝わっていった。
その恐怖が、この大勢人が集まるタイミングで、また人から人へと伝播し、新たなる都市伝説の怪異として具現化される。それがあの黒い靄だというのだ。
「恐怖の権化であるあの都市伝説。このままだとマジでこの町を恐怖のどん底に落としかねないぞ」
ぽん吉がいつになく真剣な表情で語る。
「そんなことを許すわけにはいかん!」
天子はいまだに靄を吸い取り膨れ上がる『都市伝説』に向き直る。
「先手必勝じゃ!狐火ーム!」
相手に向けた手のひらから白い光線が発射される。
しかし、その光線は『都市伝説』に直撃するかにみえたが、少し手前で見えない壁に当たるようにかき消されてしまった。
「な、狐火ームが聞かない!?」
「あれは都市伝説だ。俺達では倒せないのは知っているだろう」
「な、なら、カルト!奴の弱点を……」
「無茶言わないでくださいよ天子様。今生まれた、新しい都市伝説に弱点なんてないですよ」
「な、ならば、ならば!」
あたふたと暴れ回る天子。しかし、そんなことをしている間に、『都市伝説』はさらに大きく膨れ上がる。
「ここは逃げるしかねえ。俺たちも飲み込まれる前にここを離れるんだ」
「え?じゃあここにいるお客さん達はどうなるんですか!?」
冷静に言い放つぽん吉に、栞が詰め寄る。
「避難を促しても逆に恐怖を増させることに他ならない。それに、この噂はここだけのものだ。ここにいる奴らがいなくなれば……」
「それ以上は言うな!」
「……すまん。だが、俺たちにできることがないのは確かだ。ここにいても……」
しばらくにらみ合うぽん吉と天子。
「……。そうじゃな。カルト達もいるし危険にさらすことはできないか……」
先に折れたのは天子。本当にできることはない。あきらめて公園の外へと続く道へ歩を進める。
「待ってください。もしかしたら対抗手段は全くないわけではないかもしれない」
走り出そうとした天子達の中、駆人が声をあげた。
「奴が人の噂から生まれた都市伝説なら、僕達で弱点を作ることもできるんじゃないですか?」
その発言に、全員が足を止める。
「口裂け女にも、赤い紙青い紙にも、最初は弱点なんてない、ただの怪談だったはずです。そこに後から、その話に弱点が追加されたはずなんです」
「しかし、あの黒いモヤモヤの弱点なんて思いつかんぞ……」
いまだに肥大化し続ける『都市伝説』。このままでは夏祭り会場を覆いつくすほどになりかねない。
「なんでもいいんです。口裂け女には僕らがやった『ポマード』のほかにもべっこう飴を渡すという弱点があるのですが、どちらも口裂け女から直接連想されるものではない」
「た、確かにそうじゃが」
「やってみる価値はある……。いや、僕はやりますよ」
駆人は逃げ出そうとする五人の列を抜け、やぐらへと歩みだす。
「七生クンがやるなら私も」
栞は何の迷いもなく駆人の背を追う。
「しょうがない奴じゃなあ。ここでわしらが引くわけにはいかんだろう。なあ、空子」
「ええ。駆人君達が行くのに、プロの私たちが逃げるわけにはいきません」
天子と空子もまたその後を追う。残されたのはぽん吉だ。
「おい、お前ら……」
「お主は逃げてもいいんじゃぞ」
「……。相変わらず意地の悪い奴だな。俺だけ逃げられるわけないだろ」
最後にぽん吉も加え、五人はやぐらへ、あの『都市伝説』の下へ走り出した。
やぐらの下、周りで輪になって盆踊りを踊る人たちは、おびえるような表情のまま、それでも踊り続けている。ほとんどの人は、違和感を感じながらも、あの『都市伝説』自体は見えていないようだ。
「でじゃ、カルトよ。具体的には何をするんじゃ」
やぐらの下にたどり着いた天子達は、空を見上げる。
上空に浮かぶ黒い靄は、もう数十メートルにもなろうという大きさ。これが降りてきたら何が起こるか分からない。
「弱点をぶつける……。しかし、僕達がそう思っているだけじゃだめです。この『都市伝説』の根源、恐怖を生み出しているお客さん達に弱点を知らせ、恐怖を克服してもらわなければいけない」
「でも他の奴にはあれが見えないんだろ?それじゃ弱点の知らせようもないんじゃないのか」
「……、それなら」
栞が雑踏の客の一人に話しかける。
「あそこに黒い靄が見えませんか?」
「え?何言って……。うわ!本当だ!」
また別の客に。
「やぐらの上に何か見えませんか?」
「ん?お、おお!?ありゃなんだ!」
続けて四、五人に同じようなことを言う。すると、聞いた人から他の人へ、更にそれを聞いた人から他の人へ、噂がどんどん広がっていき、最後にはほとんどの人がやぐらの上空を見つめ、指さし、注目している。
「これでどう?」
「ありがとう
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