5-2.

 そしてたどり着いた四葉公園。祭囃子が鳴り響き、どこもかしこも人の波。

「うひょ~。楽しそうじゃなあ」

 夏祭り会場に入るや否や、天子は中に向けて走り出す。

「ちょ、ちょっと姉さん」

 慌てて空子がそれを追う。

「姉さんは私が見ておきますから、お二人はゆっくり回っててくださいね。必ず合流しますから」

 雑踏に消える二人の背中を見送った後、駆人と栞はゆっくりと歩き出した。

「さて、何しようか」

「とりあえず屋台を見回ってみない?」

 ここの夏祭りは同じ種類の屋台が複数出ているほど広く、活気にあふれている。

 その中を人をよけながら歩く。あちらこちらからは食べ物のいい匂いが漂う……。


 並ぶ射的や輪投げの屋台で、栞に景品ねだられたのでいくつか挑戦するが、いまいち結果は芳しくない。

「難しいな……」

「あはは、惜しかったね」

「天子様はああいうの得意そうかも」

「確かに。あとでやってもらおうかなあ」

 一通り歩いて回って、次は何をしようかと迷っていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おーいお主ら。楽しんぢょるか~」

 最初に分かれた天子と空子が雑踏から姿を現した。後頭部には屋台で買ったのであろう狐のお面、手には水ヨーヨーと林檎飴。楽しみすぎだ。

「ええ。ほどほどに」

「そうかそうか。ところでお主ら腹は減っとらんか?」

「確かにちょっと小腹が空いたかも」

 栞はお腹に手をやる。ここに来てからは歩き通しだし、時間も少々立ったのでいい具合にお腹が空いている。

「よし、じゃあ何か食べるか。夏祭りと言えばあれじゃな」

 天子は手近なたこ焼きの屋台に近づく。

「へいらっしゃい!って、天子か」

「ぽん吉ではないか。こんなところで何しとるんじゃ」

「なにって、たこ焼き屋だよ。食べんのか?」

「おう。4パック頼む」

「なんだ、皆で来てんのか。あいよ」

 屋台の中のぽん吉は串でたこ焼き器のたこ焼きを器用にクルクルと回して焼いていく。


「ところで……」

 出来上がったたこ焼きをパックに詰めて天子に渡しながらぽん吉がしゃべりだす。

「この会場で何やらおかしな噂が出回っているみたいなんだが」

「おかしな噂じゃと?」

「ああ。よく分からねえがおかしな雰囲気だぜ」

「ふむ。まあ気を付けてみるとしよう」

 たこ焼きのパックをもって駆人達の下へ戻る。雑踏の中では食べにくいので、同公園内の少し離れた遊具のあるエリアへ移動して、食べることにした。


「はふはふ。夏祭りといえばやっぱりこれじゃなあ」

 空いているベンチに並んで腰を掛ける四人。天子は夢中でたこ焼きをほおばってる。

「ぽん吉君もなかなかいい腕してますね」

 そのまま食べ進めていると、近くのベンチに座る人達の会話が聞こえてきた。

「ねえねえ。口裂け女がでたって話知ってる?」

「ああ知ってる知ってる。殺されたりするんだって」

「こわーい」

 それほど大きな声ではないが、ぽん吉の言葉が気になって聞き耳を立てていた天子は鮮明に聞き取っていた。

「……」

「どうしたんですか天子様。怖い顔して」

「ん?ああ。歯に紅ショウガが挟まってな。しかしもう取れた」

「はあ。そうですか」

 思わず表情がこわばっていた。すぐに表情をいつものものに戻す。少し気にしすぎているかもしれない。


 たこ焼きを食べ終わった四人はもうすぐで始まるという花火大会までの時間をつぶすため、もう一度屋台を見て回ることにした。天子はまだ遊び足りないし、栞は天子に射的をやってほしいし、やること自体はある。

 再び雑踏の中に分け入るが、天子はどうしても噂のことが気になる。

「でさ~」「まじ~?」

「わいわい」「がやがや」

 この雑音の中では他人の会話などそうそう聞こえない。気を取り直して射的の屋台で景品獲りを楽しむとする。

「天子さん頑張って」

 栞の声援を背に受け、空気銃を構えて、集中する。

 一発撃つ。外れ。

 しかし、集中すると周りに声が妙に鮮明に聞こえる……。


「車に乗ってるときに婆さんに追い抜かれたんだけど」

「駅前の水路ででかいワニを見たって本当?」

「トイレに死体が……」

「暗闇で」「物陰で」「化け物が」


 二発目を撃つ。見事大当たり。景品が倒れる。

「よっしゃ見たか!」

 集中を解いてガッツポーズ。しかし、せっかく景品を取ったのに、周りは妙に静かだ。空子や栞も一切声をあげない。

「おい、お主らどうした。せっかく大当たりなのに」

「姉さん。何か妙ですよ。急にあたりが静まり返りました」

「なに?」

 辺りを見回せば、雑踏はあちらこちらに変わらず動いているものの、すべての人が暗い顔で近くの人と小さな声で会話している。

 足音にすらかき消されかねない小さな声だが、天子達は聞き耳を立ててその内容を聞き取る。

「口裂け女が」「百キロババアが」

 口々に語るのはこの町に出現した都市伝説。皆が皆、一様に暗い顔でその噂をすれ違う人同士で語っている。

「怖い」「化け物」「死ぬ」「嫌だ」


「もしかして」「この町って」「呪われてる?」


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