第四話「クエスチョンアワー~都市伝説選択譚~」

4-1.クエスチョンアワー~都市伝説選択譚~

 その日の駆人かるとは図書館に来ていた。読書スペースで本を読みふけっている彼の横には、本が何冊か積まれている。

 『都市伝説のすべて』、『マンガで分かる都市伝説』、『民俗話集』……。どれも都市伝説に関する本だ。駆人は都市伝説に多少は詳しかったが、端から端まで知っているわけでもない。これからどんな都市伝説が出てくるかもわからないので知識は多い方がいい。物語調になっているものは、弱点をついて話が終わるので実際に都市伝説と対峙している状況の今となっては、思いもよらず役に立つ。

 特に化け狐と少年が都市伝説退治をする本が面白い……。


七生ななおクン……、だよね。今ちょっといい?」

 夢中で読み進めていると急に声をかけられた。その声の方向に顔を向けると、茶髪の少女が立っている。見憶えがある、というかクラスメイトだ。たしか名前は……。

「……、綾香さん?う、うん大丈夫だよ」

「……。君って、オカルトとか、幽霊とか、信じる?」

 綾香と呼ばれた少女は、駆人の横に積まれた本を眺めた後、少し言いにくそうに質問を投げかける。

「そういうことに関して相談してもいいかな」

 信じるというか、真っただ中にいる駆人は、とりあえず首を縦に振った。


 図書館の中は会話には向かないので、出していた本を元に戻した後、図書館の外に出た。図書館は公園の中に立っている。その中の木蔭のベンチに並んで座る。

 駆人の隣に座る少女、名前は『綾香栞あやかしおり』といったはずだ。駆人の通う高校の、同じクラスに所属しているものの、駆人は『目立たない方』で、いわゆる『にぎやかなグループ』に属している栞とは学校でもほとんど話したことがない。名前みたいな苗字だ、ということで駆人は栞の名を憶えていたが、まさか学校の外で話しかけられるとは思っていなかった。

 ベンチに座って少々立つが、栞はどこか、話しにくそうにうつむくばかりなので駆人が先にきっかけを作ることにした。

「相談……、って言ってたけど、幽霊をみたとかって話?」

 その言葉を聞いた栞は、ほんの少しの間の後、さらに一度大きく呼吸をおいてしゃべりだした。

「信じる……、って言ってたよね。笑ったりしないよね?」

 しない。なぜなら妖怪と手を組んで化け物と大立ち回りを演じたから。もちろんそんなことは言えないが、大きく縦に首を振り、その意思を伝える。

「……。家の近くに、昨日までなかったものが突然現れて、それで友達とかに聞いてもみんな見えないとかって言うんだ。そういうことってあると思う?」

 日常茶飯事だ。だがやっぱり言えないのでとりあえず神妙な、真面目に聞いてそうな顔を作る。

「どういうものが現れたの。なにか不気味なもの?」

「不気味っていうか。……、ここから近いんだけど、今からついてきてくれない?」

 突然の申し出だ。正直、駆人は栞のことをよく知らない。彼女が暴力的な人物であれば、このままどこか暗がりにでも連れて行かれて、お金でも脅し取られたりすることも考えられる。しかし、横に座る栞の表情は、なんというか、真に迫っている。演技でこちらを信じ込ませようという感じではない。それに、駆人としてもそういう話に対しては好奇心が湧く。本当なら見てみたいものだ。

「いいよ。案内してもらえる?」

 その言葉に、栞の顔が少し明るくなった気がした。


 栞の案内に従いしばらく歩く。連日の猛暑はその日も当然のように太陽の下にいる人たちを容赦なく灼熱地獄に叩き落す。特に図書館の、冷房の効いた空気に慣らされた駆人の体には一層こたえる。足取りも相応に重くなる。横を歩く栞の足取りも重く見えるが、理由は暑さだけではないのだろう。

 公園を出てしばらく歩いて気づくが、どうも駆人の家の方に近づいている。そうこうする内に、見慣れた住宅街に入る。なにかが現れたのは栞の家の近くだ。といっていたがこのあたりに住んでいるのだろうか。それと同時に、何か嫌な予感もする。

 住宅街の中を歩けば、もう見慣れた場所にたどり着く。

 嫌な予感は果たして的中するのだった。

「この場所……、なんだけど。何かわかる?」

 栞は不安そうな目で、駆人の顔色を窺う。その表情は少しこわばっているようにも見えて、栞もまた、不安な表情を見せる。

「あ、ああ……。ここは……」

 分かるも何も。

「神社……、かな」

 『あの』神社だ。

 よく考えればわかることだった。栞の話にあった『昨日までなかったものが突然現れる』、というのは駆人自身も体験したことだった。場所がどこか分らなかったために、いまいち失念していた。

「やっぱり見えるんだ」

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で栞がつぶやく。

「ん。なにか言った?」

「いやいや。なにも」

「そう……。中に入ったりはしてみた?」

「いやいやいや。入れないって、こんな急に現れて」

「……そうだよね」

 勢いに任せて入った駆人自身を非難されてるようにも聞こえるその言葉に少々落胆しながらも、どう説明しようかと考える。このまま分からないことにして別れて不安を残させる、というのも後味が悪い。

 そんなことを考えていると、後ろから聞きなれた声で、声をかけられる。

「おお、駆人じゃないか。こんな入口のところで何しとるんじゃ」

 神社の中から化け狐の天子てんこが出てきた。鳥居の前にたたずむ二人を見て出てきたのだろうか。

「ん。そっちの女の子は……」

 天子は不思議そうな顔の栞を上から下まで眺めて、駆人に小指……、と人差し指を立てて言った。

「お主の『コレ』か?」

「いやどれだよ!」

 天子はもう片方の手でも同じ形を作り、胸の前で腕をクロスさせ、舌を出す。訳が分からない冗談はやめてほしい。

「七生クン……。知り合い?ここの神社の人?」

 その問いに駆人はぎこちない笑みを浮かべるしかない。

「なんじゃなんじゃ。そっちの子もこの神社が見えるのか」

「そうみたいなんですが……。色々と説明してあげてもらってもいいですか」

 すると天子はしばらく考え込み、不安そうに二人を眺める栞を見てから……。

「まあ、よいじゃろう。見えることは見えるんじゃしな。中に入って話してやろう」

 二人を招き入れる。栞は何かおかしなことに巻き込まれたのではないかと感じつつ、前を歩く駆人の背に隠れるようについていくのだった。

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