3-4.end
地下水路の幅が広くなり、巨大なワニが歩いても左右にはまだ余裕がある。歩みの遅い奴を追うのは容易だが、このままでは人の大勢いる場所に出てしまう。それだけは避けなければならない。
「そもそもなんであんな奴がこんなところにいるんだ。日本にはワニなんていないだろう」
「その都市伝説では、大抵ペットとして飼われていたものが逃げ出した、という話になるようですね。巨大なのは下水道の熱で育った、白いのは日光に当たらなかったから、とかなんとか」
「なるほどな。ん?てことは、日光が弱点とかあるんじゃないか?」
「試してみる価値はあるかもしれませんけど……。効果がなかったらことですよ」
「くっ、仕方ねえな」
ぽん吉は手を組み、力をこめる。すると神社で見たような耳と尻尾が生えた。
「?なぜ急に?」
「妖力を開放すると出ちまうんだよ。でりゃああああ!」
ぽん吉は思い切り飛び上がり、掛け声とともに飛び蹴りを放つ。足の先から光を放ち、ワニに向かって行く。ドスッと重い音がして、ぽん吉の足がワニの体に突き刺さった。ワニはその歩みを止める。少しはダメージがあったのだろうか。
くるりと翻りながら、ぽん吉は見事に着地する。
「へ!どんなもんだ!まだまだいくぜ!」
啖呵を切り、追撃を放つ準備姿勢に入る。しかし、その間にワニはその太く、大きな尻尾を横に振るい、ぽん吉を打ち据えんとする。
「あ、危ない!」
駆人は思わずぽん吉を突き飛ばした。ぽん吉は危機を脱したが、代わりに駆人が尻尾の餌食となってしまった。
尻尾に吹き飛ばされた駆人は、地下水路の壁に叩きつけられる。全身に痛みが走る。重大な怪我はなさそうだが、叩きつけられた壁にもたれかかり座っている状態、体は痛みで動かない。
「おい、駆人!大丈夫か!」
ぽん吉の声に、駆人は衝撃に閉じていた目を開ける。しかしそこにあったのは……。
巨大ワニの顔面。駆人が吹き飛ばされたのはよりによってワニの正面だった。
ああ、またも万事休すか。
駆人は痛む体を何とか動かし腕を前に伸ばした。恐怖にまた目を強くつむり、顔をそむける。
もうワニの顔面に手が届く。ワニの鱗というのは意外と手触りが良い。高級なバッグや財布の材料になるのも分かる気がする。ああ、このまま自分はこいつに食われ、あの骨たちの仲間になるのだろうか。父さん母さん、先立つ不孝をお許しください。こんなことなら都市伝説退治なんて危ない仕事引き受けるんじゃなかった。あの化け狐姉妹め、死んだら化けて出てやる……。
……。思考があちこちに飛び、経った時間こそ分からないが、ワニはまるで動かない。
「お、おい駆人お前……。大丈夫なのか?」
「え?」
ぽん吉の声に我を取り戻し、駆人は目を開け、目の前で起こっていることを見て驚いた。ほとんどそえているだけの駆人の腕に邪魔されるように、ワニのその口はほとんど開いていない。
「お前、そんな力強いのか」
「い、いや。あ!」
そういえば聞いたことがある。
「『ワニは口を閉じる力は強いが、開く力はとても弱い』!……、聞いたことはありますが、都市伝説だと思っていました」
「そんなことが。いや、むしろ都市伝説なのが功を奏したかもしれないな!よし、そのまま抑えてろ!」
ぽん吉は体に力をこめると、どこからともなく刀を取り出した。そしてそのまま飛び上がり、ワニの脳天に向けて振り下ろす!
「くらえ!」
刀が突き刺さったワニは次第に力を失い、しばらくもがいた後、力尽きた。
「今の刀は」
「ぽん刀だ……」
都市伝説を退治した二人は、駆人の痛みが引くのを待って、水路を更に下る。少々進めばすぐに地下を抜け、中心街の水路に出る。水路脇の階段を上り道路に上がると、やっと一息つくことができた。ずいぶん長いこと地下にいたようだ。日は傾き、町を夕日が染める。
「いやあ、何とかなったな」
「ええ、結構危ないところでしたけどね」
「おお。だが本当にお前のおかげで助かったぜ。あいつらが目を付けたのも分かる」
「たはは」
「後片付けはこっちに任せな。ああ、そうだ。今日の給金はあとで天子達に渡しとくぜ。それでいいよな」
「かまいませんが…」
駆人は少し不服そうにする。神社での一件で少し天子に対して不信感があるのは確かだ。それを見てぽん吉は笑顔で続ける。
「ま、天子はああいう所もあるが、あれで優秀なんだ、空子さんもいるしな。お前みたいなやつはあいつらの所にいた方が役に立てるし、なによりあいつらがついていれば、俺としても安心なんだがな」
「……」
「天子もさすがに反省してるだろうよ。ちゃんと反省してたら許してやれよ?駆人隊員」
「……、はい!隊長!」
「よし!とりあえず神社まで送るぜ」
そういってともに死地を乗り越えた二人は最初の出発地点、天子たちのいる神社へ向かって歩き出した。
駆人達が神社につくころには、辺りはもう薄暗くなっている。鳥居をくぐり中に入ると、そのまま裏手の住居にまわる。明かりはついているが中は静かだ。
「ただいま戻りました」
「あ、駆人君、お疲れ様です」
玄関の戸を開けると、空子が台所から出てきて駆人達を迎えた。やはりスーツの上からかっぽう着だ。
「あの、天子様は?」
「それが、あのあと『駆人君が愛想をつかして出て行った。』なんて言いながら泣いちゃって」
「泣く!?あいつにそんな繊細な心があったとは」
「ええ。それで泣きつかれて、今は居間で寝てると思います」
「確かにあの時は少しきつい態度を取っちゃったかもしれませんね」
「いえいえ、悪いのはあの人ですから。それに私も気が回らなくて、ごめんなさいね」
そう言ってから、空子は居間の戸を開いた。確かに天子はそこで眠っている。空子は体をゆすり、声をかけた。
「姉さん、駆人君が帰ってきましたよ」
「ん、おお。むにゃ……」
天子がゆっくりと体を起こす。まだ眠そうに開けた目は、心なしか赤い。泣いていたというのは本当なのだろう。
「あの、天子様、僕はもう気にして……」
「ん!?外が暗い!もうこんな時間ではないか!」
駆人がやさしく声をかけようとすると、天子は跳ね起きる。他の三人が何事かと眺めていると、ちゃぶ台の上のリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。明かりのついたテレビには、野球のナイター中継が映っている。どうやら始まったばかりのようだ。
「いや、危ない危ない。見逃すところじゃった……。あれ?カルト?それにぽん吉も……」
「あの、泣きつかれていたというのは」
「あ、いや、反省はしていたんじゃよ。……おおカルトよ!戻ってきてくれると思っちょったぞ~!」
「やっぱりこういう奴なんだな」
「ええ」
「仕事相手は選ばないといけないのかもしれません」
冷たい目線の三人に見つめられ、天子は縮こまる。
「わしゃ殊勝な態度はとれないたちなんじゃよ~」
「ま、この方が天子らしいぜ」
「はい。天子様には明るくいていただかないと」
「駆人君は優しいですね~。誰かさんにも見習ってほしいものです」
「そんな~」
夜の帳が下りる神社に、三人の笑い声がとけてゆく……。
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