3-3.

 扉を開けると、そこにはすぐに下り階段があった。水の流れる音が大きく聞こえるから、そんなに長くはないはずだが、一切明かりがないせいで先はみえない。ヘルメットのライトをつけ、一歩づつ慎重に降りていく。中は案外ひんやりとしているが、それが少々不気味でもある。

「これが暗渠……」

「ああ、四葉川、とは言ったがほとんど舗装されているわけだから、実際のイメージは地下水路とかの方が近いかもしれないな」

 階段を降り切ると、そこには確かに水が流れていた。これが四葉川なのだろう。その流れの左右には、足場があり、上流と下流両方につながっているのが分かる。反対側までは数mはあり、渡るのは難しそうだ。

「結構大きいんですね」

「……、少し大きすぎる気もするがな」

「え?」

「いや、いい。ここは全体で言えば結構上流側だ。下流に向けて歩いてみよう。行くぞ!ついてこい!」

 威勢よく掛け声をあげると、ぽん吉は下流に向け、ズンズンと歩き出す。駆人はその後ろを遅れないようについていくのだった。

「手がかりなんかがあるかもしれないから、見逃さないように歩くんだぞ」

「はい」

 しばらく歩き続けるが、手掛かりと言えるものようなものは何もない。代り映えのしない、真っ暗な道が続く。少々下り坂が続いたところで何やら後ろの方から、重い音が響いてくる。

「ん?後ろから何か来てる?」

「ああ!あれはなんだ!」

 振り返り、暗がりに慣れてきた目を凝らして、後ろをよく見る。後ろから来たのは……。

 トンネルいっぱいに広がる迫りくる壁、いや、転がる大岩だ!

「危ない!岩が転がってくるぞ!」

「え!?なんでこんなところに!」

「そんなことはどうでもいい!つぶされる前に逃げろ!走るんだ!」

 二人は岩につぶされまいととにかく走った。しばらく走るが大岩の速度が落ちることはない。

「ちょ、このままじゃ追い付かれますよ!」

「ああ!あそこだ!あそこに逃げるんだ!」

 そう叫んでぽん吉が指さしたのは現在の道から垂直に生える横道。間一髪のところで二人はその横道に飛び込む。一方、大岩は大きな音を立てつつそのまま転がっていった。

間一髪で難を逃れた二人は乱れた息を何とか整えるようとする。

「い、今のは何だったんですか。こんなところにあんなものある分け……」

 息も絶え絶えの駆人が一息つくために腰を下ろそうとすると、プチッ、と糸が切れるような音がした。

「あ、危なーい!」

 ぽん吉が叫びながら駆人を突き飛ばす。その一瞬後、駆人がいた場所に、矢が突き刺さった。

「ふう、危ないところだったな」

「なにが、起こってるんですか」

「甘いぞ駆人隊員!怪異が出現した以上ここがもはやただの地下水路だと思うな!ここからは俺の指示をよく聞いて行動するんだな!」

 その理屈はよく分からないが、油断していたことは確かなので駆人は少し反省し、気を引き締めなおして立ち上がった。

「はい!隊長!」

「よし!」

 二人を待ち受けている罠はこれで終わりではなかった。

 長いつり橋……、崩れる床……。

「駆人隊員ー!大丈夫かー!」

 矢の雨……、底なし沼……。

「隊長ー!つかまってくださーい!」

 鉄砲水……、食料の危機……。

「ファイトー!」

 敵対勢力の介入……、食人植物の群れ……。

「いっ……。いやいくらなんでもおかしいだろ!」


どうにかこうにか地下水路を進み続ける。あたりを見ればなにやら動物の骨があたりに散らばっている。

「……。情報通りですね」

「ああ。それも、想像よりも骨が大きい」

 見れば確かにそうだ、ネズミ程度の物もあるようだが、大きいものは牛か馬か、そんなサイズの物すらある。

「ここにこの大きさの骨があるのも十分おかしいと思うんですけど」

「今までのこと考えてそれ言えるか?」

「いいえ。隊長」

 そして駆人は思いなおす。情報が正しいのであれば、これを食べるような大きさの『何か』がこの地下水路に巣食っているのだ。

「駆人隊員。気を引き締めろ」

「はい。隊長」

 更に通路をしばらく歩き続ける。進むにつれ、周りに散らばった骨がどんどん増えている気がする。

「気を付けろ。目標がかなり近くなっているはずだ」

 と、今までの通路から比べるとかなり広い、円形の空間にたどり着いた。中央に池のような水の溜りがあり、その周りを足場が囲っている。その足場には山のように骨が積まれていた。

「この空間は……。それにこの池の部分、かなり深くなっているみたいですね」

「目撃情報の目標の寝床かもしれないな……。用心しろよ」

 駆人は深くうなずき、周りに注意を払った。


 積まれた骨などを詳しく調べるが、都市伝説の手掛かりになるようなものは見当たらなかった。

 さらに奥に進もうとしたとき、わずかに池の水面が波立った。なにかが落ちてきたのか、それとも風が通り抜けたか。しかし、見ているうちに波紋はどんどん大きくなる!

「水だ!水の中に何かいるぞ!」

 駆人は叫び、臨戦態勢を取る。ぽん吉もそれに続いた。

 そして、その波の高さが足場の高さを越えようとしたとき、水面から巨大な、白い影が現れた。大きくも平たい体、その体を覆う強靭な鱗、更に頭には巨大な顎、下半身には太い尻尾が生えている。その姿は……。

「ワニだ!だがでかいぞ!十メートルはある!」

「しかも白い!?こんなワニは見たことが……、あ!そうか!」

「知っているのか!?駆人!」

 完全に水面に顔を出した大ワニ、その巨大な眼は二人を完全に獲物として捕らえていた。

「都市伝説です。『町の下水道には、白い巨大なワニがいる』!」

「やはり都市伝説か!ならば倒さくちゃいけないが……、どうやりゃいいんだ」

「いるかもしれない。という都市伝説ですから、弱点はありませんよ」

「マジかよ」

 話している間に、ワニが二人に向かって突進してきた。それを二人は左右に飛びのき、かろうじてかわす。ワニは勢い余って壁に激突するが、その壁は衝撃に耐えきれず、崩壊する。その崩れた壁の先から光が漏れている。

「あ、危ない……。ん?壁の向こうは大分明るいようですね」

「え?……、あ!まずい。この先は中心街を流れる水路だ!」

 二人は上流から流れる四葉川を下るうちに住宅街を越え、中心街に近いところまできていたのだ。

 ワニは体勢を崩した二人に目もくれず、よだれを垂らしながら崩れた壁の向こうへ進もうとする。

「まずいぞ。この先は駅とか商業施設とか、とにかく人がいっぱいいる。そいつのにおいを嗅ぎつけたな」

「なんですって。こんなのが街に現れたら、パニックじゃ済みませんよ!」

「そうだ!だから何としても止める必要がある!」

 この壁の先もしばらくは地下水路だが、その先を下れば中心街のど真ん中だ。これ以上進ませるわけにはいかない。

 ぽん吉はその辺に落ちていた鉄パイプを手に取り、ワニの体を思いきり叩いた。しかし、ワニはびくともしない。鉄パイプの方が折れ曲がってしまった。

「ぐお。なんて硬さだ。駆人、なんでもいい。都市伝説のでなくてもいい、ワニの弱点とか知らないか!」

「ワニの弱点……。ええと、あー、バナナとか?」

「それはいろいろ違うだろ」

「じゃあ、ゴリラ?」

「試してやるから連れてこい」

 ワニは、のそのそとゆっくり、しかし確実に出口に向かって進み続ける。

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