3-2.

「でじゃ、ぽん吉よ、お主何もただ遊びに来たというわけでもないじゃろう?何か用でもあったんじゃなかろうか?」

 天子はでへへとだらしなく笑うぽん吉に改めて問いかける。ぽん吉はその言葉にハッと気を取り直し答えた。

「おお、そうだそうだ。俺の所にも都市伝説退治の依頼が来てよ。分かってるとは思うがあいつらの相手をするのは俺だけじゃできねえだろ?だから霊感のある人間を探してたんだが、お前らの所にいるって噂を聞いたからな」

 そう説明すると駆人の方に目線を向ける。

「ということはぽん吉さんも怪奇ハンターなんですか?」

「おうよ」

「ってことはやはり人間ではない?」

「その説明はちゃんと聞いていたのか。よし、ちょっと待ってろ」

 ぽん吉はそう言ってマンガの忍者がやるように、手を組み体に力をこめる。すると頭の上に丸い耳が、腰のあたりにはふさふさの尻尾が生える。

「俺は化け狸って奴だ。ちなみに歳は114歳!」

「今度は狸……。天子様たちに比べるとお若いですね」

「まだまだ若造じゃ」

「へっ、婆さんにはかなわねえな」

「なんじゃと」

「でだ、駆人っつったか。ちょっと俺の都市伝説退治に付き合ってもらえないか?」

 都市伝説による怪異はその道のプロであるはずの怪奇ハンターだけでは解決することができない。この町で起こる怪異を解決するのであれば、駆人としても協力することはやぶさかではない。駆人が承諾しようとしたとき、突然天子が割り込んだ。

「ええい、だめじゃだめじゃ!カルトはわしらがスカウトしたんじゃ。あっちこっちで勝手に使われては困る!」

「そう言うなって。なあ駆人。給金は払うぜ。いくらもらってんだ?同じだけ出してやるからよ」

「いくらって……、あ!その話まだしてませんでしたね」

 最初の説明の時に、天子がバイト代を払う旨を言ってはいた。しかし、結局実際に都市伝説退治を行ったがもらうどころか、額の話すら聞いていない。天子はギクリと表情をこわばらせ、しどろもどろで言葉を発する。

「あ、いや。もちろん払うつもりがなかったわけではないぞ!落ち着いたときに改めて話そうと思ってたんじゃ」

「ここ数日は落ち着いてましたよね」

「うぐう」

「姉さん……。ちゃんと駆人君に話すようにと念を押しておいたじゃないですか」

「うぐぐぐ」

「なんだよ天子。ただ働きさせるつもりだったのか?」

「いや、違うんじゃ!違うんじゃ!つい、うっかり……」

 いろんな方向から責められ、だんだんと縮こまっていく天子を後目に、駆人はぽん吉の背に手を当て、外に向け歩き出した。

「ささ、ぽん吉さん行きましょう。都市伝説は待ってはくれませんよ」

「お、おう。じゃあな、駆人は借りていくぞ」

「ええ、二人とも、気を付けてくださいね」

 二人はよよよと泣き崩れる天子に背を向け、神社の外へと歩いて行った。

 

 正午をいくらか過ぎても。真夏の太陽は天頂に居座り続ける。都市伝説退治の目的地へ歩く二人を突きさす日差しは、容赦というものをする気配はない。

「……ところで、怪奇ハンターってのはあの二人だけではなかったんですね」

「おう。俺もそうだし、あと何人かこの町にすでに入ってるはずだぜ」

「そうなんですか」

「ま、ただ緊急性のあるものとか、危険性の高い依頼ってのは大抵あの姉妹のとこに行っちまうからな。俺達に回ってくるのはちょっとレベルの下がったものとか、こまごました仕事が多いぜ」

 ぽん吉はやや大げさに身振りを交えながら、しかしその口調は少し誇らしげでもある。

「そうなんですか」

「ああ、あれで優秀なんだよ、あいつら」

「あとは金払いがよければいいんですが……」

「はは。そう言ってやるな」

 しゃべりながら、二人は住宅街を歩き続ける。中心街からは反対方向だ。

「あの、それで今回の目的地はどこなんですか」

「今回向かうのは『四葉川』だな」

「四葉川?」

 聞き覚えのない名前だった。駆人が住むこの『四葉町』と同じ名前の川だが、駆人には憶えがない。そもそもこの町には川らしいものはないはずだった。水路はいくつかあるが、そんな名前ではなかったはず。

「そんなものがこの町にあるんですか?」

「ん、知らないのか。まあそれも無理はないな。何十年も前に『暗渠』になっちまったからな」

「あんきょ……、ってなんですか」

「暗渠っつーのは、まあ言っちまえば、川にふたをしちまうんだ。土地の利用とか、治水目的とかでな」

「へー」

「で、今回の目的はそこに出た都市伝説の退治なんだが……」

「どういう情報があるんですか?」

「その川の中に入った、作業員とかからの目撃情報だな。『巨大な動く影を見た』、『動物の骨が散らばっていた』、『何かが這いずった跡がある』……、てなところだな」

 なんとも恐ろし気な情報である。特に動物の骨があったということは、肉食獣のようなものがいるのだろうか。

「……。そいつが何かはわからないんですか?」

「そうなるな。なんでも一番近くで見たやつは、怖さのあまり何も話せなくなっているらしい」

「ひえ」

 身をすくめる。浮き出た汗は、暑さだけが原因ではない。

「っと。ここだな、入口は」

 住宅街の奥の少し奥まった場所、少し木が密集して生え、林のようになっている。そこに鉄柵で囲まれたスペースがあって、さらにその中には、金属の扉がついた建物がある。その扉には、立入禁止の札が張り付けてあり、厳重に鍵がかかっているようだ。

「ここですか?立入禁止って書いてありますけど」

「ああ、そうだ。鍵は当然借りてきてあるぞ」

 ぽん吉は鍵を懐から取り出すと、錠前に差し込む、ガチャリと音がして、錠は外れたようだ。そこでぽん吉は駆人に振り返り言葉を続ける。

「さて、この先は件の都市伝説の領域になるわけだ」

 そう言われて、改めて身構える。正体不明の何者かに取って食われるわけにはいかない。

「でだ。今からそこに入るわけだが……」

ごくりと生唾を飲み込む。

「これから君は都市伝説探検隊の一員になってもらう!俺が隊長だ!」

「はい?」

 突然、まるで子供のごっこ遊びのような単語が飛び出し困惑する。

「ささ、こいつをかぶってくれ」

 ぽん吉はどこからともなくヘルメットを二つ取り出した。額のあたりにライトがついた、それこそ『探検隊』といったような代物だ。

「あの、ぽん吉さん。これは。それに探検隊って」

「俺のことは隊長と呼べ!ここから先は未知の領域だ!何が待っているかわからねえ。だから、お前には隊長である俺の指示に従ってもらう!」

 ヘルメットをつけながら、大げさに抑揚をつけた語りで熱弁をふるう。怪奇ハンターにはどこか外れた人が多いのかもしれない。

「返事はどうした!」

 しかし、腕はたしかなんだろう。そう考え、何も言わず従うことにした。

「はい。隊長」

 ぽん吉にかぶせられたヘルメットは、駆人の頭にフィットした。

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