偽王の晩餐と姫君の首

名瀬口にぼし

1.羊肉泡馍 ―屠殺人と姫君― 

羊肉のすいとん① 幼い初恋

 荒涼とした大地に降り積もる白い雪に、凍った川に映る灰色の空。

 世界を四角く囲む城壁の外に広がる景色は、花も緑もなく色彩に乏しい。

 北の果てに位置し、化外の異民族と国境を接する來国らいこくは、城以外は何もないところである。


 娯楽の少ない国の姫として生まれて、琳玉りんぎょくはずっと昔から退屈していた。埃をかぶった書物も、面倒なだけの裁縫も楽器も心を満たしてはくれなかった。


 幼い琳玉の楽しみはただ一つ。

 城の厨房で働くある一人の青年が、羊や牛を捌く姿を見ることだった。


 青年は背が高い他は、とりたてて特徴のない外見をしていた。

 その平凡な姿に反して美しいのが、青年の仕事ぶりだった。彼の手にかかれば、羊も牛も、すべてが華やかな大輪の花のように切り分けられていく。


 彼の握る庖丁が切り開く肉の赤だけが、凍てついた土地に暮らす琳玉の目を楽しませる造り物ではない色だった。それは箪笥に収まる衣装の赤とも、屏風に描かれた鳥の赤とも違って見えた。


 王家の一員として娘を正しく導こうとする母親の言いつけを聞かず、幼い琳玉はいつも厨房の戸の隙間から青年を見ていた。

 仕事をしている青年は琳玉の存在を気に留めることなく、吊るされた羊の前に立ち、鮮やかに刀で骨と皮を解いていく。肩を寄せて屈む姿はどんな貴人に対するよりも恭しく、そっと手でふれる様子は金銀や宝玉を扱うようだった。


 食材として生をうけ大事に育てられた羊は、より良く最後に食されるために青年の刀捌きで形を変えていく。

 肉と皮が離れる音、骨が関節から外れる音、庖丁が肉を断つ音。青年が羊を捌くことで奏でられる音律には、不思議な心地良さがある。


 捌かれる羊の姿も響く音も何もかもが美しく感じられて、琳玉は何度も彼の仕事を覗いた。

 幼い琳玉には、青年によって丁重に切り開かれている羊が、王の娘である自分よりも綺麗で恵まれた存在に見えていた。

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