二人の約束

 ――文久三年、一月中旬。


 上洛を来月に控え、多摩での挨拶参りを済ませて試衛館へと戻る道すがら、一緒に出向いた総司が俺の袖を引っ張った。


「見ました!? 今、魚が跳ねましたよ〜」


 そう言って指をさすのは、今さっき渡り終えたばかりの多摩川だ。

 魚が跳ねたくらいではしゃぐあたり、こいつもまだまだ餓鬼みてぇだと思えば無邪気に覗き込んでくる。


「あれ獲って帰ったら、今晩のおかずの足しになりますよね?」

「釣り道具なんざ持ってきてねぇぞ」

「問題ないですよ~」


 そう言うと、総司は俺の腕を引っ張り川縁へと歩を進める。

 さっきよりも邪気に満ちた笑顔を向けたかと思えば、大げさに首を傾げた。


「ほら、いつでしたっけ~。釣りしてたら女性が寄って来たとか何とか、やたら自慢げにほざ……困ったって言ってたじゃないですか~」

「おい……」


 言い間違えたふりしてさらっと毒づくんじゃねぇ。

 いったいいつの話だ。


「あ、また跳ねた!」

「あぁ? ……ったく、いつまでたっても中身はだな」


 皮肉を込めて幼名を口にしてやれば、総司が俺の腕を更に強く掴む。

 こんな所で油売ってねぇでとっとと帰りたいんだが。


「歳さんの魅力があれば、魚も寄ってくるかもしれませんよ~?」

「は?」

「試しにちょっと入ってみてください!」

「はぁ!? って、おい、総司っ!!」


 さっきまで俺の腕を掴んでいたはずの手で勢いよく背中を押され、危うく川へ突っ込みかけた。

 が、俺をすんでの所で引き戻したのも総司だった。

 反動で揃って尻をつけば、隣でケラケラと笑い出す。


「もう、僕まで巻き込まないでくださいよ~」

「お前のせいだろうが!」

「いつまでも僕を子供扱いする歳さんがいけないんですよ~?」


 そういうとこが餓鬼だと言ってるんだが……。


 余りにも楽しそうに大笑いしやがるから、腹を立てるのも馬鹿らしくなりそのまま寝そべった。

 同じように足を投げ出して寝転ぶ総司が、やれ饅頭だのやれ欠けた煎餅だの、雲を指さし同意を求めてくるから適当に相槌を打つ。


「ねぇ、歳さん」

「ん」

「京へ行くの楽しみですね~」

「ああ」


 将軍警護が目的とは言え、今や天誅などと称した人斬りが跋扈ばっこする京へ行くんだ。功績が認められれば、幕臣に取り立ててもらえるという話もある。


「おいしい甘味がたくさんありそうですしね~」

「何だ、食いもんの話か。そりゃあるだろうよ」


 ……ったく、遊びに行くわけじゃねぇんだけどな。


「ねぇ、歳さん」

「ん」

「京で名をあげたいですか~?」

「そりゃあな」


 男なら、この天下の一大事にどこまでやれるか試してみてぇじゃねぇか。


「近藤さんも、良い機会だって張り切ってましたしね~」

「そういうお前はどうなんだ? その気になりゃあ、近藤さんですら軽く越えていけるだろう」

「何言ってるんです。まぁ、歳さんが相手なら余裕ですけどね~?」


 うるせ、と総司の頭を小突けば再びケラケラと笑い出す。


「僕は、おいしい甘味と剣術があればそれでいいです」

「お前らしいな」

「どういう意味です、それ~」


 ふくれっ面しているであろう不満気な声のあと、ひょいと起き上がった総司は片手を後ろにつき、もう一方の手は雲でも掴むかのように天に掲げた。


「ねぇ、歳さん」

「ん?」

「歳さんも近藤さんも、武士になりたいんですよね?」

「まぁな」

「じゃあ、いつか歳さんが武士になったら、僕らで近藤さんを大名にしてあげるなんてどうです?」

「そいつはまた随分と大きく出たな」


 将軍と言い出さなかっただけマシか?

 それでも充分突飛な言葉に吹き出せば、総司は餓鬼みてぇな笑顔で振り向いた。


「約束ですよ?」

「わかったわかった」

「それじゃあ、まずは歳さんが武士になれるよう、僕も力を尽くしますね」


 ついと視線を逸らした。

 いつもひねくれてるくせに、時折、前触れもなく見せる真っ直ぐなその目は眩しくてかなわねぇ。


「歳さん?」

「何でもねぇよ」


 ったく、素直じゃねぇのはお互い様か。

 俺も起き上がり、満面の笑みで応えてやる。


「精々励めよ、

「ああ、また~」


 そうやって、いちいち反応するところだよ。

 まぁこいつの場合、全部わかったうえでやってそうだがな。


「土方さん」

「何だ、急に」

「ほら、いつか近藤さんがお殿様になったら、僕らは家臣として支えてあげるわけじゃないですか? ちゃんと“土方さん”て呼んであげないと、土方さんの威厳が保てそうにないじゃないですか~」

「余計なお世話だ、馬鹿野郎」


 何がそんなにおかしいのか、総司は笑いを収めることなく言葉を次ぐ。


「それに、あれですよ。としさ……土方さんは僕よりもずっと年上ですからね。年長者は敬わないといけないですし~」

「てめっ。七つしか違わねぇだろうが」

「七つですよ~」

「んなこと言ったら、俺より一つ上の近藤さんはどうすんだ。よっぽどじじいじゃねぇか」

「嫌だな~。近藤さんは土方さんと違って徳がありますからね。年なんて関係ないんですよ。誰かさんと違ってフラフラもしてないですし~」


 相変わらず口の減らねぇ奴め。

 だが……。


「多摩の農民から大名誕生……か。すげぇ話になりそうだな」

「子供っぽいとか思ってます~?」

の気のせいだろ」

「ほら、また~」


 不満をもらしながらもケラケラ笑う総司が、一足先に立ち上がるなり、西日を背に眩しい笑みで振り返った。


「約束ですよ、土方さん」

「……ああ」




 * * * * *




お久しぶりです(汗)

気づけば3月28日。落花流水ryの投稿開始日です。

一応去年もその前もやっていたこともあり、今回も記念投稿という感じで書き上げてみました(汗)

楽しんでいただけましたら幸いです。

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