第141話 7時間の長い旅路へ

レース前にしっかりと燃料を給油し、レース前点検を終えた私たちは、フィットをグリッド上に持っていき、スタートの時を待っていた。


ユリはコックピットへと既に乗り込んで、ヘルメットを被っており、その奥に見える目は完全に勝負の時のそれになっていた・・・・のだが、やはりかなり緊張していたようで、足はガックガクだった。 オイオイ、完全に心境が出とるぞ。


「おーい、ユリ。固くなってっぞ」


「か、かたくくくく・・・・なってなんか・・・・いや、はい。正直緊張してるわ・・・・こんな台数いる中走ったことないし。 うまくスタート切れればいいけど・・・・」


「そんなの大丈夫よ! 昔私と走った時だって、あんな鋭いスタート切れてたんだしさ・・・・ 大丈夫。ユリは勝負強いんだから」


そういって私はユリの肩をポンポンと叩いた。 ユリは一瞬目を丸くしたけれど、その後目を閉じて、呆れたような、いや安心したような様子でフフっと笑った。


「ほんっと、凛子はおだてるのが上手ね。 なんか緊張が少し和らいだわ。ありがと」


「いえいえ。 安心したなら何より。 ・・・・おっと、そろそろスタートの時間かな。 じゃ、スタートドライバー頑張ってきてね、ユリ」


「ユリちゃん、思いっきりいってきてね!」


「ユリ、頑張れ・・・・!!」


「3人とも、ありがとう・・・・じゃ、ぼちぼち行ってくるわ」


それから暫くして、スタート3分前になるからコースから立ち退くよう放送が流れ、私たち3人はコース上から外れた。 そして、チームのブースへと一旦集合し、モニター越しに様子を眺めることになった。






そして、その一方。 ユリは凛子たちのスタート前の声掛けもあってか、一気に冷静さを取り戻し、集中力を研ぎ澄ませていた。


「大丈夫・・・・今日はみんなで楽しむために来たんだから。 思い切り、自分の走りでスタートを切ってみせるぞ!」


よろしく頼むよフィット!!・・・っと続けて声を上げて、ポンポンっとフィットのステアリングを軽く叩く。 するとタイミングよく、1分前のボードの表示が出た。エンジン始動の指示が下る。


ユリはゆっくりとフィットのエンジンスイッチをオンにする。 静かにフィットは心臓の鼓動を打ち始め、排気音も一緒に高まってく。


周りのクルマたちのエンジンも、時を同じくして次々とエンジンに火が入って、様々な排気音が重なり合うように響き渡る。 まるで、楽団が行う演奏会の音合わせの時のように。


今から始まる長い戦いの火ぶたは、間もなく切って下ろされようとしているようだった。


そして、スタート30秒前の表示が出て、フォーメーションラップ(隊列を整える周)が始まる。 ユリはフィットをそろりと発進させ、ゆっくりと車を左右に振ってタイヤを温めながら周りに沿ってコースをゆっくりと走った。


大丈夫、いける、いける・・・・!!


この時にはもう、ユリは完全にギラついた目に切り替わっていた。 


高まっていくエンジン音、心拍数。 スタートはもう、すぐそこに来ていた。


ゆっくりとホームストレートに差し掛かり、シグナルが変わる時を今か、今かと待つ。


5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1・・・・ その瞬間、シグナルは消え、長い戦いの火ぶたが切って落とされた。


「いくぞおおお・・・・!!!」



ユリは一気にフィットのアクセルを踏みぬき、綺麗なスタートを決めた。


続く。

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