第107話 女帝と紫のヤマネコ。
そう、そこに佇んでいたのはかつてNXCDで強烈な走りを見せ、三度ものチャンピオンを勝ち取るなど圧倒的な強さを誇り、砂の上の女帝とまで言われていたものの、5年ほど前に突如エントリーをやめて、姿を消した伝説のドライバー「増岡マリ」と、その相棒
およそダートコースに似つかわしくない黒基調のクラシカルロリータのファッションに身を包んだ彼女と、ダートレースに勝つために、オーバーフェンダーで幅を広げ、トレッドを拡大するなど細部までチューニングされた紫のV78型パジェロの組み合わせは、もうそれだけでオーラがとても強く漂うものであった。 私がダートトライアルに出るようになった頃には彼女は姿を消していたから、私は人づてに話を聞いて存在を知っていただけなのであったが、本当に見てみるとその凄みが走っていない今の段階からでも感じられた。
周りのエントリーした選手たちも、その突然すぎる復活劇には驚きが隠せないようで、どよめきが走っていた。
「ね、『面白そうなこと』あったでしょ?」
してやったりな笑顔を浮かべた涼が、こそっと耳打ちをしてきた。
「いやもうびっくりしまくりよ・・・・まさか、あの増岡マリさんがこうして復活してくるなんて。 本当に突然エントリーしたっぽいけど、なんで涼は知ってたの?」
「なんでって・・・・あの人、昔はうちの所属ドライバーだったのよ。まあ、今回から独立して自分のショップを立ち上げた上での参戦になったみたいなんだけど、一応昔のよしみってことで、うちにも連絡入れてきてたのよね。 『今回からライバルになりますが、よろしく』って」
「あ、それでなの! 元々ラディウスのドライバーだったんだ、あの人」
「そうそう。だから、私にとってはある意味先輩格に当たる人になるのよね・・・・負けられないわ」
涼は一見穏やかな顔をしていたが、最後の一言から確かな闘志を燃やす感じがひしひしと感じられた。
そんな会話を繰り広げていると、なんとこちらが話し込んでいる様子を察知した彼女がこちらへとやってきた。
すざまじいオーラとは裏腹に、少しローズ系の落ち着いた華やかな匂いを漂わせ、彼女はスッと前にきた。
上品な笑顔をフッと浮かべて女帝は語り掛けた。
「・・・・あなたがラディウスの今のエース、四ノ宮さんね。 今日は楽しみましょう」
「はい、もちろんです。 ・・・・今日は思いきりいかせてもらいますよ」
女帝はそれにあわせてゆっくりと頷いた。
「そして篠塚さん、あなたの事も存じていますよ。パジェロエボでのキレある走り、そして全日本ラリー時代の事も。 今日は一緒に楽しみましょう」
「え・・・・あ、はい!!もちろんです。今日はお互いいい走りをしましょうね!」
全日本ラリー時代の事も知られているとは思わず、呆気にとられた私だったが、同じようにしっかりと返事を返し、女帝もそれに応えるように微笑んだ。
「・・・・そうだ、あと一つお二人に聞きたいことがあるのですが・・・・」
「「どうしました・・・?」」」
「・・・・よかったら、連絡先交換しませんか・・・・? 私友達少なくて・・・・パジェロを愛するもの同士、よかったら仲良くしませんこと・・・・?」
余りに突然かつ、思ってもみなかった提案に少し驚いたものの、私たちはその申し出を快く聞き入れ、それぞれの携帯の連絡先には「増岡マリ」の名前が加わった。
連絡先を交換した後、満足げな顔をして女帝は去っていった。
あともうすぐで、NXCD最終戦は開会の時を迎えようとしていた。
続く。
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