第58話 静かに燃える炎

その後再びパドックに戻ってきて、またまた涼と談笑を続けていた。






「どうだった? なんかいい刺激になったかな?」




「うん、とっても。 なんか色々吹っ切れた気がするよ・・・。ありがと。」




私は頭をペコっと下げてそう言った。




「じゃ、本番楽しみにしてるわね。・・・・絶対負けないけどね。」




フフっとにやけながら、涼はそう言ってこの場を離れた。




私も涼のように肩の力を抜いて相棒と舞ってくるぞ、と言う事で私はこの後すぐにまた練習走行に戻り、ひたすらパジェロエボと対話を続けた。涼と同じように、丁寧にしっかりと車の向きを変え、アクセルワークに更に気を配り、いつも以上に路面の悪いこのコースを駆け抜けた。短い練習時間ではあったが、1周1周を丁寧に駆け抜け、少しばかり自信をつけることができた。




そして、すこし経てばいよいよ本番・・・涼に負けないくらいのペースで走らなければ。






そしてとうとう本番が始まった。コンディションがよろしくないこともあって、各クラスクラッシュや横転が多発する大荒れの展開となった。そんな中、私と涼の出場しているPNクラスでは涼が1走目から相変わらず粗さの全くない丁寧でクレバーな走りを見せつけ、総合タイムでもトップクラスに入るトップタイムをマークした。流石はプロと言ったところか。




とはいえ、私も静観しているだけなわけがなかった。 ここで私も涼に負けない走りをしてみせる・・・。不思議と力が沸いてきたのであった。




いよいよ自分の出番が近づいてきた。相棒パジェロエボに乗り込み、ヘルメットを被り、シートベルトを締め、大きく息を吸って吐いた。ゆっくりと息を吐くたび、緊張がフワッと飛んでいくような気がした。これならいける。 私はパジェロエボのシフトをローに入れ、ゆっくりとスタート地点の列に並んだ。 高ぶっていく気持ち、研ぎ澄まされてゆく集中力。




負けない。絶対アッと言わせる走りをしてみせる。心の灯の強さはどんどんと増していった。




私の出番がきた。スタートラインに相棒をピタリと合わせると、スターターが合図をした。




「はぁ~い! カウント始めます!」




5、4、3、2、とカウントに合わせて私はアクセルを煽る。昂る心に追随していくようにパジェロエボの心臓は力強い咆哮を発し始める。




1・・・スタート!! 旗を振り上げると同時にクラッチペダルをリリースし、アクセルをいっぱいに踏み込み、パジェロエボは猛ダッシュを決めた。2速、3速とギアを上げていくとあっという間に最初のコーナーに差し掛かった。私は練習の時のようにそっとブレーキングをして緩やかに姿勢作りをして、アプローチし、コーナーに侵入した。




ハンドルを細かく微調整し、軽くテールを流しながらパジェロエボは鮮やかにコーナーを抜けていき、鋭く立ち上がった。完璧だ。




「っしゃあ!!」




と私は小さく呟いた。




その後もゾーンに入った私は、滑る路面を上手く攻略して並み居るコーナーを気持ちよく駆け抜け、あっという間にゴールへと駆け抜けた・・・・!!




なんと、僅差とはいえ涼の叩き出したトップタイムを打ち破るタイムをマークしてしまった。




電光掲示板を見て私は思わずガッツポーズをして「やったあああああ!!!」と絶叫してしまった。 苦手意識のあったシチュエーションを乗り越え、好タイムを叩き出した喜びは計り知れなかった。2走目はもっとあっと言わせる走りをして見せる・・・!と更に私の心は燃え上がる。




そして、もう一方の涼もこの結果を見て闘志に更に火をつけていた。




「やってくれるじゃないの・・・凛子。」






曇って澱んだ赤城の元で二つの大きな炎は、大きく膨らんでいった。




続く。


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