第3話 ポルシェキラー現る。

この小説に登場する人物名、地名、団体名は実際に存在するものと一切関係ありません。


法定速度を守り、安全運転を心がけましょう。



何だかんだでパジェロエボの納車から一か月経ち、約束通りパジェロエボに取り付ける部品が届いたということで、凛子は志熊自動車まで愛車のパジェロエボを持ち込んだ。

部品の取り付けには時間がかかるということで、凛子は代車を借りることにしたのだが、志熊社長はとんでもない車を用意していたのだった。

ぱっと見リップスポイラーを付けてる以外普通の三菱ランサーエボリューションエボXかと思ったのだが、リアのエンブレムを見てびっくり。なんと英国だけで限定販売されていたランサーエボリューションX FQ-440MRなのだった。


この車について説明すると、英国はカーマニアが多いことで有名な国であり、各社英国向けのスペシャルモデルを販売することがあるのだが、英国三菱もその例に漏れずパジェロにも4代目モデルなどにはバーバリアンという特別仕様を、そしてランエボシリーズとしては8代目のエボⅧからFQシリーズという特別仕様をラインナップしていたのだった。

エボⅧはFQ-330、エボⅨにはFQ-360、そしてエボⅩにはFQ-330、400、そして最後の限定車としてリリースされたFQ-440MRが存在した。

それぞれベースモデルに対してチューンナップがなされ、内外装に専用パーツが奢られ、更にはなんとエンジンやサスペンション、ブレーキなどにも完璧に手が入れられた、まさしく三菱マニア垂涎の一台なのである。


今回凛子が借りることになったこのFQ-440MRはランエボXの生産終了間際となった2014年に英国三菱40周年の記念車として誕生したモデルだ。ベースとなったのはセミATのTC-SST車で、外装こそそれまでのFQシリーズと違ってほぼノーマルと同じ(借りた個体はラリーアート製リップスポイラー付)だが、なんと中身はHKS社製タービンをはじめ、エンジン周りからマフラーなどにもキッチリ手が入っていて、なんと最高出力は140馬力アップの440馬力、それを受け止めるブレーキも英国の名門アルコン社製の6ポッドブレーキが付いていて、更にサスペンションにもアイバッハ製の専用品が付いている、正に史上最強のランエボであり、「4ドアのスーパーカー」と言っていい仕上がりになっている。

限定40台、日本円にして845万円という価格ながら発売から僅か1時間で完売したという。


車名のFQ-440MRはFu〇kin-Quick(意訳するとめっちゃ速いという意味)のイニシャルに、440は最高出力の440馬力から、MRはMitsubishi Racingからきている。




「ええ、ちょっ・・・こんなの借りていいんですか?ってかどこで入手したんですか・・値段だって入手だって容易じゃない気が・・・どこから引っ張ってきたんですかこんなの・・。」


「はははっ。まあ、細かいことは気にすんな。リっちゃんは昔からの常連で信用もあるし、せっかくの機会だし秘蔵のコレクションを貸してやろうと思ってな。最近あんま動かしてないから、鈍らないうちに動かしてもらおうってのもあるけど。」

と志熊社長は不敵な笑みを浮かべてそう言った。


私自身、スポーツ系の車に久しく乗っていないし、折角貸してくれるなんて言うんじゃ借りていくか、ということで凛子はランエボX FQ-440を借り受け東京へと戻った。




先ほどのスペックと、その純正でも過激なルックスから想像すると、気難しい車のかなあと思ってしまうけれど、実際に乗ると拍子抜けするくらい、(言い方に語弊があるかもしれないが)普通の車だった。セミATのTC-SSTをDレンジに入れておけば、至って普通のセダンに思えてしまう快適な車だった。

しかし、首都高にアクセスし、SSTをマニュアルモードにして、ギアを低めに保ち思いきりアクセルを踏み抜いた時、凛子はランエボX FQ-440の実力の片鱗を見た。 シートに体がめり込むほどの強烈な加速Gにただただ驚くと同時に笑ってしまった。SSTの変速も極めて速く、パドルシフトを操作して瞬間、即座に変速を終えてしまう。 しかしある意味それ以上にびっくりしたのがコーナーリングだ。エボXには全車にS-AWCという車両統合制御システムが付いているのだが、これが優れモノで、信じられない勢いでクイクイ曲がってしまう。しかも驚くほど平然と。ランエボXの開発目標は「プロドライバー要らず」だというのも納得である。そしてこの車の凄いところは、車の性能そのものは驚くほど高いのに、極めて扱いやすく、快適で誰でも簡単に性能を引き出せてしまうところだと思った。それこそ、昔のこの手の車はとても癖が強かったり、 乗り手に忍耐を強いるものも少なくなかったが、この車にはそのようなことはなく、どんな状況下でもリラックスして安定してドライバーそれぞれの技量に合わせて車の性能が引き出せるような懐の深さがあると感じた。


これはパジェロエボが返ってくるまでの間楽しめるぞ・・・そんなことを考えながら、明日も仕事だというのに、家に帰らず首都高を夜通し走りこんでしまった。

そして、見事次の朝、寝坊をブチかまし、上司に大目玉を喰らうことになったのはここだけの話である・・・・・・




数日後、オフが重なったということでまた莉緒と辰巳第一パーキングに集合し、談笑していた。

今日は平日の夜なので、さほど人は沢山いるわけではないが、休日の夜にもなると大勢の車好きが集まる夜景の綺麗な名所だ。


莉緒にランエボXを見せるやいなや、笑いながら

「は~~これが凛子ちゃんが寝坊かました元凶の車か~!。」


「ちょっ、それは触れないでよ~。」

 


ははは、めんごめんご、っと莉緒は片目をウインクさせながら言った。


「しかし、ランエボXってほんと速いねえ。ずっと後ろくっ付いてたけど、ボケっとしてたら、あっという間に離されそうだったよ。 ほんと、羽とか気にしなければぱっと見普通のセダンなのにあたしの911以上のペースで走れちゃいそうだしさ。」


「まあ、そんな飛ばしたつもりはないんだけどな~(笑) これでも数多くのラリーで結果残してきた技術を生かした車だからね。 特に四駆の制御とかもそうだしさ。」


と私はランエボXのボンネットを撫でながらそう返した。


「ってか凛子ちゃん、運転凄く上手いよね。 あれだけのペースの走りをしてもスムーズだし速いし・・・・。もしかして昔競技とかやってたの?」


「うーん・・まあ、ちょっとね。」


と少しお茶を濁して答えた。


そして話で盛り上がっている最中、莉緒はハッと何かを思い出したように目を一瞬見開き、


「そうだ、そうだ! この間『ポルシェキラー』に遭遇してさ・・ちょっと恐い目にあったんだよ・・・」


「ポルシェキラー・・・・?」

私が首を傾げていると、莉緒が説明を始めた。


なんでも、最近の首都高の走り屋界隈では有名な話らしく、如何にも速そうな高級スポーツカー、特にポルシェを狙って勝負を仕掛け、勝ち逃げしているらしい走り屋のことらしい。

手荒かつ、強引な勝負の仕方をしてくるので、あまりいい評判は聞かないが、腕は確からしく一度抜かれると車種を確認できる間もなくあっという間に引き離されてしまう速さを持っているという。

莉緒の仲間たちの多くも遭遇していて、中には強引な追い越しをかけられて事故を起こしかけた人もいたらしい。

どうやら莉緒も先日遭遇したらしく、その時の様子を話してくれた。

「この間仕事終わりに、首都高乗って普通に家に帰ろうと思って走ってたらさ、突然後ろにピッタリ車が引っ付いてきてさ。あたしは疲れてたから、とっとと道譲ろうかなあと思って車線変えたんだけどさ、それでもしつこく後ろ付かれたから、しょうがないし全開にして逃げ切ろうと思ったら、横にそのまま並ばれてコーナーでアウトからあっさりぬかれちゃってさ・・・」


車種は見なかったの?と私が尋ねると、例によって車種はあまりわからなかったらしいが、特徴は覚えていたようで「色はアイボリーホワイト、大きいリアウイングが付いている」というのは覚えていたらしい。

ついでに窓越しに背の低いドライバーがいたとも聞いた。

物騒な人もいるもんだねえなんて話をしていたら、


「へえええ・・そんな人いるんだなあ」


なんて白々しい声が後ろから聞こえてきたので振り返るとそこにはツインテールでゴスロリ衣装を着た小柄な少女(?)がそこにいた。


「え・・・どちら様で・・・? ってかあなた中学生?親御さんに置いてかれたの?」


と、話しかけたのだが、


「ちゅ、中学生ちゃうわ!!」

っと突っ込まれた。なんだか落ち着きのない子だったが、 そしてしばらくしてまたニヤっと笑い、


「横の貴方、この間の991の人でしょ?私よ。この間ビタ付いてたの。」


「あ!あなたがあの・・・」


「そうよ。あたしがポルシェキラーの正体、的場ユリよ。」


まさか、こんな若い子が正体だとは思わず、しかもこんな形であっさり出てきたので、正直びっくりした。


「なんであんな真似してるの!!危ないでしょ!!」


「あらあら、そんなに怒らなくてもいいじゃない。あたしはちょっとじゃれたかっただけよ。」


悪びれる様子もなく、ヘラヘラしていた。そして、


「あたしは別に意味があってあんな真似してるわけじゃないわ。ただのストレス発散でやってるだけよ。」


「でもあんな走り方してたら危ないでしょ! あなた、あたしの知り合いのポルシェ乗りにもああいうことしてたらしいじゃない! 慌てて事故起こしかけた人だっているのに。 ストレス解消で飛ばすのは結構だけど、ああいう風に巻き込むようなことしないでよ。」


「べ、別に知ったこっちゃないわよそんなこと。 とにかく好き勝手やってるだけだから口挟まないで!!」


二人の間が凄くヒートアップしているので、私はとりあえず仲裁に入った。


「と、とりあえず、こんなとこで喧嘩しててもしょうがないし、ここは引こうよ莉緒ちゃん・・・」


「いやよ。 痛い目にあってる知り合いたちの為にもここでガツンと言いたかったし・・・。 ってかこの間だってまともに相手にできなかったし、ここはあたしが車で勝負してやめさせるしかない・・・」


ここまでヒートアップしてる莉緒は初めて見た。 それだけ多くの仲間たちが巻き込まれてきたのかもしれない。

とはいえ、1芸能プロの関係者として、タレントに事故をされても困る。 でも確かに、この的場ユリというやつの態度も気に入らない。 どうするべきなのか。 そんなことを考えていると、向こう側からある提案をしてきた。


「なら、この991の子の言う通り勝負で決めようじゃない。 相手は991の子でも、貴方でもいいわ。 勝ったらやめてあげる。」


というので、私は覚悟を決めた。


「わかったわ。 なら私が受けるわ。」



ほう・・わかったわと、薄笑いを浮かべるユリ。


「それなら話は早いわ。 勝負は辰巳を出て箱崎JCTと江戸橋JCTを経由してC1内回りを一周して先に江戸橋JCTに戻ってこれた方の勝ち・・・でどうかしら。」


私は構わないわ。そう言って、ユリの提案を受けることにした。


「なら、30分後にレース開始ね。それまでにトイレとか身支度済ませておいてね。 あ、そうそう。 私の相棒を見せてなかったわね。付いてらっしゃい。」


そう言って手招きしてきたユリの後を追って、ユリの相棒とやらが止まっている駐車スペースまで行き、その姿を拝んだ。


「・・・そう、これがあたしの相棒、ホンダFK8型シビックタイプRよ。」


ユリはシビックに寄りかかりながら不敵な笑みを浮かべている。


これは中々面白い勝負になるかもしれない・・・。


凛子の中の闘争心が久しぶりにふつふつと煮えたぎっていた。


続く。

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