第2話 新たな出会い


この小説に登場する人物名、地名、団体名は実際に存在するものと一切関係ありません。


法定速度を守り、安全運転を心がけましょう。



パジェロエボが納車されて一週間、私は毎日のように会社までこの子で通うようになった。 元々私の自宅は都内の外れの方とはいえ、電車で全然会社まで通える距離だし、今まではそうしていたのだが、憧れだった車を手に入れてしまった上、触れるなんて環境になってしまったら乗るほかないだろう・・・・という誘惑に負け(笑)・・

そして何とか会社の地下駐車場も借りられてよかったなーなんて思いつつ。

ちなみに私の職場は三好プロダクションという芸能プロダクションなのだが、まあ駐車場に並んでいる車のラインナップの凄いこと凄いこと。 黒塗りのメルセデスSクラスに、BMW7シリーズ、レクサスLSなどの定番どころの高級車が所狭しと並んでいる。・・・・けど車に関心のあるタレントさんはいないのか、逆に言うとそれしかないので正直見飽きたような感じであった(贅沢な話?ではあるが。)他の社員でも車が好きそうな人はおらず、 車が好きな人はうちの会社にはいないのかあ・・といつも思っていた。

家路に着こうとパジェロエボの元に行くと、私がいつも止めているスペースの横に、インパクトのある一台が止まっていた。

「ポルシェ・・911・・・」

そう、あのポルシェ911が真横に止まっていたのだ。年式は結構新しそうな感じで、まぶしいほどに光り輝くレモンイエローのボディに目の細かいホイール、そして女性的で肉感的なグラマラスなフェンダー周り・・・思わず見入ってしまっていた。私はポルシェを正直あまり知らないけれど、1980年代半ば、パジェロとパリダカで死闘を繰り広げていたロスマンズカラーのポルシェのラリーカーの姿をよく見ていたこともあって、どこか意識してしまう存在なのであった。

中をのぞき込んでみる。よく見たらなんとマニュアル車だった。最近は変速機の進化も著しく、もはやマニュアル車は完全に楽しむためのものとなって久しい昨今、敢えてマニュアルを選ぶんだからきっと好きものなんだろうなー・・・っと一人で考えに耽っていると後ろから

「あたしの車がどうかした~~?」

という声が聞こえ、慌てて振り返ったらそこに立っていたのはわがプロダクションのタレント、白洲莉緒だった。

白洲莉緒はまだデビューして半年ほどだけど、わが三好プロの売れ筋となっているタレント医師だ。 某有名病院で医師をやりながらもタレントをやっていて、その垢抜けた美貌もさることながら、歯に衣着せぬ高いトーク力を買われて様々な番組のコメンテーターを任されている。彼女とはよく受付でやり取りをするが、いつも元気のいい、誰からも好かれそうな人という印象だった。 正直、まさか彼女がオーナーだとは思わなかった。

「す、す、すみませんでした・・それではこれで・・・」


と、ビビッて立ち去ろうとすると莉緒は私を引き留めて


「待って、待って!!いつもの事務の方ですよね!? あなたも車好きなんでしょ!?さっきあたしの911の中覗き込んでたでしょ! シフトノブの辺り見てたし!!」


よ、よくぞ気づいたな・・・なんて思った。そして、引き留められてから少し立ち話になった。

「あたしが乗ってるこの子は991型っていう7代目の911でね、グレードはカレラSっていうの。 ミッションは見てのとおり7段マニュアル。もうかれこれ5年くらいは乗ってるかな~って感じかな。あなたも随分カッコいい車乗ってるじゃない!!パジェロのエボリューションってやつでしょ! 」



「あ、は、はいそうです・・・よくご存じで・・」


「あたしパジェロはあんまわからないけどさー、ラリーカーみたいでカッコいいよねこれ! ってか多分歳変わらないでしょ? そんな気ィ使わなくていいのに~」


「あははははー・・た、確かに・・ ちなみに私の子は納車されてまだ一週間なんです。

 ずっとずっと憧れててやっと叶えた夢の結晶なんです・・・」


「なるほどねえ・・・でもその気持ちよくわかるよ・・・あたしの911が手元に来た時だってそんな感覚だったから・・ 車好きにとっては堪らない瞬間だよね!」

 

その後も車談義はしばらく続き、気づいたら小一時間立っていたが、莉緒が時計を見て、


「あ、もうこんな時間!明日あたし朝から病院の方で会議があるからそろそろお暇させてもらうね・・・

 無理に引き留めさせちゃってごめんね・・・・」

「いえいえ、そんな・・!!むしろ、久しぶりに他人と車の話で盛り上がれて・・その、楽しかったです。 せっかくですし、連絡先、交換しましょう。」


そういうと莉緒はニコッと笑って連絡先の交換に応じてくれた。 互いのオフが重なった時にでも今度は車を並べてゆっくり話そう・・・そう二人で約束した後、莉緒の黄色い911は快音を響かせながら、脱兎の如くその鮮やかなイエローのボディを加速させ駐車場から出て行った。


「莉緒さん、車本当に好きそうだし、いい人だったなあ・・・ 次に会うときが本当に楽しみだなあ・・・」


そう呟きながら、凛子はパジェロエボのエンジンキーを捻り、そのまま自宅へと帰っていった・・・・・。



それから、一週間後オフが重なった二人は大黒PAに集合し、また会うこととなった。


某日朝8時45分、大黒PA。

予定の9時より少し早く着いた凛子は軽く車に寄りかかって携帯を見ながら待っていると、遠くからクオオオーンっという甲高い水平対向6気筒エンジンの音が聞こえてきた。

そう、莉緒の911カレラSだ。 凛子のパジェロエボの隣に駐車し、エンジンを切ってドアを開けスラっとした足が見えたかと思うと、鮮やかな身のこなしで降りてきた。



「お待たせ! 結構待たせちゃった?」



降りてきた莉緒に思わず見入ってしまっていた。・・・しかし莉緒さんほんとにスタイルいいなあ。ほっそりしてるのに出てるとこは出てる・・手足も長いなあ・・流石は芸能人だわあ・・(多分)同じアラサーとは思えんわあ・・・なんて考えに耽っていると


「・・あのお・・大丈夫ですか・・?もしかして怒ってたり・・?」


と心配そうな顔でこちらを見てきた。


「いえいえ!!そんなわけじゃないです!! なんていうかその・・・莉緒さんの芸能人オーラというか、華やかさが凄いなって・・・」


と、無理やり言い訳をした。


ふーん・・と首を傾げて不思議そうな顔をする莉緒。少し間を開けて私は


「と、とりあえずそこのコンビニで適当な飲み物でも買って語らいましょう!!せっかくまた並べてみる機会ですし!!」

それもそうね、と頷き、莉緒も納得した様子。 

近くのコンビニで飲み物を買った後、互いの車を眺めながら車談義が始まった。


「それにしても、この並びいいですよねー。パジェロとポルシェ。パリダカ大好きな私には堪らない並びです。」


「そういえばこの間も言ってたね~! 実はあたしも気になって調べてたんだけど、どうやら959と953(二代目(930)911をベースに四輪駆動化したテストカー)っていうのが走ってたらしいよね。 1984年はポルシェが勝ったけど、1985年はパジェロが勝ったらしいね!そういう意味じゃ、ある意味因縁の並びだよね~。あたしの991は二駆だけどさ(笑)」


「あはは。そういえば、莉緒さんって車好きになったキッカケというか、911を好きになったキッカケってあったんですか?」


そうね~と少し俯きながら、莉緒は話を始めた。


「確かに凛子ちゃんのエピソードは沢山聞いたけど、あたしはあんまり話してなかったもんね~。あたしはね、元々両親が二人ともお医者だったんだけど、凄く厳格な人だったから、小さい頃から色んな習い事させられたの。ピアノに、ゴルフに、学習塾に・・・いつもがんじがらめな毎日でね・・・・別に習い事をこなすこと自体は苦じゃなかったけど、いつもなんだか単調だし、縛られてる気がして、なんていうか生きてるのに死んでるような毎日だったの。」

一瞬暗い顔になった莉緒だけど、次の瞬間また笑顔に戻るとこう言った。

「でもね、出会ったの。911と。 あたし、昔からおじいちゃんっ子だったんだけどね、おじいちゃんは週末になるといつもあたしを車でドライブに連れてってくれたの。箱根行ったり、湘南行ったり、遊園地行ったり。で、その時のおじいちゃんの愛車が赤の930型911ターボだったってわけ。いつも単調な毎日から抜け出すことのできる存在だった車に興味を持って、そして911に興味を持つキッカケになったの。それからあたしは、大人になったら絶対911に乗るって目標ができたの。 その後医大に進学して、あたしが大の911好きなのを知ってくれてた先生から赤の996カレラを譲り受けてもらって、それを初めての愛車として乗った後、大学卒業してお医者さんになって思い切って乗り換えた初めての新車がこの991型911カレラSだったってわけ。」


莉緒は911のボンネットを撫でながらやさしい表情を浮かべて話した。


何かのCMじゃないけど、車好きになったキッカケ一つを取っても、ドラマというか物語があるんだなとしみじみ思った。

その後、せっかくの機会だし、お互いの車に乗りあわない?ということになり、それぞれの車の横に乗り、ちょっとした(?)同乗走行会をした。


まずは、莉緒の911カレラS。私は初めてポルシェに乗せてもらったけれど、すべてが不思議な感覚の連続だった。(左ハンドル車なので)右側に助手席があること、背中の辺りから聞こえる水平対向6気筒の澄んだサウンド、レザーの独特な香り、ガッシリしたボディに、そしてピタッと路面に吸い付いたように走る感覚・・なるほどこれがポルシェか。と、凛子は思った。


「流石はポルシェですね・・・結構ハイペースで走ってるのに車は平然としてるというか・・」


「そこまで飛ばしてるつもりじゃないんだけどな~(笑)なんちて。まあ、あたしは走り屋紛いな走り方はしないけど、こうして気持ちいいペースで走ってるのが好きでね。この子はどんな走りをしても常にピタッとしてて、不安がないのがほんとにいいの。」


次に私のパジェロエボ。莉緒を横に乗せ、それなりのペースで首都高を駆け巡った。そういえば、パジェロエボを買って首都高をこうして流したのは初めてだったけれど、ロールはそれなりにすれど、足回りの安定感といい、元気のいいエンジンといいとても気持ちよく、思わず隣に人が乗ってるのを忘れて楽しんでしまった。


「・・・もしもーし凛子ちゃん?楽しんじゃってるね~(笑)」

 あわわ、ごめん。っとはっと我に返る私。そして莉緒は


「しかし、この車、ほんと身のこなしが軽いね~。2トンあるとは思えないね。横に乗ってても」


「ね~! 正直私もびっくりしたくらい・・・ エボの名は伊達じゃないなって改めて思ったよ。この子にしてよかったな~って。」


また惚気てる~なんて莉緒に言われて二人で笑いあいながら、そのまま大黒まで戻った。


その後はPA内で食事し、また会話を楽しんだあと、また集まろうね、と言って現地解散になった。


上京してから、仕事つながりの人脈は増えれど、趣味の仲間がなかなかできなかった凛子にとって、改めて趣味の合う人同士で楽しむ週末は楽しいなと感じた一日であった。


次回へ続く。

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