ヤマネコデイズ!!~ずっと憧れてた相棒と共に~
須田凛音
第1話 憧れの相棒を迎えて
この小説に登場する人物名、地名、団体名は実際に存在するものと一切関係ありません。
法定速度を守り、安全運転を心がけましょう。
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車好きにとって、憧れの車が納車される瞬間は、何事にも代えられない嬉しさがあると思う。
まるで今まで憧れていたアイドルがお嫁さん、ないしは旦那さんになってしまったような・・・ いままで考えもしなかった日常がすぐそこにあるという興奮。
そして車という趣味のもう一つの楽しみ、それは気の合う仲間たちと語らう時間ではないだろうか。
同じ車種からのつながり、同じジャンルからのつながり、別の共通の趣味からのつながり・・・・
それは時に、人生を大きく変える鍵にもなったりする。
そしてこの私も憧れの一台を手にしてから、多くの仲間たちとのつながり、そしてある大きな夢も叶えてしまうことになるのだが・・・
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ある金曜日の午後4時のこと。
私、
は帰りの支度を急いでいた。
上司の坪倉さんに声をかけた。
「すいません、坪倉さん。今日私早く上がるので、先、失礼しますね。」
「おお〜、篠塚君そうだったね。お疲れ様。 新しいクルマの納車だったかな? 楽しみだね。」
そう言って上司の坪倉さんはニコッと笑った。
「はい。 やっとですよ…やっと。 私の昔からの夢の一つが叶いました。 早く迎えに行ってきます!」
「オッケーだよ。 さっ、行ってらっしゃい。」
ありがとうございます、っと凛子は会釈もそこそこに、そのまま急いで電車で自宅に戻り、身支度を済ませ、自宅アパートの駐車場に止まっている愛車のH58パジェロミニに乗り込んだ。
そしてステアリングを軽くさすりながら、
「・・・・これで君とはラストランだね。 大学出て就職決まってから君に乗り始めて、6年も一緒だったよね。 ダートトライアルに出たり、一緒に色んなとこに行ったり・・・・・・ 思い出いっぱい作ったね。」
と目に薄っすらと涙を浮かべながら凛子はパジェロミニに語り掛けた。
軽く手で涙を拭い、手でパシパシと自分の頬を叩き、ピシッと向き直った後、
「よし、新しい相棒を迎えに行くか。 次の子も精いっぱい可愛がってあげなきゃね!!
」
そう言って私はクラッチペダルを踏んでキーを捻りエンジンをかけた。
「新しい相棒を迎えに出発!」
スルッとギアをローに入れ、駐車場を抜けると、そのまま高速道路に乗り昔からお世話になっていて、そして新しい相棒の手配もしてもらった故郷群馬県にある自動車販売店兼ショップ、志熊自動車に向かった。
パジェロミニでこうしてロングドライブをしたのはいつぶりだろうか。 最近仕事が多忙でロクに車に乗る暇がなかった私はそんなことをぼんやり考えながら、東北自動車道を快調に飛ばしていった。
私は車好きだった父の影響で、小さいころから車が大好きだった。中でも三菱パジェロは特に大好きで、小さいころからの憧れの車種であった。 当時の父親の愛車がパジェロだった影響もあるが、3歳ぐらいの頃、父親と一緒にパリダカのビデオで見たパジェロのラリーカーの姿に惚れ込んでいたのが一番の影響だった。 灼熱の砂漠の上を、まるで獲物を今にも捕らえようとしたヤマネコの如く、力強くも美しく駆け抜けていくパジェロのラリーカーの姿は、この世にある車で一番美しいと心の底から強く思った。 パジェロというネーミングは、アルゼンチンに生息しているヤマネコ、パジェロキャットが荒野を美しく駆け抜けるさまから名付けられたそうなのだが、名は体を表すというように、パジェロもまた、その美しさを荒野や市街地、そして砂漠で駆け抜けている時も感じさせてくれるのであった。
当時私は3歳くらいだったと思うけど、それだけ鮮烈な思い出だった。 それから私はミニカーを買ったり、プラモを組み立てたり、雑誌からパジェロの写真を切り抜いて部屋に飾ったり・・・。両親からは女の子らしくない趣味だなあなんて言われながらも、温かい目(?)で見守ってくれていた。
そのあと地元の小中高、そして大学を出た後就職して上京。 何処かのタイミングでパジェロを買おうと思って、遂にその時が来た。
遂に・・遂に夢が叶うんだなあ・・・なんて未だに実感が沸かない。 そうこう考えてるうちに志熊自動車についた。
古ぼけた事務所に工場、しばらくぶりだ。 私はこのパジェロミニとその前に乗っていた車も両方ここから買っている(また、バイトもここで大学時代4年間していた。)、昔からお世話になっているお店だ。
今回の新しい相棒もここの社長さんが紹介してくれたものだ。
私が工場の中を覗き込んで、社長!凛子です!!と大声を出して声をかけると奥から志熊自動車の社長、|志熊文雄≪しぐまふみお≫社長が出てきて、
「おお、リっちゃんやっと来たか! 車向こうにあるから、ついてきて。」
と社長に手招きされて裏手の駐車場に向かうと姿が見えてきた。
そう、私の新しい相棒「
「うわああああ!!凄くきれい! 20年も前の車とは思えない・・・」
「だろ? 前のオーナーはちょうどうちの常連でね~。 歳も歳だから手放すって言ったもんだからこれはリっちゃんに紹介するしかないって思ってね。 車庫保管で5速マニュアルで2万5000㌔なんて出てこないだろうしな~。」
そして社長はまた事務所に戻り車検証と鍵を持ってきた。
「はい、これが鍵と車検証ね。もうこのまま乗って帰れるよ。あ、あとパジェロミニの鍵を今のうちに渡してもらっていいかな?」
「わかりました!」
凛子は社長からパジェロエボの車検証と鍵を受け取り、そして引き換えにパジェロミニの鍵を渡した。
私が新しく手に入れた相棒、パジェロエボリューション。 パジェロシリーズの中でも正にパリダカで「勝つ」ために生まれた、特別なモデルだ。
パット見は普通の二代目パジェロにエアロパーツを付けただけのように思えるけど、中身は全くの別物。足回りは起伏の激しい砂漠でも確実に地面を捉えるために一から専用設計された四輪独立懸架サスペンション「ARMIE《アーミー》」に、専用ホイール、ブレーキが装備されている。それに載る心臓も三菱お得意の「MIVEC」が組み合わされた3.5リッターⅤ6エンジンで、出力は当時のクロカン4WDでは最強の280馬力というスポーツカー顔負けのスペックを誇っている。
特徴的なエクステリアも空気抵抗を減らすために考えつくされたものだ。前後バンパーとリアスポイラーは空気を整流するためになだらかな造形になっていて、フェンダーは広げられたトレッドに合わせて、90㎜も広げられている。 ボンネットも冷却のためにダクトが開けられている。
1997年当時2500台限定で販売されたが、海外のマニアも数多くいて輸出されていて、国内に残っているものも数少ない希少車だ。
私もパジェロシリーズの中で特に憧れていた一台だったけど、まさかこんな綺麗な個体が残っているとは思わず、社長から写真付きで紹介するメールが来た時に全貯金を注ぎ込んで二つ返事で購入してしまった。
書類も手続きも殆ど郵便などでやっていたから、対面するのも今日が初めてだった。
鍵を解錠し、乗り込んでみる。 インテリアは派手な外装に反していたってシンプル。 でも7000回転からレッドゾーンのタコメーター、そしてレカロシートがこの車が只者ではないことを静かに主張している。
凛子はこれまでにないくらい気持ちが高ぶっていた。
昔から夢にまでみたこの玉座に座れてるという事実だけで胸がいっぱいいっぱいだった。
そして、鍵をキーシリンダーに差し込み捻ると、キャキャキャキャとクランキング音が響いた後、エンジンに火が入った。
ドドドドドドドという重低音に凛子はまた感激してしまった。 空ぶかしをするためにアクセルを数回煽るとそれに忠実に答えるかのように、エンジンは「ブオオオーン ブオオオーン」と吹き上がった。
そのままうっとりしていると、社長がやってきたので窓を開けると
「ハハハハ 本当に喜んでくれたみたいだね。 紹介してよかったよ。」
「はい・・!! とても! 社長、今回は紹介してくれて本当にありがとうございます!一生ものとして大事に大事に乗っていきます!!」
と声を震わせながら社長にいった。
うんうんと頷きつつも社長は何か思い出したようで
「あ、そうだそうだ。 この前頼まれてたパーツ、納車までに間に合わせようと思ったんだけど納期が間に合わなくてね~・・・。 一か月後には来るみたいだから、そうしたらまたこっちまでパジェロエボをもってきてくれないか?」
「はい!わかりました。 来週ですね。」
凛子は手帳にそのことを書き留めた。そして、
「すいません、社長。 この後実家にも寄っていくのでそろそろお暇させていただきますね。」
「おお、分かった。 気ィ付けてな。 パジェロエボライフを楽しんでくれな。」
「はい! じゃあまた。」
そう言って凛子はそのまま、志熊自動車を後にした。
納車されたばかりのパジェロエボに乗りながらただただ凛子はウキウキワクワクしていた。
大排気量のエンジンならではの豊かなトルクに鎧に守られているかのような安心感。
そして憧れの車に乗れているという充足感。
また、最初は幅が広くて取り回しに苦労するかなと思ったけれど、見切りも抜群にいいし、視界も広いので全く苦にならなかった。
渋谷自動車から実家までは大体30分で着くが、その30分が5分に感じられてしまうほど、興奮冷めやらぬ時間であった。
その後、実家の両親にパジェロエボを見せると、「お、遂に買ったのか!!」「とうとう夢を叶えたんだね~」と自分のことのように喜んでくれた。特に父は、同じ車好きという事で、話が凄く弾んだ。少し実家で両親と団らんした後、明日から仕事だったのでたくさんの土産物を両親から受け取りそのまま家路に着くことにした。
帰りの高速道路。 いつになく空いてるのを確認すると、
「ちょっと踏んでみるか。」
そう言ってアクセルをいっぱいに踏み込むと、パジェロエボは猛然と加速した。
元々低速から力のあるエンジンだが、MIVEC機構が切り替わる5000回転を過ぎると「クォォォォーン!!」と更なる勢いでエンジンが吹き上がっていく。
「おおおおおお….」
暴力的な加速Gにただただ圧倒されていた。
2速、3速、4速と次々にシフトアップしていったがあっという間にリミッターに当たってしまった。
今まで乗っていたパジェロミニもチューニングしてあったのもあって、それなりに速いつもりでいたが、やはりパジェロエボの大排気量の暴力的な力は別物だ…っと思った凛子であった。
そのまま都内の自宅に着くと、いつもの駐車場に止めて、またまじまじと車を眺めていた。
へへへ・・・と嘗め回すように小一時間眺めた後、パジェロエボにこう語りかけた。
「パジェロエボ君、これからよろしくね。いっぱい色んな思い出を作っていこうね~。」ボンネットをさすりながらそう言うと凛子はそのままアパートの中に戻った。
そしてこのパジェロエボをキッカケに凛子の運命は大きく動いていくことになるのだが…
次回へ続く。
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