おばけとタイガー
「こちらこそこれからよろしくお願いします」
「よければechoっていう服屋で働いているので気が向いたら遊びに来てください」
長時間頭を抱えた結果がこれである。当たり障りのない返信ってなんだよ!と何度匙を投げかけたことか。職場を言うか迷ったがそこは勢いで書いて送った。あわよくば遊びに来てくれたらと思うのは男の性なのだろう…。
(うーん、少し攻めすぎたかな…)
なんて思いつつそわそわしているうちに意識は薄れ、夜の闇へと落ちていくのであった。
――――――――――――――――――――――――
アパートから最寄り駅までは歩いて5分ほど。そこから3駅進んだところで降りる。これが通い慣れた通勤経路だ。働いているechoというブランドは全国展開しており、勤務している店舗は駅近くの大きな若者向けのショッピングモールの中にある。広さは40平米ほどあり、メンズとレディース両方の取り扱いがある。メインターゲットは20代から30代のため、働いているスタッフも比較的若い。
「ミュウくん、おっはよーございます!」
「おはよーさん、今日のコーデいいね」
高めのテンションで挨拶をかましてきたのは高坂彩音。活発で誰とも仲のいいムードメーカー。ちなみに陰ではコミュ力おばけと呼ばれている。学生のアルバイトさんで、この春で大学2年生だったはず。肩にかからないほどの短い髪の下には真っ白なブラウスを着ており、タイトなリジッドデニムを合わせている。身長150センチ前後には似つかわしくない膨らみを一部分に持っているため、直視しづらい女の子だ。
「今日の・じゃなくて今日も・、の間違いですよー!」
勢いよく腕を叩いてくる。距離感が近いため嬉しい人には良いだろうが、女性慣れしていない人からすれば反応に困るばかり。彼女にドギマギしながらも平静を装うのが俺の日常だ。ちなみにミュウくんとは彼女だけが呼ぶあだ名であり、三浦くんが変形したものだ。
「あ、ちょっと聞いてくださいよー」
「今朝お母さんが起こしてくれなくて、メイクの時間が…」
マシンガンのように止まらない会話をいつものように流していく。
「よ!今日も仲が良くて何よりだなー」
「タイガーくんも混ざっていいんだよー?」
「おいおい、売り場ではそんな呼び方をするもんじゃないぞ?
「あい…すいませぇん…」
分かりやすく肩を落としている高坂。タイガーと呼ばれた彼は柊大牙。安直なあだ名だがタイガーと呼ばれている。正社員になることを目指すフルタイマーで、この店舗で唯一の同い年だ。そのため最初から打ち解け、すっかりと気を許す仲になった。身長は170センチほどではあるが肩幅があるからか大きく見える。
「なんだか顔に覇気がないな、なんかあったか?」
「なに!ミュウくんは覇気が使えるんですか!!何色ですか!!?」
「…………は?」
「うわ!この威圧感は決して鍛えて得ることのできない色の…!」
「俺は平凡な社会人だ!どこぞの海賊と一緒にするな!!」
「いやーん、ごめんちゃい?」
くだらない会話だがこういった雰囲気は嫌いじゃない。変に気を使われて喋らないよりは幾分かマシだ。最もこいつのテンションについていくのは骨が折れるが。
「昨日隣に引っ越して来た子がな、そのなんというか」
「「なんというか!?」」
声を揃えてこちらを見つめる二人。
(息ピッタリすぎんだろ…)
「めちゃくちゃ可愛くてな、話したいけどテンパって話しにくいんだよ」
「おー!そいつは最高のイベントじゃねぇか!」
「裏ましいったらありゃしないぜー!」
急にテンション爆上がりのタイガー。気のせいか横にいる高坂は白目を向いてるような…?
「まあただのお隣さんだし、別に何か始まるって訳ではないけどな」
「いやーそれは分からんぜ?」
「顔に出るほど気にしてるってことは何かしらアクション起こしたらどうだ?」
「うーん、仲良くなれたらいいけどなぁ」
「さて、そろそろタイムカード切らないと」
出勤の時間が近づいていることに気づき、バックルームへと向かう。放心状態で何か呟いている高坂をタイガーが励ましている。何か気に障ることでもあっただろうか。
――――――――――――――――――――
「おい、高坂」
「そんな分かりやすくヘコむなって」
「……トナリノヘヤニ……ビショウジョ…」
「こりゃ今日は仕事にならんな…」
頭から湯気を出す彩音、頭を抱えた大牙であった。
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