グイグイお母さん
「ごめんなさいね、人見知りな子なもんで」
膨よかなおばさん改め、須藤さんのお母さんは言ってくる。
「あ、いえ、全然大丈夫です」
「あと申し遅れました、三浦といいます」
「三浦さんね、ありがとう」
「お隣が優しそうな人でお母さんひと安心したわぁ」
ホッとしているお母さんをよそに、手をもじもじさせながら俯いてしまった美少女は今すぐにもこの場から立ち去りたそうにしている。
凛とした中にもどこか幼さを感じさせる顔立ち。身長は160センチないくらいでスラっと伸びた足がスタイルの良さを際立たせる。ほんのりとピンク色のついたワンピースを纏った姿は見事なまでに魅力的だった。
(知らない男と急に喋れって言われても、まあ嫌なのは当然だよな…)
「僕もここに来てから1ヶ月ほどですが住みやすいと思いますよ」
「何か困ったことなどあればお声掛けください」
早々に会話を切り上げてあげようと思い、捨て台詞を吐いた。しかし須藤さんのお母さんは、満面の笑みを浮かべている。
「あ!じゃあもしもの時のために連絡先だけ交換しておいたらどうかしら!?」
「「え!」」
初めて須藤さんと心が通じた瞬間だった。大きな瞳はこれでもかというくらい瞬きしている。
「ちょっとお母さん!さすがにそれは…」
「そうですよ、こんなに可愛い娘さんの連絡先を簡単に他人に教えるのは如何なものかと」
「あら、そう?」
「でも三浦さん悪用とかしなさそうだしいいかと思ったんだけど…」
数分で一体何の信頼を得たのだろうと真剣に考えたが全く答えは見当たらなかった。横を見ると須藤さんは気のせいか頬を真っ赤にしているようだった。
「可愛いって言ってもらえてよかったわねぇ」
「な、何を言ってるの!」
「男の人と関わる機会もなかったんだから練習と思って仲良くしてもらいなさいよ」
「うーん……うん…」
親娘の会話にずかずか入っていくほど無神経ではない。何を言っているかは分からないが見守っておこう。あわよくばそろそろ部屋に戻れないかな…なんて考えていた最中。
「あの、三浦さん…よければ交換してもらえませんか……?」
恥ずかしそうに差し出された須藤さんの手にはQRコードが表示されたスマートフォンが。
(こ、これはシャインの友達交換をしてほしいということか!?)
シャインは老若男女問わず幅広い層に使われているSNSアプリである。言わずもがな和也もそれに登録しており、友達の数は…お察ししてほしい。
「えっと、ではこちらこそ…?」
「っ……ありがとうございます…!」
少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。とにかく不慣れな操作でアプリを立ち上げ友達登録を済ませた。
「この子この春から大学生になるんですけど、今までずっと女子校だったから男性が苦手なんですよー」
「ちょっ!今言わなくてもいいじゃん!」
「だから気軽に話しかけてあげてくださいねー」
大きなため息を吐いている娘には目もくれず話しかけてくる須藤ママ。何だかこちらがいたたまれない気持ちになってくる。
「さて、そろそろ他のお部屋にも挨拶に行きましょうか」
「もう…お母さんのバカ…」
「あはは…ではこれからよろしくお願いします」
最後に一礼だけして仲睦まじい親娘との会話を終えドアを閉めた。急な来客だったため神経を使ったのか少し汗をかいていた。にしても本当に須藤さんは綺麗だった。整った顔が目に焼き付いている。
(うん、ちょっくらシャワーでも浴びて頭冷やすか)
――――――――――――――――――――――――
身体をサッパリとさせた後は、いつも通りの休日を過ごした。お昼前にあったことを忘れ、缶チューハイを飲みながらネット配信の映画を観る。なんと贅沢な時間なのだろう。そんな時、携帯から通知音が鳴り見てみると。
「今日は母がすいませんでした」
「三浦さんの言葉に甘えて、分からないことがあったら頼ってもいいですか…?」
(なんだこれ、可愛すぎかよ…)
通知を見ながら須藤さんの姿を頭に浮かべていた。須藤さんのアカウントのアイコンを見ると、子犬の顔がアップになっている。なんだかその子犬は須藤さんに雰囲気が似ているような気がした。
(可愛らしいなぁ)
(女の子って感じだなぁ)
なんて頬を緩ませていたのも束の間。
(どうしよう…なんて返信すればいいんだ)
女性慣れしていない俺にとって年下の美人大学生とやりとりすることはハードルが高いことこの上ない。文字を打っては消してを繰り返すうちに時間だけが過ぎていることに彼は気づいていないのであった…。
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