第6話 元王女は王女に見られてる

 商店街。

 少しでも多く節約をしたい主婦たちが、安さを求めて買い物戦争を行う場。


 プリムラ王国の王都。平民や下級貴族が住まう下町の商店街は、昼間にもかかわらず賑わっていた。

 店の名前がこれでもかと誇張されたエプロンを身につけ、客寄せのためにスピーカーで声を張る店員。

『三個買うと二割引! こちらは半額! ポイント二倍!』

 その言葉を聞いた主婦たちが、雪崩のごとく走り込む。弾き飛ばされ倒れた店員に、野良犬がしょんべんをかけて去った。酷い不幸だ。


 その賑やかな下町の商店街に、美麗な女性が歩いている。

 下フレームの眼鏡をかけるその女性は、艶のある翡翠色の長い髪を無造作に束ねていた。

 ドレスでも着れば高貴な存在感を隠すことはできないが、今の服装は一般的な白いブラウスと水色のロングスカートだ。

 男がいれば胸部を押し上げているスイカの双丘に釘付けとなっているに違いない。

 その女性は、メガネをクイっと動かしてニヤついていた。


(ふふふ……さすが私、完璧ね♪)


 平民の主婦に扮するその美麗な女。

 名をアリアーゼ・ウィンドベル・プリムラ。

 四大貴族の一角--ウィンドベル公爵家の元令嬢で、現在は二男二女四児の母。ちなみに第一王妃である。


 そんな彼女は、とある件で親友に会いに来た。その親友は、この下町商店街で雑貨店を営んでいる者なのだが--


「--アリアーゼ様。勝手に一人で行かないでくださいと、何度言えば分かるのですか?」


 突如、変装女王の隣に赤髪を纏めた女性が並び立つ。


「あらリリス、わざわざ追ってきたの?」

「当たり前です」


 リリスと呼ばれた赤髪のその女性。リサの母であり、影から王族をサポートする者たちの長である。ここでは彼女を侍女長としよう。

 普段の給仕服から着替えた彼女は、急いで主人であるアリアーゼを追ってきた。その理由は監視のため。


「いつかの時みたく、いきなり『親友の逃亡を手伝って』と言われたら大変なので」

「もぅそれは終わったからいいじゃない。ほらあれよ、逃亡も成功すれば全て良しって言うでしょ」

「いいません」


 事情を聞くに親子で大変そうな一族である。


「それで、なぜ今日はルルア様の所へ?」

「それはほら。あのことについて謝らないと……」

「あのこと……とは、もしやアイリス様の件ですか?」

「そうよ……」


 もう本当にあの子は……。

 ボソッと呟いた女王に、侍女長が「そっくりじゃないですか」と言う。

「どこがよっ!」と、周りに人がいるにもかかわらず、大声で反論する女王様。

 慌てて口元を押さえてため息を吐いたあと、自分のことは棚に上げて女王は呟く。


「どうして私の娘たちは、大人しくしていられないのかしら?」

「ご自分に問い正してみては?」


 アリアーゼの産んだ長女--シウルグとアイリスの姉は、学園を卒業するなり城を飛び出しハンターとなった。

 色々あり、現在は隣大陸にあった反平和同盟国の一つを滅ぼし、新たな国の女王として君臨している。

 アイリスも含め、アリアーゼの血を引いた女子は、何かしら騒動を起こす血筋らしい。


「あーっ! 聖教国に留学に行ったあの子を見習わせたいわ。マリアンヌは楽でいいわねぇ」

「あっ、話題変えるんですね」


 元気にやっているかしら?

 と侍女長に聞くあたり、意地でも変えることにしたらしい。

 まったく。とそれに乗ることにしたリリス。


「あの子は妙に達観してましたよね。それに私、あの子の発言がいまだによくわからないのですが……」

「そういえばそうね。この都市の観光名所の一つ、プリムラタワーを眺めてトーキョ? タワーがどうのとか言ってたわね」

「魔法にも一番興味を示してたのもあの子でしたね」

「可愛かったわぁ。色んな魔法見せる度に、目を輝かせていたもの」

「一番不思議だと思ったのは、世界で一人だけ持てる称号『聖女』に認定された時も、なぜか絶望に染まった表情カオをしてましたね」

「ああ……あれが一番の謎よね。飛び跳ねて喜んでもいいはずなのに……」


 現在、その聖女はイケメンたちに言い寄られていた。前世でよく見た、少女漫画のような体験をしている彼女だが、実際体験するとむず痒くなるのだった。

 赤面しぷるぷると震え「もうやめて……」と思いながら、口説き文句を言ってくるイケメンたちに必死に対応している。


「そうこう話しているうちに、着きましたね」

「ええ。ルルアー! 久しぶりー!」


 こじんまりとした雑貨店に、女王と侍女長は入店した。お客は誰もいないようだ。


「あ、アーちゃん久しぶりぃ〜! 直接会うのは七年ぶりだねぇ、元気だったぁ〜?」


 女王の声を聞き、奥から茶髪の女性が登場した。長い髪を先の方で一つに縛り、のんびりとした印象を抱かせる女性だ。


「うんっ! ごめんね。お店の方に来れなくて」

「いいよいいよぉ〜。それよりどうしたの? お買い物?」

「ええ、せっかくだから何か買おうかしら?」

「お茶出すから待っててぇ〜」

「あっ、自分がやりますよルルア様」


 三人は場所を移動し、ちゃぶ台のある居間に腰を下ろした。


「本当に久しぶりぃ。エイミちゃんがいれば、あの頃と同じなのにぃ」

「あら知らなかったの? エイミなら今年から教師やってるわよ」

「えぇ〜あのエイミちゃんがぁ〜。居眠りに遅刻と自堕落な生活ばっかり送ってたあのエルフがぁ〜?」

「はい。アイリス様の担任をされています」

「そうなのぉ。そういえば私、アイリスちゃん見たことないんだけど、どんな子なのぉ〜」

「平民の男の子に熱をあげるお花畑女よ--」




「ア、アイリス様。おはようございま……」

「アイリス様! もうお身体は大丈夫なのですか⁈」


 リサの助言を受けたネオは、授業が終わると同時に隣の席のアイリスに挨拶をしようと決意した。しかし、勇気を振り絞った少年の行動は、貴族の令嬢たちによって儚く散る。


「辛いですよね。私もそうなんです」

「ご無理をなさらないでください! 何かあればおっしゃって」

「ええ、皆さんありがとう」


 王女は仮面を付けた。その社交的な笑顔は、令嬢たちを含め教室にいた全ての者たちを魅了する。だが、その分厚い笑顔仮面の裏では--


(こんのメス豚どもぉぉぉぉぉっ! どきなさいよっ! 今何が起ころうとしてたかわかる! ねぇわかるぅ! せっっっかくネオが自分から挨拶してこようとしたのにっ! こんなチャンスそうそう、ああーーーーっ! 本読み始めちゃったじゃないっ! 許さない……邪魔をした貴女たちはぜっっったいに許さないぃ! ネオぉぉぉぉ〜〜〜!)




「--なにそれぇ〜面白そ〜う。あっ、エイミが教師になったのってそれだなぁ〜」


 ルルアは手をピストルの形にし、ツンツンとアリアーゼの腕をつつく。

 四十代の女性たちは、学生時代に戻ったように語りあった。いくつになっても恋バナというのは何かを刺激するらしい。


「それでね。謝らないといけないことがあって……」

「なぁに〜?」

「あのことバレちゃうと思うの。上手く隠してたんだけど、さすがに直接見られたら……」

「そっかぁ〜鑑定があるもんねぇ。でもどうして?」


 女王は一拍置いたあと、手を広げ呆れたような表情で言った。


「それがあの子、好きな子と一緒になるために工芸部に入ったのよ。真面目にやるつもりがあるんだか」

「いいじゃな〜い可愛い理由でぇ」


 笑いの絶えない彼女たちの話は長く。空が赤く染まった頃に、ようやく落ち着いたのだった。




「アイリス王女。私がこの工芸部の部長、九十九火鎚つくもひづちだ。よろしく!」


 放課後。体験入部が始まる前、アイリスは工芸部部長である火鎚に呼び出されていた。


(なぜサラシ? というか胸すごっ……じゃなくて)


 サラシに巻かれた凶悪なその胸部に、さすがのアイリスも思わず目がいってしまう。

 ママ並みにありそうね。と考えている間にも、自己紹介は進んでいく。


「……で、最後に二年生のルティア」

「……よろしく」

「この六人が今の工芸部員だよ」


 しまった、自己紹介を聞き逃してしまった。まあいいか。鑑定を使えば名前くらいわかるし。


「今日アイリス王女にやってもらいたいことは--」

「--ええぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「--うおっ、びっくりした。どうした? アイリス王女」

「あ、いえ、何でもありません」

「そうか、ならいいが……」


 王女は火鎚の説明を受ける傍ら、一人の女生徒を見る。短い茶髪に平らな胸部。無口だが顔は確かにレベルが高い。

 くりんとした瞳は自分の鋭い眼光と違い大人しそうな印象を与える。


 ルティア・コルン・ミラルージュ。

 ミラルージュ女帝国元第六王女。

 鑑定を使ったアイリスは、まずそこに目が引かれた。


(なんでこんなところに女帝国の王女が? 聞いてないわよそんなこと。まあいいわ、後でリサに調べさせて、何を企んでいるか暴いてあげる!)


 体験入部は、多くの貴族たちが来た。それはもう王女であるアイリスとお近づきになりたい人たちが--。

 六グループに分かれて一人ずつ小皿を作る体験入部。アイリスは数分毎にグループを行き交い新入生たちの仲を取り持った。

 王女がいれば、汚い罵り合いはしないだろうというのが九十九火鎚の計算だ。その策略は見事にはまり、何事もなく一日目の体験入部は終了した。

 明日はネオやリサが来る番だ。


 そして、元王女ルティアは終始チラチラと自分を見るアイリスの視線に気づいていた。上手いこと周りに悟らせないようにしているのはさすがだ。

 鍛えられた理由が、好きな男子を見るためというのはなんとも乙女チックだが……。


(たぶんバレた。お母さんに謝らないと……。あっ、その前に今日はバイトか。近々新しい人募集するって言ってたけど、どうなったんだろ?)


 王女の視線を受けながらも、元王女はバイトを理由に部室を去る。


(元王女……要注意人物だわ。しかも同じ倶楽部だなんて。絶対ネオには近づけさせないから!)


 元だろうと王女は王女。美しいのは変わりない。あんな貧相な風を装っているが、素材がいいので少しおしゃれすれば男たちは目を見張るだろう。


「それでは、私もこれで失礼します」

「ああ助かったよ。ありがとうアイリス王女。明日は来なくても大丈夫だけ--」

「明日も来ます!」


 むしろ明日出席するために今日出たようなもの。変な勘ぐりがされないよう出席したが、思わぬ産物があった。


「そ、そうかい。それは助かるが……まあ気に入ってくれたようでなによりだ」


 うんうんと頷く火鎚。アイリスの態度に歓迎する四人の部員たち。静かに心を燃やす王女。


 --火種は、王女のその心と同じくして、静かに起こっていた。


「--うん……よし! 君採用! 今日……は急すぎるな。明日から来ていいよ、よろしくネオ君!」

「ほんとですか! わぁやったーっ!」


 まさかスズキ商会のバイト面接に受かるなんて! 今日はちょっとだけ贅沢しようかな……。

「よろしくお願いします」と頭を下げた少年は事務所を出る。従業員だろうか、短い茶髪の女性とすれ違い、明日からは自分もこの商会の制服を着るのだとイメージした。


「こんにちは。今の子が新しい子ですか……?」

「そう。素直そうで良い子だったから採用しちゃった。きっとあの子はまだ童貞ね。こっそり頂いちゃおうかしら?」

「チーフ……」

「あははっ、冗談よ冗談! それより明日はよろしくね。あの子貴女の後輩みたいだから。はぁ〜今日も頑張って働くかぁ〜」


 元王女は、チーフの言葉に静かに頷くのだった。


「--はぁっ! リサ大変よっ! なんだか私の知らないところで事件が起こった気がするわ! 早くこの女について調べて!」

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