第4話 王女は侍女に救われる
アースランド学園の昇降口。
そこには、生徒たちがいつでも目を通せるよう、大きな
年間行事には、体育祭や球技大会、文化祭に修学旅行などなど……プリムラ王国伝説の王--古の勇者が考案したと云われている祭り事が目白押しだ。
同時に生徒会の活動なども記される。学年、ひいては学園に関わることが半面に載る。
そしてもう半面。こちらは部活動の情報が載る。
倶楽部活動は、日々勉学に励む学生の息抜き及び人間関係構築の場と認識がされている。放課後--生徒たち自らが節度を守り、楽しむために作られた制度だ。
勉強が嫌いな者は本気で取り組んでいる者もいるが--。
基本的に出資は生徒たちがやることになっている。ただし、光熱費や大会の参加費、備え付けの備品などは、部費という形で学園側が支払ってくれることもある。
さて、この部活動の情報が記された掲示板だが、一つの倶楽部に注目が集まっていた。それはもう絶景の観光地を見に来たかのように……。
多くの生徒たちが見るその倶楽部は、『和気あいあいとしたアットホームな倶楽部です』という、ごく一般的なスローガンが特徴な部員数六人の倶楽部である。
ちなみに、面白いのは魔法研究部だ。
『我らは闇より誘われし終焉の使者。汝の叡智は凌駕する
大丈夫かこの倶楽部?
疑問に思う生徒は多数いるようだが--
「ふふ……。我は深淵の覇者となってみせようぞ」
一定層にはウケがいいようだ。
閑話休題。
注目の集まる倶楽部は、言うまでもなく工芸部だ。
その記載された情報は以下の通り。
『体験入部者87名&部室の改築決定! あなたも何かを創りませんか?』
まず、文化部で体験入学者87名というのは珍しい方だ。
通年人気のある音楽部にも、勝るとも劣らない数字である。
そして何より、ここにあのアイリス王女が入部するという事実が早速広まっているのだ。しかも、“平民の女の子を誘った”という話まで広がっていた。
身分を気にしない、清らかなその姿勢は“あなたも一緒に創りましょう”というメッセージにも捉えられ、是非ともお近づきになりたい--一緒の空気を吸いたい--者たちは、工芸部に入部しようかなぁと考える。
そんな情報が飛び交う掲示板の前に、眉をひそめ、少し俯き加減な表情を浮かべる少年がいた。
ネオだ。
ポジティブ思考な性格の者ならば、王女様と話せる絶好のチャンス! あわよくば名前で呼び合いたい! 理想を言うならば禁断の関係に!
と、考える者もいるだろう。しかし、ネオはそんなポジティブ思考な性格ではない。
まさか自分と同じ倶楽部に、王女であるアイリス姫が入るとは……。昨日の工芸部の行列は、それを知った者たちだったのか……。
アイリス王女に近づきたい貴族たち。平民の自分はきっと除け者にされるに違いない。
少年の考えは、まるで流れる水のようにどんどんネガティブな方向へと進んでいく。
そしてついに、ある者にとっては最悪とも思われる発言が飛び出した。
「やっぱり、やめた方がいいよね。入部……」
色々と畏れ多すぎてむしろ怖い。明日にある体験入部には行かないことにしよう。
ネオが工芸部に入ろうとした理由は、将来のために発想力を豊かにする。その他にも、節約のためという切実な思いがある。
工芸部に入れば食器類はもちろん、衣服なども買わなくていいのではないか?
(そんなこと考えていたから、きっとバチが当たったんだ。死んだおばあちゃんが言ってたじゃないか。生きていることを日々感謝して過ごしなさいって……。うん、そうだ。僕には夢があるじゃないか! 倶楽部に入部しなくても、できることはある!)
少年は、先日の教室での出来事を思い出していた。王女であるアイリスから頑張れと、平民の自分には有り余るお言葉を頂いた。
それだけで充分だ! と、妙にスッキリとしたネオは、少しばかり後ろ髪を引かれたが、それを振り切り教室へと向かっていった。
そしてそんなネオを--先程ぼそりと呟かれた言葉を、聞いていた者が二人いた。
侍女は「あ〜〜〜あ」と残念そうな声をあげ、もう一人の王女は口から魂が出そうなほどに顔を青くし、涙を必死に堪えている。
もし公衆の面前で泣き崩れでもしたら、その注目の高さから騒ぎになるのは目に見えている。
必死に平気を装う王女の内心は、それはそれは酷い有り様となっていた。
(なんでえええええっ⁈ どうしてぇっ⁈ どうしてそうなるのよっ‼︎ 改築もするのよ⁉︎ 人数が多くてもやめる理由なんてないでしょう⁉︎ うわああああっ、ネオォォォ……。どうしてぇ……なんで気づかないのぉ……。そんなに、私と一緒にいるのが嫌なの……。う、うぅ……)
ひどく、それはひどく大声で泣き叫びたい気分だった。まさか辞めるという方向に走ると思っていなかったアイリス。
リサの目には、ものすごく焦燥するアイリスが写っている。実はこんな展開になるのでは……と思っていたリサだったが、実際目の当たりにするとこうまで崩れてしまうのかと戸惑いを隠せなかった。
(あぁもう。流石に見ていられませんね。それに……)
ここで誰かが今のアイリスに話しかけでもすれば、ボロを出すことは確実だろう。できればそれは避けたい。有能な侍女は一芝居打つことにした。
「アイリス様大丈夫ですか⁉︎ あっ……」
リサは咄嗟にアイリスの手を下腹部に持っていき、まるで今気づいたように装う。
「付き添います。保健室へ行きましょう」
「任せてください」と周りに聞こえないよう耳元で囁く侍女。王女の瓦解する心は完全崩壊する寸前で止まった。
なんと、なんと心強いことだろうか。リサがいてくれなければ、自分は今頃どうなっていただろう。
「ありがとうございます、リサ。助かります」
提案に乗ったアイリスは、リサに支えられ下腹部に置いた手を離さない。体調を崩したアイリスを心配し、駆け寄ろうとした女子生徒もいた。が、下腹部に置かれたその手を見て、あまり刺激しないようにと、見て見ぬフリをして離れていく。
付き添いが平民というのが心配だが、まあ一人いれば充分だろう。あまり知られたくないはずだ。特に王女ならば。同じような悩みを抱える令嬢たちは、何も言わずに教室へと向かった。
しかし、運の悪いことに、気づかない者たちもいる。特にその症状がでない無粋な男どもは……。
「アイリス姫。お顔が優れないようですが、体調を崩されたのですか? 僕が付き添います。さあ、保健室へ行きましょう」
侍女と王女の目の前に颯爽と登場のは、四大貴族のイケメン--アレン・ダウル・リーチャーだった。
これには流石のリサも冷や汗を流す。自分は平民。対してアレンは四大貴族の一角。
取り巻きも数名いるため、早く変わらなければ何を言われるかわからない。
(ちっ! こいつ顔だけでデリカシーはねぇのかよ! 腹立つ!)
口調が荒くなるほどに、リサの心も荒れ始める。気をきかせた令嬢たちは、とっくに教室へと向かってしまった。
何か、何か行動を起こさなければ……。
崩壊寸前の王女を、婚約を狙っているイケメン貴族に渡すわけにはいかない。
「おい女! 四大貴族であるアレン様が変わるとおっしゃっている! さっさと変われこの平民!」
取り巻きの一人が荒々しく声をあげた。アイリスとアレンの話し合いに、邪魔をしようとする者はいないようだ。それもそうだろう。誰も巻き込まれたくはないはずだ。
しかし、ここで最初に割って入ったのは、他でもないアレンだった。
「おい、黙れよ。僕は貴族としてアイリス様を助けたいわけじゃない。一人の男として放って置けないだけだ。去れ」
「えっ……アレン様……?」
こいつ。と、リサは唐突に理解した。
声を荒げた取り巻きは、アレンにとって用済みなのだ。明日ーーいや、この後から彼はアレンの側にいないだろう。
そして、アレンのこの行動は、校則に従っているというアピールでもある。事実、この制裁を見ていた生徒たちのアレンに対する株は上がっただろう。
平民の自分に権力ではなく、性別という力を振りかざし、助力を貸す--否、奪おうという魂胆だ。
(くっっっそ腹立つ! 絶対コイツにアイリス様は渡さない! いっそのこと伯爵令嬢くらいで潜入しておけばよかっ--いや、それはダメだ他の令嬢たちから妬みを買う)
そんなことより今はそれどころではない! この状況を打開する策を考えねば!
できれば、アイリス自身が一言「必要ない」と発言すれば済む話だが、希望は薄そうだ。
どうする? まさか「アイリス様は生理痛です」などと配慮に欠けることは言えない。
迷う侍女の思考を遮ったのは、一人の男だった。
「--あれ? アイリス、どうしたの?」
リサの目にうつるその男。アイリスの兄であり生徒会長並びに次期国王--シウルグ・リファ・プリムラ。
「おはようございます、シウルグ王子。アレン・ダウル・リーチャーです。挨拶に伺えず申し訳ありません」
「あはは……。ここではそんなに畏まらなくてもいいよ。王子じゃなくて会長か先輩と呼んでほしい」
「お気遣いありがとうございます。シウルグ様」
「あはは……」
安堵する侍女の目は、絶妙なタイミングで現れた苦笑する王子に囚われた。
しかし、よかったぁ。と安心したのもつかの間。
自分に事情を聞くわけにはいかないシウルグは、必然的にアレンに状況を聞くことになる。
「はい。アイリス王女が体調を崩したようで、私が保健室まで付き添おうと思っていたところです」
もはや自分など蚊帳の外にいるらしい。心の中でアレンに悪態を吐きながら、リサは一縷の望みをかけてシウルグに祈っていた。
お願い。お願いだから、「僕が行くよ」と言ってください。
侍女は王子に願う。そして、その願いは届いた。
「ああ、僕が行くからいいよ。アイリスは妹だしね。妹を助けようとしてくれてありがとう」
「……いえ、勿体ないお言葉です。それでは失礼します」
取り巻きたちと去っていくアレンを見送ったシウルグは、リサと共に保健室へ向かった。
「う、うぅ……ううぅ〜……」
「で、リサ。なんでアイリスは泣いているんだい? 見たところ特に体調不良でもなさそうだし、この無愛想な妹が泣いてるところなんて、久しぶりに見たような気がするよ」
勇者の子孫であるプリムラ王国の王族は、鑑定のスキルを持っている。体調が悪ければ何かしらの情報がうつるのだが、これといったものない。
何がここまで妹を追い詰めたのか、逆に気になる
「りさあぁぁぁぁぁ〜……」と未だに泣き喚く王女を見て、侍女は憧れの王子に向き直る。
「私に任せてくれませんか? シウルグ王子。今日のうちに、いつも通りのアイリス様に治しますので」
「わかった。よろしく頼むよ」
「はい……」
侍女は頬を赤く染め、去る王子を脳裏に焼き付ける。
「うううぅ〜〜……」
「アイリス様、任せてください。必ずあの少年を入部させますから」
ベッドで寝転ぶ再起不能な王女。いつもの明るくはちゃめちゃな姿に戻すため、侍女は今日も奔走する。
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