第3話 兄(王子)は妹(王女)に脅される


 ツンデレ王女様になにかと見られる学園生活が始まって数日。

 放課後。少年の手元には、数枚の紙が握られていた。ホッチキスの針でまとめられたその数枚の薄い紙束には、部活動の情報が記載されている。

 人気ひとけが少ない廊下を歩きながら、前方に注意してそれを読む少年。書かれている部活動は、どれも魅力的なものに見えた。なかには将来に繋がるものもあり、膨大な選択肢が少年を迷わせる。


 例えば騎士部。週末になると、実際に王都の騎士たちと模擬戦をするのだとか……。そこで気に入られれば、就職の際に有利になるのは間違いない。

 騎士を目指す者たちなら、騎士部に入るの定石なのだ。


 さて、この理論通りならば、ネオの入る倶楽部も自ずと決まる。

 魔工技師というのは、ただの名称であるがゆえ、魔工技師部などない。

 携わるのは、魔法式・刻印術式において研究する魔法研究部。

 もしくは、道具を自分の手で一から作り上げる工芸部に限定される。


(どっちにしようかな。とりあえず、体験入部行ってみよう!)


 どんな人たち、そしてどんな活動をしているのだろうか?

 少年の足取りは、踊るような心と共に、楽しさで加速する。

 ……そんなネオを、こっそりひっそりと、二人の女性が見守っていた。

 綺麗な翡翠色の髪をなびかせる、パーフェクトボディの恋する王女--アイリス・リファ・プリムラと、その侍女リサである。


「アイリス様、体験入部くらい一緒に回ってもいいのでは?」


 長い赤髪を三つ編みの一つ縛りにした侍女は、お洒落な髪を弄りながら、呆れたような物言いで主人に物申す。

 侍女の言葉に対し、恋する王女は「そんなことできるわけがないじゃない」と反論し、続ける。


「ここにはめんどくさい貴族もいるのよ? 男であるネオと一緒に回るのは絶対にダメ」


 アイリスとて、本当はすごくすご〜く、ネオと一緒に回りたい。もっと言うならばずっと一緒にいたい。

 しかし、そんなことができるはずがない。

 才色兼備である王女様が、冴えない平民の男と並んで歩いている。王女の顔は、見たこともないくらい幸せな笑みだ。


 これが何を意味されるかーー。


 全員が祝福のをあげるわけがない。下手をすれば、ネオは永遠の眠りへと誘われるだろう。アイリスもそれをわかっている。ネオと一緒にいないのは、ネオの命を守るため!


 王女は今日も、ひっそりと少年を見守るのだ。


「ほらリサ。早く一芝居打つわよ。ちょうど他クラスの人たちもいるわ! 今が絶好のチャンスよ!」

「はいはい……」


 王女は常に考える。自然と少年の側にいるにはどうしたらいいか。


「はあ〜。どの部活に入ろうかなぁ……」


 耳を傾ければ入ってこなくもない絶妙な声量で、赤髪の女生徒は呟いた。しかし、『部活』というそのキーワードは、新入生の耳には高確率でインプットされた。

 彼女の呟きに、「どれにしようかなぁ」と自分も考え込んでしまう。同時に、「迷ってるのは自分だけじゃないんだぁ」という安心感も与えた。


 そこに颯爽と、一人の美少女が現れる。


「あら? 貴女。私と同じクラスよね? そんな所で考え混んで、どうかしたの?」


 アイリス様だ! 今日もお美しい! クラスは違えど、部活動は一緒になりたい!

 ヒートアップするモブ生徒。部活動に迷う少女と声をかける可憐な王女。

 周りにいるモブ生徒たちは、自ずと思考回路が一致する。

 それすなわち--アイリス王女は、どの部活に入るのだろうか?


 ごくりと唾を飲み込む周りの反応に、腹黒王女は心中でほくそ笑む。


「わ、私のようながお邪魔して大変申し訳ありません!」

「別に平民だろうと気にしないわ。学園ここにいる時くらい、気軽に接して」


「貴女も私と同じ生徒でしょう?」と最後に付け加えたアイリスに、聖母のような印象を抱かせた。

 それは救いの言葉に聞こえた。身分を気にしない王女様。同じ部活になってもいいのだと。


「ありがとうございます、アイリス様! 私はリサと申します」

「ふふ……。それで、リサは何を考えていたの?」

「倶楽部……部活動のことです。どれにしようか決まらなく……。あのっ! アイリス様は、どれになさるのですか?」


 ナイス平民! と、周りにいる生徒たちは、この時ばかりはリサに対して拍手喝采を送った。

 貴族なのに、身分の差がありすぎてお近づきになれない者たちは多数いる。むしろ、四大貴族と言われる者たち以外、正直言って近寄りがたいのだ。

 アイリスの応えを聞くために、辺りは一層静かになる。


「そうですね。私は工芸部に入ろうと思っています。私には家族がたくさんいますから、義弟義妹たち、そしていつも頑張ってくれている給仕たちに、何か贈りたいと思っていますから」


 なんて家族想いなのでしょう……。自分で作った物をプレゼント……良い話だぁ。俺は浅はかだ、自分の利益しか考えていなかった。

 アイリスの愛の大きさに、その場は涙に包まれた。

 こうして、アイリスは不自然なく工芸部への入部を果たすのだった。




 アイリスが策を打ち、侍女であるリサと一芝居をしているとき。

 ネオは魔法研究部の部室の入り口で佇んでいた。

 アイリスが、なぜ工芸部一択に絞ったか。なぜ魔法研究部は除外したのか。

 それはこの魔法研究部が--


(えっ? 何ここ? なんで真っ暗なの? ひぃっ‼︎ 何か唱えてる⁉︎ というか、なんでみんな真っ黒な衣装なの? 制服は? なんで灯りをつけないんだ? 蝋燭……?)


 少しばかり、いや大分ぶっ飛んだ人たちの集まりだからである。

 事前にこれを知っていたアイリスは、こんな場所にネオが入部するだろうか? 否、絶対にしない。と、切り捨てたのである。

 ちなみに、魔法研究部は別に呪術や禁術の研究はしていない。ただ、なぜかここに入部するのは真っ黒な衣装が好きな、いうならば、暗い所とカッコイイ装いや言葉が好きな人たちが集まるのだ。


(ここは、僕には場違いだなぁ……)


「来たれ紅蓮の炎火! 我が命にひれ伏し種芽灯せ!」

「おお! 凄い。赤い火種の魔法が黒炎に!」

「我もやってみせようぞ!」


 賑やかな魔法研究部員たちの言葉を背に、少年は工芸部の部室を目指した。


 軽く人集りができている工芸部。押し寄せる新入生たちの荒波にも負けず、ネオは体験入部の欄に名前を記入する。

 入部希望者が多すぎたため、体験入部は二組に分かれて行うこととなった。

 ネオは明日に持ち越されたようだ。


(部員数は六人って書いてあったのに、今年は人気なんだなぁ)


 クラスでも一人の自分が、上手くやっていけるのだろうか?

 いや、宮廷魔工技師になるためだ! やってみせる!

 少年は固い決意を胸に、アパートへと帰宅していく。




「なにっ⁉︎ 体験入部数が87人⁉︎ 一体どういうことだ⁉︎」


 工芸部部長。三年の九十九火鎚つくもひづちは、副部長からの報告に驚きを隠せず身体が跳ね上がった。

 サラシに巻かれた豊満な双丘が同時に跳ね上がる。

 この大きさの部屋では完全にキャパオーバー。

 当初予定していた茶碗作りの体験も、早く終わる小皿に変更したほどだ。


「嬉しいことではあるが……」


 こんなにたくさんの新入生が、地味な工芸品作りをする倶楽部に入ってくるとは思わなかった。

 人数が増えるのなら予算は上がる。新しいかまどやもっと広い部屋が与えられるので、そこはいいのだが……。


「なぜ急に人気が出た?」


 九十九火鎚のもっともな疑問はそこである。


「今年の入学生。アイリス王女がいるのはご存知ですか?」

「それはもちろん。私は東国を代表しての留学生だからな。情報収集は怠らんぞ」


 東の国の、伝統ある鍛治家出身の火鎚。

 留学先であるプリムラ王国の治世には、それなりに注意深く見張っている。


「工芸部に入部するそうです。なんでも、ここで作った物を家族や給仕たちに贈るそうです」

「なるほど……ごく一般的な普通の理由だな。私も郵便を使ってたまに贈っている」

「ですよねぇ〜。そうじゃないと、部室の中が創作物で溢れてしまいますからね」


 しかし王女様が一人入ってくるだけで、ここまで大騒ぎになるのか……。アヤツの時はここまでの騒ぎにならなかったと思うが、王族……いや、お姫様というのは大変だな。

 火鎚は副部長と共に、これからの部活経営を考える羽目になった。




「はあーーーーーっ!!!! 体験入部数87人!!!???」


 王宮内の王女の部屋では、情報収集の得意な侍女から報告を聞いた王女が、あまりの人数の多さに憤りを覚えていた。


「なんでっ!? どうして!? あの倶楽部は人気がないんでしょ! 運動系の部活はどうなってるのよ!」


 野球部、サッカー部などの球技系の部活。己の体力の限界に挑む陸上や水泳など、通年人気の部活は存在する。

 だが、今年に限っては--。


「アイリス様と私が打った茶番劇。どうやらアレのせいで部員数が増えたみたいです」

「はあっ!? アレのどこに増える要素があったのよ!」

「アイリス様。アイリス様はご自身の立場を理解されていますか?」


「当たり前じゃない!」と応える錯乱王女。


「だからネオと一緒になれるように策を巡らせて、不自然なく『あら奇遇ですねっ♪』っていうシチュエーションにしようとしてるんじゃない!」


 それがある意味、諸刃の剣であった。ネオと一緒になりたいと画策するほど、身分というものに対してアイリスが寛容になるほど、その美貌に近づきたいと、周りに人が集まってくるのである。

 リサはそれを説明した。同時に恋心が周りにバレないから良しとしましょうと諭す。

 が……。


「なにそれ! なにそれ! 呪いじゃない! 一種の呪いか何かじゃない! うぅ〜……ネオォォォ……」


 すぐに情緒が不安定になる王女。侍女はどうしようかと考える。

 懸念するのは、これからの工芸部の活動方針。はっきり言ってキャパオーバー。自分が部を収める立場なら、取る行動は--。




「各人、曜日を決めての出席か、毎日短時間の入れ替えだな」

「それしかないですね。あとは……あまりよくないことですが、身分差で時間と曜日を決めさせてもらいましょう。普通ならしませんが、今回ばかりは……」


 工芸部の部長・副部長の話し合いは、ほぼ決定になるだろう。




「--絶対にダメよ! それじゃあネオとほとんど一緒にならないじゃない!」

「ほとんどどころか、100%無理ですね。伯爵家の令嬢や辺境伯家のご子息がいますので、平民のネオや私、低い爵位の者たちは、休日の朝とかになりそうですね」


 あの部室では仕方ありません。納得する者もいないと思いますが、アイリス様が気まぐれで顔を出せばおさまると思いますよ。

 侍女であるリサの言葉は、怒りでぷるぷると震えるアイリスには届かない。


「増築よ……」

「はい?」

「増築改築よ! 工芸部に投資するわ! すぐに人を集めなさい! 本格的に部活が始まる来週までに、ネオと私が一緒に活動できる状態にするわよ!」


 何を言ってるんだこの王女は……。というリサの呆れた感想をよそに、ここぞとばかりに権力の行使するアイリス。しかし、そう簡単にいくはずがない。


「アイリス様。学園内の建物は許可が必要です。まあ、どちらも身内なので大丈夫なのでしょうが、生徒会長--シウルグ様の許可だけはあった方がいいかと」


 ビューンッ!

 という豪快な音がするほど、疾走し部屋を飛び出たアイリス。

 行き先は、もちろん自身の兄である生徒会長シウルグだ。

 やや遅れてアイリスの後をつけたリサは、風呂場に向かった。今シウルグは、日々の疲れを癒すため入浴中なのだ。

騎士部で鍛えた引き締まった美肉体は、女性給仕たちの頬を染めるほどである。


 --お兄様!

 --うおっアイリス! 入浴中に入ってくるなよ……。


 可哀想に……。きっと普段から被っている仮面を取って、「あ゛ぁ゛〜」となっていたに違いない。

 聴こえてくる兄妹の会話を耳に、侍女は首のコリをほぐす。ゴリゴリと凝った首が音を立ててほぐされた。


 --工芸倶楽部の部室の改築を許可してください!

 --えーと、理由を聞いてもいいかな?


 ネオと一緒にいるためにです!

 などとは言えないアイリスは、実の兄に、時期国王に対して脅迫--もとい、説得に走る。


 --しないと言うなら、兄様の婚約者であるミーシャ様に、兄様の部屋の本棚にある図鑑のケースを調べるように

 --あーっ! あーっ! わかったわかった! 許可を出そう! 好きなようにやるといい!

 --さすがはお兄様! 話がわかりますねっ!


 脱衣所から出てきたアイリスは、満面の笑みを浮かべ、リサにピースをする。


「勝ち取ったわ!」


 恋する主人の行動に、苦笑いしかできない侍女だった。

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