第2話 王女は平民からプロポーズされる
「おい、アイツだぞ……」
「ああ、アイツか……」
「いつ首が飛ぶかだな」
物騒な会話が、学園のそこかしこから聞こえてくる。
過激なことが好きな男子生徒たちは、ソイツの首がいつ飛ぶかと、いつこの学園に顔を出さなくなるのかと、賭け事まで始めていた。
その物騒な会話の中心にいるのは--
「おはよう平民」
「お、おはようございます。アイリス様」
「ふんっ……」
宮廷魔工技師を目指す、穏やかな平民のネオだ。
「アイリス様。今日も美しいですぅ」
「無礼を働いた平民にも挨拶をするなんて、なんて心が広いのでしょう」
「ああ……アイリス様は尊いです。あの平民は命があることに感謝をするべきです」
アイリスのファンは、男子生徒のみならず、女生徒たちにも存在する。
むしろ、女生徒の方が多い。
憧憬の眼差しを向けられているアイリスは、日本でいうところの国民アイドル的存在なのだ。
可愛い、綺麗、自分もあんな風に凛々しく。
そして--誰にでも心広い余裕のある人柄でいたい。
自分が誰よりも注目されていることを理解しているアイリスは、その女生徒たちの反応にほくそ笑む。
(これでネオが他の女たちに暴行されることはないわ。常に私が側にいればいいもの。もしも影でネオをいじめたら、ソイツはお家ごと消滅してあげる)
男子生徒たちは言わずもがな。
恋心がバレなければ、ネオに興味すら持たないだろう。
「--御機嫌ようアイリス姫」
昇降口で靴を履き替えたアイリスの元に、一人のイケメンが挨拶する。
そのイケメン--名をアレン・ダウル・リーチャー。
プリムラ王国四大貴族の一角、リーチャー公爵家の三男坊。
顔面偏差値はもちろんのこと、I.Q、運動能力ともにアイリスに勝るとも劣らない完璧ヒューマンである。
「御機嫌ようアレン・ダウル・リーチャー」
王族と貴族が挨拶する横で、ネオは巻き込まれまいと、息を殺して静かに通る。
目はアレンを見ていたアイリスだが、視界の端にうつるネオは見逃さない。
「それでは私はこれで……」
「--待ってくださいアイリス姫。少々お時間を頂きたい。共に勉学に励むことができない今、この貴重な時間を無駄にしたくない」
この告白とも取れる言葉に、周りに謀る女生徒たちからは「きゃーっ!」という声が発せられた。
一方で--
(なんなのっ⁉︎ こいつなんなのっ⁉︎ あなたにとっては貴重かもしれないけどね! 私にとってはゴミクズのような時間なのよっ! あなたと話しているよりネオを眺めている方がよっぽど有意義な時間よ!)
王女の心は荒れていた。
だが、ここで無視するわけにはいかない。
相手は四大貴族の一角。
さらにはアイリスに婚約を申し出た過去まである人物だ。
少しのミスでもすれば何かと言い訳を申し付けてくる。
王族として無視するわけにはいかない。
権力という一番の武器は、時に諸刃の剣となる。
「話というのはなんですか?」
「噂となっている件のことです。アイリス姫が平民に叱責したとか……。それなのに、なぜ何も厳罰を下さないのか気になりまして」
アレンも、王女が平民に恋をしているなどとは思っていないだろう。ただの純粋に疑問なのだ。
やはりあの時、あそこで感情的に怒ってしまったのは間違いだったか……。でも後戻りはできない。
しかし、これに関しては回避方法がある。
「校則を読んでいないのですか?
平民の生活を知ることも王族としての役目だと付け加えた。
現にアイリスの兄が率いる生徒会では、平民とまではいかずとも、騎士爵の者が能力を買われ書記の席にいる。
「なるほど。さすがはこの国を束ねる王族です。僕はまだ研磨が足りないようだ。貴女の隣に立つ為に、これからも励みたい思います」
アイリスはこの言葉には、何も返さずその場を去った。
凛々しく見えるその表情。アレンの交際は受け入れられないと語っているようだ。
残念な反応と、安心する反応が、女生徒たちの間で起こった。
当のアイリスは--
(はーーーっ! 『貴女の隣に立つ』? はーーーっ! 勘違いも甚だしいわねっ! 私の隣に立つのはネオなのっ! ネオの隣に私が行くのっ! ハゲ見たいなら勝手にハゲればいいじゃない! 髪の毛抜いて鏡見ればって話よ! それに宣言なんてしなくても、貴方の敗北は決定してるわよ!)
怒りを心の中に抑え、教室に入った。
自身の癒しである少年は、何やら熱心に本を読んでいる。
そんなネオを見て、自然と口元が綻び始めた。
「おはよう平民」
「あ、え、お、おはようございます」
王族の人たちって、何回も挨拶するのかなぁ。
と、魔法式が描かれた本を読みながら、的外れな見解をする。
王女であるアイリスが、平民の自分と話したいとは思わないだろう。
きっとこれは隣人としての王族としての情けだろう。
(せっかく挨拶してあげたのに、なんでここで会話をやめちゃうのよ! 私からこれ以上何かを聞くわけにはいかないの! あ……でもさっき大衆の前で宣言したから、これくらいなら大丈夫か)
「ねえ平民」と、アイリスはネオに話しかけた。
「な、なんでしょうか?」
なんだ……僕、何か失礼なことしたのか?
この前怒らせたし、やっぱりこれは何かの制裁?
「平民はどんな本を読んでるの?」
「え、え〜と、今読んでるのは、刻印の魔法式辞典です」
はあ? 魔法式辞典? なんでそんなものを?
アイリスとて、ネオの全てを理解しているわけではない。
というより、ほとんど知らないことだらけである。
(あっ、でも確か……)
思い出すのは父に見せてもらったこの学園の試験結果。
ネオの試験は、歴史や国語は酷いものだったが、それは仕方ないだろう。
町に住んでいるならまだしも、農村地帯の出身であるネオに、文字書や歴史書はあまり接点がない。
だが一方で、目を見張ったのは--数字や謎解き、魔法術式の改変問題。
それに関しては、アイリスをも上回っていた。
厄介ごとを回避するために、点数は変えさせてもらったが、なぜ農村出身のネオが、あれほど難しい問題を解けたのか。
これは、ネオのことを知る絶好のチャンス!
「どうしてそんなものを?」
「あっ、え〜と……僕。実は宮廷魔工技師になるのが夢……なんです」
語る少年の脳裏には、ある言葉が浮かんでいた。
すなわち『死刑確定』。
つい先日怒らせたばかりの王女様に、お城で働きたいと言ったのだ。
これが何を意味するのか……そう、それは--
(宮廷……宮てい……きゅうてい……。それって……!)
--
アイリスは、自分からネオの隣に行かねばと考えていた。
いつしか王女の立場を捨て、愛しの少年と二人でささやかな生活を送る。
夢見る王女の幸せに満ちた夢。
だが違った。
今なんと言ったか、少年はなんと言ったか。
宮廷魔工技師になりたいと、将来お城で働きたいと。
いつまでも王女である自分の側にいてくれると!
(通勤時間がもったいないわね。部屋はたくさんあるのだし、その中でも一番広い部屋に住まわせて……いえ、それじゃあ私の部屋から遠いじゃない。そうだ! 私の部屋の隣に、ネオが研究できるくらい広い部屋を作ればいいんだわ!)
「そう。頑張りなさい」と、王女は溢れ出る嬉しさを抑えながら、少年にエールを送り、自分も本を広げた。
本で隠した口元は、ニヤニヤが止まらないほど緩んでいた。
(えっ……怒られなかった……。というより応援された? もしかして許してもらえたのか! よかったぁ〜。母さん、父さん、妹に村のみんな、不敬罪にならずに済んだよ。僕、まだここにいられるよ)
同時に、少年も笑っていた。
王女は隠さない笑みを見て、余計に本で顔を隠さざるを得なくなった。
後日……。
「アイリス様が本のことについて話してくださるわぁ!」
「わたくしも珍しい本を!」
「私の書いた書物。読んでくださるかしら?」
アイリスは大分苦労を背負った。
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