お姫様に見られてます

きりうえほう

第1話 平民は王女に恋される


 空色の髪に茶色の瞳。

 少し幼さが残る顔立ちは、気の弱そうな印象を与える。

 周りの男子よりも一回りほど身長が低く、体型は中肉。

 いわゆるどこにでもいそうな平均的な男子と思わせる。

 苦手なことは運動。

 自慢できることは、手先が器用だということ。

 故に、村にいた時は家の中で物を作っていたり、道具の修理をしていた。

 大人たちからも何かと頼りにされていたのである。


 その少年の名前はネオ。


 プリムラ王国の東にある小さな村--ヨフジ村出身の平民だ。


 今年で成人十五歳になったネオは、家族引いては村長の勧めもあり、王都の学園に通うことになった。


 新しい生活。新たな仲間。

 弾むように踊る心を抑え込み、ネオは学園の門を叩いた。


(僕は村を代表して来たんだ。首席……とまではいかなくても上位の成績で卒業して、絶対に王宮魔工技師の資格を取ってみせる!)


 ネオがそう決意したのはいつのことだったろうか?

 入学式を終えた、つい先日のことだったように思える。


 太古。異世界より勇者が召喚された。

 いくつもの冒険と災厄を乗り越え、勇者はついに、世界平和同盟を結ぶことに成功する。


 その際、同盟国内で勇者が建てたのが、アースランド学園。

 この学園により、国々は発展していった。

 埋もれていた才能を発掘し、原石を磨き上げ、ダイヤモンドはそのカケラ知識を後世に残す。


 そんな由緒ある学園の一教室で、ネオは一人ぼっちになっていた。

 ことの発端は、隣の席に座る美少女にある。


 翡翠色の綺麗な長髪。

 蒼穹の瞳がチャーミングなその美少女。

 名を、アイリス・リファ・プリムラ。

 プリムラ王国の第二王女である。


 健康的な白い肌。程よく制服を押し上げる胸部は、女性にしては高い身長とバランスが良く、男のみならず女をも魅了する。

 強い責任感と自尊心。

 類まれな剣の才能と天才的なI.Q。

 才色兼備とはまさにアイリスのためにある言葉。


 学園の祖と呼ばれるこのプリムラ王国の学園は、他国と比べても人気が高い。

 故に生徒数も教員数も多い。

 なのに……誰もネオに話しかけようとも、近寄ろうともしなかった。

 昼休みの時間にもかかわらず、ただの一人もである。


「ちょっと平民」

「はいぃ!」


 怒ったような美声に、ビクッと震えながら返事をするネオ。箸でつまんでいたクリームコロッケが落ちそうになる。

 いったい自分は何をしたのだろうか。

 初日からアイリスが自分一人だけに強く当たってくる理由がわからない。


「その形の悪い物はなに?」


 王女であるアイリスが、平民である自分の弁当を見下している。

 --気がする!


「じ、自家製の、クリームコロッケ……です」


 王女の目が見張られた。

 と同時に、


(何それ、自家製! ネオの手作りなの! なんで言わないのよこのバカはっ!)


 是非ともそれを食べてみたい!

 という感情が芽生える。


 そう。アイリスはネオのことが嫌いではない。

 むしろ「愛している」と言っても過言ではないのだ。


(まさか最初の昼食から手作り弁当にありつけるだなんて、ついてるわね私! 昨日は午前中で終わっちゃったから何もできなかったけど、今日こそは!)


「ふ〜ん」と、アイリスは素っ気ない態度をとった。

 そう簡単に自分から「頂戴!」と、王女が平民に言えるわけがない。

 しかも相手は異性であり、教室内には良く知る他の貴族たちもいる。

 面倒なことに発展する可能性もなきにしもあらず。

 最悪の場合、少年は殺されるかもしれない。

 命を守るためにも、バレるわけにはいかない。

 この恋心が、周りに気づかれるわけにはいかないのだ。


 だが、王女であるアイリスでも、どうにもならないこともある。


 --パクリッ。パクリッ……パクリッ……


「ほぇ?」--と、アイリスは危うく訳の分からない声が出そうになるのを必死に堪えた。

 横目にうつる少年は、自分がせっかく--じゃなくて、どうしても食べてみたいクリームコロッケを美味しそうに食べている。


(なんで……なんで聞いてこないのよっ!)


 心の中で憤怒する王女が考えていたシナリオはこう。


「アイリス様も食べますか?」

「そんなに私に食べて欲しいの?」


 控えめに尋ねてくる少年。

 アイリスは王女様オーラを出しながら上手うわてに出る。


「あ……はい。いかがですか?」

「しょうがないわね。一流料理人の味を日頃から食べているこの私が、直々に評価してあげるわ」

「あ、ありがとうございます!」


 平民の作った料理を、慈悲深くも評価してあげる王女様。

 周りからも不自然に思われず、自分の株も上がり、ついでにそこそこの評価をしてもう一度ネオに作らせる。

 上手くいけば、学校のある日は毎日ネオの手料理を食べることができる。

 それが、彼女の考え付いたシナリオだった。

 なのに……。


(--なんでっ!!!!!)


 パクパク、次々と、うまそ〜に自分の弁当を食べるネオの横で、王女は爆発しそうな欲望を必死に堪えていた。

 まだ手をつけていない弁当が、瞳に虚しくうつる。

 あわよくば、おかず交換をしようかなぁ。

 なんて幻想は--王女様であるアイリス様が、僕なんかの料理を食べたいと思うはずがないよね--という、圧倒的なまでの身分の差によって崩壊した。


(ぐっ……うぅ……ネオの、ネオのクリームコロッケ……ぐすっ……)


 心中涙ぐむ王女様は、一流料理人たちが作った弁当を、黙々と食べるのだった。



 --王宮アイリスの部屋にて--


 王女の部屋には、アイリスともう一人、侍女の女性がいた。

 彼女の名前はリサ。

 長い赤髪を一本の三つ編みに縛っているお洒落や流行に敏感な侍女だ。

 ついでに人の心にも機敏である。

 アイリスやネオと同い年で、もちろん学園にも……いうならば、同じクラスにいる。


「もうっ! なんで気づかないのよ! こっちは上手くやろうとしてるのよ! 周りに気づかれないように上手くやってあげようと思ってるのよ! なんで! なんで察せないのっ! 考えるのって脳みそ疲れるのよっ!」


 息を荒く乱しながら、王女はベッドに置いてあるネオそっくりのぬいぐるみに八つ当たりをする。


「しょうがないですよアイリス様。向こうは平民なんですから……。大方、平民である自分の弁当に、アイリス様が興味を示すはずがないと、そう思ったに違いありません」

「--はあっ! なにそれ! じゃあ一生ネオの手作り弁当食べられないじゃない!」

「一生は言い過ぎかと……」

「このままじゃあ、私以外の女がネオの手作り弁当を食べちゃう……」


 恋する王女は、悲観の妄想を止められないようだ。

「はぁ……」と、侍女はため息を吐くと、そういえばと思い出す。


「アイリス様。昨夜、騒いでいる途中で寝てしまったので聞けなかったのですが、どうしてあの少年に怒っているのですか? 初恋の相手なんでしょう?」


 侍女の言葉に、王女は暗い表情になり「だって……」と呟いた。

 その顔は、まるで失恋した少女の顔であり、失望感や哀しみが見て取れる。


 --と思いきや、急に歯をギリギリと強くかみ出した。

 みるみる顔が怒りで真っ赤になっていく。


「だってアイツ! 最初の自己紹介で『初めまして』って言ったのよ! 初めまして! 初めてじゃないのに!」


 王女の目尻には涙が溜まり始め、手で拭いながら語り出す。

 悲恋の王女は情緒が不安定である。


「私が……私がどれだけ頑張ったと思ってるの? 学園長であるお父様を言葉巧みに騙して、ネオと一緒のクラスにしたり、担任も私に協力してくれる女性職員手配したり、奨学金利用してるの知ってるから、こっそりと学費免除してあげたり……。学園内限定の学生口座だって、私の所から落ちるようにしたのに全然使ってないし……」


「そんなことまでしてたんですか?」という呆れている侍女の言葉は、今の王女には届かない。


「ネオのばか……」


 少年への言葉を最後に、恋する王女は眠りについた。

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