第9話 恋好き教師は王女に見られてる


「え〜、今から皆さんには、一年次の選択授業。及び倶楽部活動の決定案を提出してもらいます」


 教師用の黒いローブを着たエルフの女性が教壇に立っていた。

 コートのように大きいはずのローブなのだが、なぜか一部が窮屈そうに浮き出ている。

 胸の大きなそのエルフ--名をエイミ・イークル。

 年齢が永遠の十八歳のその教師は、アイリスの母--アリアーゼや、ルティアの母--ルルア。

 並びにリサの母--リリスと同期の卒業生であり、現在はアイリスのクラス担任をやっている。


「倶楽部体験は、一度行っていますね? この時間内に提出してくださ〜い」


 エルフにしては大きなそのお胸様が、教壇を降りると大きく上下に揺れた。

 魅力的なその揺れに、多くの男子生徒が目を惹きつけられる。

 無論それは少年の視線もだ。

 思春期の男子からは、のんびりとした性格に加え、エロいと人気の先生である。

 しかし、少年はその視線をすぐに戻すことになった。

 理由は明白。

 隣から不穏な雰囲気オーラを感じ取ったからだ。


(うぅ……アイリス様がちょっと怖い……。先生が最初に来た時もあったよね? もしかして先生のこと嫌いなのかな?)


 --否!

 そんなことはない。むしろエイミはアイリスが送り込んだ協力者。

 王女が不穏なオーラを発するのは、純粋に嫉妬である。


(アイリス様でも嫉妬してしまうほどの爆弾ボディの持ち主。さすが先生です。あぁ……でも、アイリス様がお可哀想)


 このように、実はアイリスがエイミ先生のことを嫌いなのでは?

 と、疑う生徒は結構いる。特に自分と同じような境遇を経験している女生徒にだ。


(私が少しでもお話して、その負の感情を軽くしなければ!)


 結果。

 良くも悪くも、少年への恋心は露見することもなく、代わりに休み時間--ネオを眺める時間が減っていた。


 そして話題のエイミは、教壇から生徒たちの様子を眺めていた。

 その瞳は楽しそうにキラキラと光っている。

 その理由は--


(あっ! あの男の子、絶対あの女の子のこと好きね! 今チラッと見たもの! そうよねっ! 彼女が何の授業選択するか、気になるわよねっ! 好きな子と一緒に授業受けたいのよねっ!)


 恋の探求!


(うわっ! あの女の子大胆ね〜。隣の男の子に聞いたわっ! 本当は今は会話ダメだけど、特別に許しちゃう!)


 なお、恋の邪魔をしているわけではないので、馬に蹴られて死ぬことはない。

 むしろこの間は、騎士部の訓練後の様子を見て鼻血の出し過ぎで死にそうだった。


 ここで裏話だが、こんな性格なので同族のエルフたちからはちょっと嫌われていた過去があった。

 いつか彼女がアリアーゼ達のいる学園に留学した時のことを語りたいものだ。


(……ん? アイリスちゃんがこっちを見てる。何かあったのかしら?)


 恋好き教師は、王女から見られている視線を感じ、念話の魔術を発動した。


“エイミ姉ぇ〜! 助けてぇ〜!”

“あら? どうしたのアイリスちゃん?”

“ネオの選択する授業が何かわからないのぉ〜! 書いてる様子も無さそうだし、とにかく助けてぇ〜”

“もぅしょうがないわね〜。でもお姉さん頑張っちゃう!”


 恋好き教師は、少年に対して読心の魔術を発動する。

 この読心の魔術。エイミが恋する者同士、何を考えているか知りたい。

 そういった理由で独自に開発したものだ。

 適当にカップルに使ったのだが、使わなければ良かったと思うほど、お互いが黒い考えを持っていた事例がある。


“選択授業どれにしよう? 家庭科もいいし、書道も美術も音楽も面白そうなんだよね。迷うなぁ〜……”


 アースランド学園の選択授業は四つある。

 古の勇者が伝えたとされる文字の芸術--書道。

 彫刻や絵画などを取り扱う美術。

 様々な楽器を弾き、歌を歌う音楽。

 料理や裁縫、更には赤ん坊の抱っこ体験までできる家庭科。


 この四つのうち、在籍する三年間で選択できるのは一年次と二年次の二回のみだ。


“アイリスちゃん、アイリスちゃん、大変よ!”

“なにっ⁉︎ どうしたのエイミ姉⁉︎ まさかネオも私と一緒の授業をって考えてたりした⁉︎”

“ううん、そんなこと考えてなかったわ”

“じゃあなんなのよっ⁉︎”

“すごく純粋に迷ってるわ! 授業選択でこんな純粋に迷う子、私初めてよ! 感動しちゃった”

“エイミ姉ぇ……”


 恋好き教師は少年の純粋な心にうたれていた。

 何をするにもアイツがいるから嫌だなど、嫌いな相手と一緒になった時の人の心は酷いものだ。

 エイミはそれらを身を持って知っていた。だから余計に少年の純粋さに心をうたれていた。


 ネオが迷っている間にも、カチカチカチ……と、教室の時計は止まることなく動き続ける。


“ねえアイリスちゃん”

“わかってるわよエイミ姉! あと五分しかないわ! ほんとネオは優柔不断なんだから!”

“気づいたんだけど、後で私がアイリスちゃんの分を書けばいいんじゃない?”

“私もそれは考えたの! でもそれはダメよ”

“どうして?”

“私が王女だからよ。十中八九、このあと質問攻めに合うわ。私と同じ授業を選択したかどうか気になって……”


 隠し通した場合、隠す理由はなんだろうか? と勘ぐられる。

 嘘をついた場合、なぜ王女様は嘘をついたのかとやはり勘ぐられる。さらにこちらは、今まで積み重ねた評価も崩れてしまう。

 アイリスにとって、ネオへの恋心を隠すためにそれは崩してはならないもの。

 つまり--


“書くしかないのよ。私に残された選択肢は、書いて且つネオと一緒になることよ!”


 王女が決意を胸に語るその時、少年のペンが走った。

 摩擦の音、書き終わるまでの時間。

 その二つにアイリスは注意して耳をすます。

 ネオが書き終わった直後、アイリスもペンを走らせネオと同じ授業を選択した。


“エイミ姉。ぐるっと回ってさり気なく確認できる?”

“おっけーよ〜。任せて〜”


 恋好き教師が、少年の記入した授業をさり気なく確認するため教室内を回った。教壇に戻ったエイミは、アイリスへ念話を送る。


“すご〜いアイリスちゃん。なんでわかったの?”

“ネオの性格に救われたわ。この中で濁点がないのは家庭科のみ。普段から字を丁寧に書いているからか、小文字や濁点のタイミングもわかりやすかったの”

“さすがぁ〜!”


 時間になり、恋好き教師は生徒たちを見渡したあと、終了の号令をかけた。

 後ろの生徒から、前にプリントを送っていく。

 枚数を確認し全てのプリントを回収したエイミは、取り囲まれるアイリスを見ながら教室から出て行った。


「ええ、家庭科を選考したわ。とても楽しみよ」

(またアイリス様と同じだ。なんか縁があるなぁ。アイリス様も料理とかするのかな?)


 あの件で少しだけ成長した少年は、王女の作る料理を少しだけ期待した。

 そしてアイリスは--


(どうやってネオに接近しようかしら? 露骨に料理食べさせるわけにはいかないし……)


 クラスメイト達に笑顔で接する裏で、密かに次なる策を練るのだった。




 王族たちが集う食事の場。

 そこで最初に話を切り出したのは、アイリスの父である国王だった。


「アイリス。そろそろ授業選択の時期だろう? 君は何にしたんだい?」

「はい、お父様。家庭科を選びました」


 自信満々に胸を張りながら応える王女いもうと。そんな妹に王子あには同意する。


「へぇ〜家庭科か。僕もそれを選考したけど、中々面白かったよ。生きてる魚を捌いたり、洋服を作ったり……あとはやっぱりあれだね。赤ちゃんの抱っこ体験」


 そんな授業やるんだぁ。

 と、まだ学園に通っていない子供たちは興味を示した。早く行きたいと言い出す子供もいる。


 一方で、国王は苦い顔をして夕食に出てきた魚を口に入れた。

 夫のなんとも言えない空気を感じ取り、妻であるアリアーゼが代弁するかのように話し出す。


「私たちの時は、鶏をヒナから育てたわね。だいたい二〜三キロになった所で、自分で仕留めて美味しく頂いたわ」

「えぇ〜、話すのそれ?」

「懐かしいわね。この人ったら、感情移入しちゃってね。次の年からはやらなくなったのよ」


 アリアーゼのその言葉で、国王は顔を苦くした。


「我が息子ながら情けない」


 そんな国王に老人が一言呟く。国王の父、前国王だ。


「お爺さん、なにを言ってるんです? 貴方も豚に感情移入してたでしょう? その後から鶏になったんですから」


 ツッコミを入れたのは前王妃の老婆でその御前の妻。

 どうやら親子揃って似ているらしい。

 ということは……


「ねえシウルグ。貴方はちゃんと、授業はできたんでしょうね?」

「も、もちろんです。ミーシャに確認してもらえれば……」


 王子は若干挙動不審になりながらも、母親の質問に肯定で返した。


(家庭科って意外と大変なのね。ネオには生き物を殺すなんて無理そう……)


 アイリスは先達たちの話を聞きながら、箸を進めていった。

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