赤い糸 5
慎二の手のひらは熱い。
女の子のそれよりも相当でかいし、柔らかさもあまりない。
そんな手で撫でられている脇腹は不思議なほどくすぐったくはなくて、ただ愛おしそうにされるのがこそばゆい。
首筋に擦り付けられている鼻も同じだ。
こそばゆい気持ち。
しばらくそうやってされていると、いつの間にか違和感は消える。
男同士だとか、相手慎二だとか、そんなの大したことじゃないように感じてきてしまうから、人間の順応性とは恐ろしい。
だから
(カットォォォォォ!!!!)
二人で汗だくになって倒れるように寝て、翌日俺は酷く腹を壊した。
30分置きにトイレに通いつめ、仕事にならなくて社長に怒られ役に立たないから早退するという失態を犯すはめになった。
もうしばらく相手しないと決めた。
それから少しだけ時間が過ぎて、9月が終わろうかという頃になった。
暑さもほんの少しだけ和らいできて、Tシャツ1枚が快適な時期が終わろうとしている頃。
俺は、陽平さんを見た。
昼過ぎ、慎二と二人で街中を歩いている時だった。
少しだけ遠い向かいから親子が歩いてくる。
小綺麗な身なりをした中年のオッサンと、多分同じくらいの年代の髪の毛の短い女の人と、小学校上がる前くらいの男の子。
男の子を間に挟んで手を繋ぎながら、仲良さそうに笑い合っている。
そのオッサンがあまりに見慣れない姿をしていたから、最初俺は気がつかなかった。
いつも見ていたボサボサ頭に無精髭なんかじゃなくて、黒いTシャツにジーンズなんかじゃなくて、パリッとしたシャツにスラックスを履いていた。
髪も短く整えられていて、髭なんて生えてなくて、本当に別人のようだった。
「陽平さん……」
俺が呟くと、慎二が確認するようにその姿を探してから、
「え、お隣さんの?」
と聞いてきた。
「……違うのかな、別人か、」
言いかけて、その瞬間俺は確信した。
だってその人が、近くの店の硝子扉を開いて先に二人を店内に入れ、最後に自分が入ろうとするときに、俺の方を向いたのだ。
にやりと人の悪い顔で微笑みながら、左目だけをゆっくりと閉じて見せた。
それは、エリカさんの癖だ。
それを見た瞬間、俺は一気に頭に血が昇るのを感じた。
おいあんた何やってんだ!
あの人がどんだけあんたを待ってると思ってんだよ!
そう怒鳴りそうになって、身体が前に出そうになったとき、慎二が隣で腕を掴んで俺を制止した。
「駄目だよ、子どもがいる」
冷静な声で窘められて、はっとして我に返った。
それから、なんだか無性に悔しくなった。
だってあの人はもうずっと待っているのに、なんであんた一人だけ幸せそうな顔してんだよ。
おかしいじゃんか。
エリカさんには言えなかった。
あんな幸せそうな家族の存在は、知らずにいて欲しかった。
それから、前に陽平さんが言っていたことを思い出した。
エリカさんのこと、自分なしでは生きていけないようにしたいって言っていた。
逃げ道を全部断ちたいって言っていた。
俺にはようやく、そのがんじがらめにした糸が見えたような気がした。
陽平さんは、エリカさんが自分を待っている間は、帰っては来ないんじゃないか。
どれくらいか時間が経って、彼女が自分を諦めて忘れようとした頃に、またふらりと目の前に現れるのではないか。
そうやって、傍に居るときも居ないときも、ずっと糸を紡いで、自分が彼女の中心であるように、仕向けているんじゃないのか。
なんてずるい人なんだ。
そう、思った。
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