赤い糸 4

「ど、ど、どどどどどどうした……、なに言ってんの」

俺に目隠しされたままの慎二が思いっきり動揺している。

触っている目元が急激に熱を持ち始める。

なんだその反応は。

やめろこっちまで反応に困るだろ。

「いや、だから、その、」

ちょっと待て、なんだ、何を言うつもりなんだ俺。

「別にお前が思ってるようなもんではないんだけどさ、」

「うん」

あー手のひらの下がすんげえ期待している。

あー無理無理顔見れない。

どうしよう。

嫌になってきた。

助けて扇風機。

無理か、無理だわな。

もう駄目だ。

「……俺はさ、お前が一緒にいるのが当たり前なんだよ」

「うん」

「だから、あんま居ないとなんか変な感じがするというか」

「うん」

「居なくなられると困るというか」

「うん」

「うんうんうんうん煩え!」

「相槌打ってるだけだろ!」

「だからあ、なにが言いたいかっていうと、」

「うん」

ああ、腕が怠くなってきた。

でももうちょっと、あと少し、見ずにいてほしい。

「……好きとか、付き合うとか、そういうのはやっぱりちょっとまだよく分かんねえけどさ、でも居ないのは嫌だから、その、多少、なら、そういうのに付き合ってやらんでもない、と、思った……」

ああああああやばいなんだこれ猛烈に恥ずかしい!

逃げ出したい!

もう嫌だもう無理もう耐えられない!

誰か助けてくれ。

収集の付け方が分からなくて、なんかリアクションをくれと願いながら恐る恐る慎二の顔を見ると、なんだか真面目そうな口元をしていた。

なにこれ、どういう反応なわけ。

「なあ、あきら、この手、外していいかな」

そう落ち着いたような声で言って、慎二は自分の目を覆っている俺の手を軽く握って、ゆっくりと下ろした。

さっきまで動揺していると思っていた慎二は全然そんなことなくて、逆に今は俺の方が口からなんか出そう。

握られた手が、離れない。

「あきら、それ、どこまで本気?」

まっすぐに見てくる慎二に気圧されて、こっちは思わず目を逸らす。

「どこまでって言うか、今思ったこと言ってみただけだよ」

なにが言いたかったのかもなんでこんなこと口走ったのかも、そもそもなんで今キスなんかしたのかも、もはや俺にも分からない。

なんかそんな気になったから言ってみただけだし、してみただけだ。

本気とか、覚悟とか、そんなもんはない。

ただ、繋ぎ止める手段と言うか、一緒にいる理由として、そういうのが少しくらいならあってもいいかもしれないと、そう思っただけだ。

下手くそな言葉でそう説明すると、慎二はなにも言わずに、俺の手を握っていた指先に力を込めた。

もしかしてずるいこと言ったかな。

慎二が期待する言葉ではなかったかもしれない。

「あのさ、悪い、なんか中途半端なこと言ったかも」

「それでもいい」

「ん?」

「それでもいい。あきらが、そう思ってくれるんなら、それでもいい」

「慎二……」

ごめん俺がよく分かってない。

なにがいいんだろ。

つまりどういうことだ。

「あきら、」

「なに」

「もっかい、キスしていい?」

「えっ、えと、」

俺が動揺している間に、慎二が顔を寄せてきて、今の会話的に嫌がったら変だよな、とか、どうしようどうしようと思っているうちに、唇に、慎二のそれが触れた。

俺は半ば条件反射で目を閉じた。

手ぇ握りあって、唇だけ寄せあって、まるで中学生みたいな、触れるだけの、本当に拙いキスをした。

慎二が緊張しているのが伝わってくる。

「あきら、」

唇と唇の隙間で、慎二が俺の名前を呼んだ。

「ん?」

「ありがとう、ちゃんと考えてくれて」

「ああ、うん。いやでも、お前が欲しかったような感じじゃないと思うんだけど」

「それでもいいんだ、俺も、いつまであきらのこと好きか分かんないし」

「……は?」

は?

今なんつった?

どういうこと?

俺なんか変なこと言われた気がするんだけど、どういうこと?

俺の顔つきが変わったのを見てとったらしい慎二は、少し慌てたように顔を離して、取り繕うようにへらりと笑った。

「いやだってほら、人間大体そんなもんじゃん?」

「は?」

「いや怒んなって、だってあれよ、俺もさ、気軽に永遠なんて誓えんわ」

なんだこいつ。

なんか、俺が思ってたのと違う。

なんだその物言いは。

本気で腹立つ。

「なんっじゃそりゃ。お前さっきまでの俺の気持ち返せよ」

「いやいや違うって、ごめん言い方悪かった、お願い話し聞いて」

慎二が焦ったように抱きついてくるから、腹に一発拳を入れる前に一応言い訳だけは聞いてやるかと先を促す。

慎二は、抱きついたまま耳元で小さく笑った。

「だってさ、先のこととか分かんねえよ。こんな話ししといて、もしかしたら明日大喧嘩して嫌いになるかもしれない。あきらがやっぱりお隣さんがいいとか言い出すかもしれないし、それが来週かもしれないし、半年後かもしれないし、3年後かもしれない。いつか嫌になるかもしれないし、もしかしたらいつまでもそんな日は来ないかもしれない。そんな先の話は分かんないけどさ、でも俺は、今、あきらのこと好きだから。だから、今は一緒にいたい。あきらもそう思ってくれてるならそれが嬉しい。そうやって、いつ来るか分かんない終わりまでずっと続けていけたら、それでいいんじゃないかなって、俺は思うわけよ。だからさ、いつか嫌いになるまでは、ずっと宜しく、あきら。って、言いたかった」

「………………お、おう」

あ、そう。

なんだこれ。

は、恥ずかしい。

下手によく分からない愛を説かれるよりも余程恥ずかしい。

俺が次のリアクションに困って固まっていると、慎二が首筋に顔を擦り付けてきた。

「なああきら、俺実は今嬉しくて堪らないんだけどさ、多少、じゃないこと、してもいい?」

耳の下のところから慎二がとんでもないことを言っている声がする。

多少じゃないこと、って、つまりあれだろ、最後までしたいってことだろ。

いやー、それはどうかな、いつぞや無理やりやられた時はわりと衝撃体験だったんだよな、あれを今からまたすんのか、っておいおいちょっとまだ返事してないんだから腰を撫でるな。

「慎二さん、あの……ちょっと……」

「恐い?」

「うん恐い全力で恐い」

「大丈夫だよ、前みたいに無理やりなことしないし。あきらに、触りたい」

言いながら、身体を抱き締めてくる腕に力が込められる。

俺にもう少し葛藤する時間をくれよ、と思いながらも、慎二は既にやる気モードに入ってしまったらしく、耳の下を柔らかく食んでくる。

なんだ、俺はどうすればいいんだ、同じようにやり返した方がいいのか、それともされるがままになってたほうがいいのかどっちなんだ。

「慎二……」

あ、無理無理、やり返すとかできない、慎二のやる気スイッチの入り方分かんないから恐い。

「ごめん、ちょっと、好きにさせといて」

そう言いながら、服のなかに手が入り込んでくる。

腹、括ったほうが良さそうかもしれない。

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