第6話

ここからは、おれが64人、128人と倍々に増えていく展開を大雑把に説明する。



最初は半信半疑だった行政もその次の週に病院を通じて倍に増えるおれを観測確認して30人の俺を観て状況を納得してくれた(俺の人数表記が少し減っているのは、保険の「俺」が別行動のためだ)。

心配していた陰謀なぞなかった。

DNA検査が済みどの俺も俺であり、健康状態にも、やや不摂生の影響はあるものの大きく問題がないことがわかった。


次に職場に行き、事情を説明する。

2倍いや4倍働くのでその分の給料が欲しいと伝える。

施設長も目を回していたが、介護施設というやつは軒並み人手不足なので、とまどいつつも現場は喜んで受け入れてくれた。

介護の現場はそれだけ人が足りていないのだ。

税金その他がどうなるのかは行政次第なのですぐに給料が出るわけではないが、施設内厨房で食事をだしてもらう約束はしてくれた。

来週には系列内の他施設にも4人の俺が派遣されることになった。

基本、食費さえあれば死なずには済むわけである。


そこからは見世物になる覚悟でSNSで食料と住居の確保を訴えた。

この辺の対応は保険のため待機していた「俺」チームの仕事だ。

いくつかの混乱が生じたが俺が64人に増える頃には、ニュースでも話題になっていた。

増えるのがうら若い美人の女性であれば良かったのに、という意見もあったが全く同感だ。


4人の俺が連れていかれ細かい検査が更に行われた。

医師の見立てでは、もしかしたらどうにかなるかも、ある一定数だいたい100万人くらいで分裂がとまる、という意見が早い段階でだされたことでマスコミは安心し、むしろ100万人で増えるまでを楽しむように報道し100万人の俺の受け先を募集した。

あとで知ったがこれは混乱を避けるためのその医師の方便だったということである。

マジかよ。


戸籍上は同一世帯なのでNHKの追加集金は断りつつ、代表者としてのおれは細かいメディア対応に追われた。実際は4人の俺が対応していたのであるが、このあたりになると誰が何をどう対応しているのかよく覚えていない。お世辞にも口が上手いわけではないし、とにかくしどろもどろだ。


残り半数の俺は市内、県内、あるいは県外の福祉施設で働き始めた。

どこの施設も介護職経験者の労働力であれば、即採用だったし連日テレビで見る顔が現場にくるという謎のメディア効果もあったのかもしれない。

さすがに今までの職場とちがい仕事を覚えるのに時間がかかった俺が多かったが、基本は4人一組で動くようにしていたので俺たち2人がかりで1・5倍くらい働いた(計算がおかしいのは気にしない)。


世間一般ではあまり知られて居ないが介護施設の仕事が抱える問題の8割くらいは職員の技術不足よりは単なる「人手不足」なのだ。賃金不足といってもいい。


増え続ける俺達は4096人時点で市内と県内の介護職員不足を一気に解消した。

その間にマスコミはもちろん、企業CM、研究者やノンフィクション作家やYouTuberさらには複数の政党・政治家からの連絡があった。

代表のおれはこう答える。

「今は忙しいんですけど、来週になれば2倍に増えてるのでお受けできるかと思います」

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