第25話 (ミライ)
木が軋む音がする。炎に舐められて脆くなった木材が崩れ、燃える木片がパラパラと降ってくる。もう、ここは危ない。
「みんなは逃げて。私はあの子をなんとかしたらすぐ行くから」
「それはできない。君を置いて行くなんて」
「心配してくれるの?」
「当然だろう」
「ふふふ。嬉しい」
空気が熱い。炎は、どこまで広がっているんだろうか。
「お前は、クリーチャーになにをする気だ」
じっ、と一号の鋭い目が私を見る。
「クリーチャーは今、ごちゃごちゃしたものが凝り固まっている状態でしょう? 人間のパーツがたくさんあって、絡み合ってる。だから、分解するの。余分なパーツをそぎ落として、核の部分だけを取り出す。いろんなものが混ざった鉱石を加工して、純度の高い鉄や銅を取り出すみたいに。そうしたら、怪物ではなくなるんじゃないかな」
「なるほど。それなら、あれを殺さずに済むかも」
「そんなことができるのか」
疑わしそうに問う一号に、レンが答える。
「理論上はね。でも、僕は試したことがない」
頭上から、折れた梁が落ちてきた。太い木材がぶつかって、床に大穴が開く。ミシミシと音を立てて床が崩れ、私たちは下の部屋へと真っ逆さまに落ちた。
バシャッ、と水が跳ねる。下の階は船底が破れて水たまりができていた。木の床を、海岸の岩が突き破って海の水が流れ込み、転々と水面に岩が顔を出して足場のようになっている。じわじわと生ぬるい海水が服に染み込んでくる。
「げっ、来たぞ! どうすんだ?」
ジンの指差す方を見ると、きゃっきゃ、と楽しげな笑い声とともに、上の階からクリーチャーが飛び降りてくるところだった。慌てて落下地点から飛び退くと、クリーチャーが着地した衝撃で飛んだ水しぶきが身体中にかかる。
「レン、燃える瓶ってまだある?」
「あるけど、どうするんだい?」
「貸して」
「なにをする気なのか教えてくれれば僕がやるよ。これは危ないものなんだ」
「お前らにやらせるわけないだろ。俺がやる」
「クリーチャーを燃やして、体を脆くするの。それから、あのごちゃごちゃした体から、核を引っ張り出す。火は全てを分解するんでしょう?」
「思い切った作戦だけど、今はそれが一番現実的かな」
レンは、懐から新しい瓶を取り出した。瓶を投げようとしたけれど、その時天井がガラガラと崩れて木材が彼の上に降ってくる。
「レン!?」
「ぐっ……、大丈夫。瓶は割れてない」
倒壊した瓦礫に挟まれて、レンはうつ伏せに倒れたまま起き上がれない。瓦礫をどけないと、助け出すのは無理だ。
「レン! 大丈夫!?」
「クリーチャー! 落ち着け! 止まるんだ!」
崩れてくる燃える瓦礫に驚いたのか、クリーチャーが無作為に走り回り始めた。あっちこっちにぶつかるのも御構い無しで、闇雲に動いている。怯えているんだ。
「レン、やっぱり私がやるから瓶を貸して」
「ダメだよ。これは取り扱いが難しい危険なものだ」
「大丈夫だよ。きっとうまくやるから」
「君には、危ないものに近づいて欲しくないんだ」
「できるもん。見てて」
私はレンから炎の瓶を奪い取って、立ち上がる。
「貸せ。俺がやる。うっかり殺されたらかなわねーから」
一号が、私の手首を掴んだ。きっと疑っている。そりゃあそうだ。
「ううん、私がやるよ」
「お前になにができるんだよ。俺の方が危ないことには慣れてる」
「ダメだよ。あなたには行かなきゃいけないところがある。あの人たちを助けに行きたいんでしょう?」
顔をしかめた一号が、ふいっと目をそらした。
布団の上で今も雑魚寝しているはずの、生まれたてのホムンクルスたちは、きっと自力で逃げることができない。炎は容赦なく船を舐めとっていく。このままだとみんな死んでしまう。
「私じゃ寝てる人を運ぶのなんて無理だからさ。お願い」
多分、迷っているんだろう。あの人たちは助けてもすぐに死ぬ。私に裏切られればクリーチャーが死ぬ。どちらかしか助けられないのなら、長生きできるクリーチャーを助けたいだろう。でも、火の海にいる仲間を見捨てることもできない。そんなところだろう。
「大丈夫。あなたを一人にはしない。約束するよ。私はそのために生まれたらしいから」
一号はしばらく目を泳がせた後、「だー! くそっ!」と叫んで駆け出した。
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