第19話 (レン)
宿に戻ると、ミライはジンと一緒に戻ってきていた。ガシガシと乾いた布で体や髪を拭きながら、暖炉の火に当たっている。
ホッと胸をなでおろした。頭を占めていた悪い想像が一気に霧散して行く。
「僕も当たっていいかな」
「あっ、おかえり! ごめん。探しにきてくれたんだね。ずぶ濡れじゃん」
こっちを振り返ったミライは、いつもと変わらず笑っていた。元気そうだ。良かった。
「こっちこそ、ごめんね」
「それは、なにに対する「ごめん」なの?」
「君に隠し事をしていた。もっと早く話せば良かった」
ちゃんと話をしていたら、きっと僕を軽蔑しただろうから、こんなにもこっちに好意を寄せてくることはなかったはずだ。そうすれば、変に裏切ったり傷つけたりすることもなかったのに。それをためらったのは、僕が臆病だからだ。
濡れた服を脱いで、自分の体も軽く拭く。女の子のいる部屋で着替えをするのをちょっとためらったけど、どっちも子供だしまあいいだろう。フードを被っていたはずなのに、頭からつま先までずぶ濡れだ。あとで床も拭かなきゃいけない。
ふと、ミライの髪がくしゃくしゃなのが気になった。乱暴に拭いたせいだろう。水浴びをした後の犬みたいに、湿った毛束が不規則に跳ねている。
「ミライ、おいで。髪の毛拭いてあげるから」
「はーい!」
ミライは素直に僕の前に座って、身を預けてくれる。こうして世話を焼くのも、後少しの間だけだ。潮風に当たったせいだろうか。いつもよりも髪がごわついている。
「ねえレン。私、夜の間どこに行ってたと思う?」
「うーん、難しいな。ずいぶん濡れたようだし、結構歩いたんじゃないかい?」
「一号のところに行ってたの」
「……そう。元気だった?」
どういうことだろう。彼のところに行ったのなら、そのまま向こうに居つくと思ったんだけど。彼から僕がひどいやつだって聞いただろうし、彼と一緒の方が安心だろうし。
「とても悲しそうだった」
やっぱり、まだ立ち直っていないんだ。思った通りだ。
「ねえ。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「どうして彼には、今私にしてるみたいにしてあげなかったの?」
彼と、なにを話したんだろう。銀の綺麗な髪を手櫛で整えながら、少しの間考える。彼が僕に髪を拭いて欲しがってたとも思えないし、ちょっと馬鹿馬鹿しい気分だけど。
「一号はいつも自分でやってたからかなあ」
「私だって自分でできる」
「……そうだね、ごめんよ。いつまでも子供扱いは嫌だったかな」
「ううん。こうして手を触れて、世話を焼いてくれるのは嬉しいよ。でもきっと、この感覚を彼は知らない」
そうなのか。結構頑張って世話を焼いたと思うのだけど。彼が強い人になれるように手を尽くしたつもりだった。
「なんで私と彼で対応が違うの? それとも、いずれ私もお腹を裂いて改造したり変な薬飲ませたりするつもりなの?」
何度か、彼の体にメスを入れた。もっとすごい人になると思ったから。その時の話だろうか。でも、この口ぶりだと……。
「彼はそういう処置が嫌だったのか?」
「そりゃそうでしょ! 痛そうだもん!」
そんなの初耳だ。
いや、でも、確かに。そういえば、僕は一度だって彼の口から彼の望みを聞いたことがないかもしれない。
「ねえ、なんでみんなを殺したの? 私もその人たちに会いたかった」
「彼らが生きていたら、君は生まれてないと思う」
「話を逸らさないで。もし、あなたが彼を裏切らずに、みんな無事に生きていたのなら、私も一号と仲良くできたかもしれないのに」
「一号と喧嘩したの?」
「うん。殺されかけた」
「まさか。嘘だろ」
彼は、同族には優しい。きっと、二人で寄り添ってくれるはずだ。
「本当だよ。あなたの思った通りにいかなくて、がっかりした? 彼は私が憎くて仕方ないみたいだよ。他の仲間は殺されて自分もひどい目にあったのに、私は大事にされているから」
どうしてこう、うまくいかないのだろう。
僕が関わると、いつもなぜだか物事が悪い方へ転ぶ。ついてないとか、間が悪いとかじゃない。きっと、僕が悪いんだろう。
「がっかりなんてしないよ。ごめんね。怖かっただろう」
ぐう、とミライのお腹がなった。そういえば彼女は、昨日の晩御飯の途中で席を立ったから、物足りなかったんじゃないだろうか。
「お腹空いたのかい?」
「うん。ご飯食べたい。それとね、食べ終わったら行きたいところがあるの。一緒に来てくれる?」
「いいよ。どこ?」
「一号のところ」
観光地に行くような気安さで、あっけらかんとミライは言った。
「さっき殺されかけたんじゃなかったのかい?」
「うん。でも、行かなきゃ」
どうしてこう、この子は自分から危ない方へ行ってしまうのだろうか。このままじゃ、安心してこの子の前を去れないじゃないか。
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