第18話 (ミライ)

 少しだけ、雨が弱くなってきた。

 濡れた服が体温でぬるくなって気持ち悪くて、私もジンも最低限の下着以外は脱いでいる。お尻の下の岩が冷たい。焚き火でもできればいいのだけど、あいにく薪も火種もここにはない。

「……と、いうわけなんだよ」

「うわ、めちゃめちゃ泥沼じゃん。めんどくせ」

「そうなの。どうしよう」

 途方に暮れている、という言葉はこういう時のためにあるんだろう。ひとまず今はこうして腰を落ち着けて話しているけど、次にどこへ向かってなにをしたらいいのか、てんでわからない。

「一号は、なんで急に怒ったんだと思う?」

「そりゃ怒るだろ」

 シーチキンが、ぴょんと飛び上がってジンの頭に乗っかった。ジンは追い払おうとしたけど、すぐに諦めてシーチキンを頭に乗せたまま話し始めた。

「一号もお前も同じ親から生まれてるのに、一号はひどい目にあってお前はまともな環境で育ったんだろ? 不公平だって怒りたくもなるさ」

「そういうものなの?」

「そういうもんらしいぜ? あたしは兄弟いないから、町のガキに聞いた話だけどさ。一号は優しくされなかったけど、お前は優しくされた。それに納得がいかねえんだろうよ」

「そうなのかぁ」

 そういう理由なんだったら、私がどう対応したところで一号の気持ちは変わらないだろう。私に怒ってるんじゃなくて、レンに怒ってるんだから。

「しかしまあ、レンの野郎はロクでもねえな。怪しくて胡散臭い奴だとは思ってたけど」

「そんなこと思ってたの?」

 少し、考える。

 レンは、私を作って育てた。それは、一号の伴侶にするため。その計画に、私の意志は背いている。レンにとって、私の感情は不都合なものだ。

 だからずっと、私がどれだけあなたが好きだと伝えても、それに応えてくれなかった。応えるわけにはいかなかったんだ。

「私さ、今まで何も考えてなかったんだなって思うよ。私はホムンクルスじゃん? 何か目的と用途があって、そのために鍋に材料を突っ込んで作られてる。逆に言えば、利用価値がなければ作るはずがないんだ。食べない料理を作る人はいないもん。私は、レンにとっては鍋や瓶やかまどと同じ、何かに使うための道具なんだろうな」

 それが、とても寂しい。私は、ただのつじつま合わせの歯車として生まれたんだ。

「そんなに落ち込むなよ。元気出せって」

 ポンポン、とジンの手が私の肩を叩いた。

「お前は不満かもしれないけど、あたしはお前が羨ましいよ」

「どうして?」

「あたしに家族がいないって話はしたよな? なんでかっていうとさ、誰にも望まれてないのにうっかり生まれちまったから、捨てられたんだ。だから、どういう理由であれ、生まれるのを望んでくれた人がいるっていうのは、羨ましい」

「私はジンが生まれてきてくれて嬉しいよ」

「おう、ありがとよ。大丈夫、その辺の話は、もう吹っ切れてるから、別に気にしちゃいねえ」

 今、何時なんだろう。星も月も見えなくて、時間の経過がわからない。絶え間ない雨の音に包まれていると、だんだん眠くなってくる。

「なんかお前、静かだな。初めて会った時はえらく騒がしい奴だと思ったけど」

「うん、まあそりゃあ、色々ショックだったし、眠いし、疲れたし」

「いや、そうじゃなくてさ。最初は活発な奴だと思ってたけど、こうして話を聞いてみたらそうでもないなって思ったんだ。思いの外落ち着いてるっていうか、我が強くないっていうか」

「ああ、なるほど。確かにそうかも」

 自分の行動を振り返ってみる。確かに、必要以上に元気に振舞っていた。演じている、ってわけではないけど、確かにちょっと元気を盛っていたかも。

「なんでだ?」

 少し、考える。私はどうして、そんな振る舞いをしていた? それも、ジンに指摘されるまで気づかないくらい、無意識のうちに。

 不意に、脳裏にレンの声が蘇った。山小屋で暮らしていた、穏やかな時間のことが蘇ってくる。

「よしよし。今日もミライは元気だね」

「今日は山菜採りのついでにピクニックでもしようか。外で遊ぶの、好きだろう?」

「君はとっても元気な子だね。君が楽しそうだと僕も嬉しいよ」

 私に向かってかけられた、言葉の数々。それは普段は意識しないくらい心の奥底で、私を形作っているのだろう。

「私が元気で活発で明るいと、レンが嬉しそうなんだ。多分、だから私は元気なんだと思う」

「へー、なるほどな」

「別に無理して明るく振舞ってるわけではないよ。楽しい、って言ってれば本当に楽しい気分になることもあるし。レンが嬉しそうだと私も嬉しいし」

「そんなになんもかんも、あいつの希望を聞いてやる必要はないと思うぜ。そんなんだから調子に乗って、勝手に結婚相手まで決めやがるんだ」

「そうかなあ」

「そうだよ。なんもかんもあいつの思い通りになるわけじゃないって、思い知らせてやればいいんだ」

 腹は決まった。私が、なにをしたいのか。

 目指す未来が見えてきたら、安心したのか急にお腹が空いてきた。それから、グッと眠気が強くなってくる。

「ジン、ありがとうね、相談に乗ってくれて」

「いいってことよ」

「レンって今どこにいるの?」

「どこだろうな。お前がいないのに気づいた後、二手に分かれて探すことになったんだが、荷物も馬車も置いたまま出かけたし、そのうち帰って来るだろ」

 そっか、探しには出てくれたんだ。一応、心配はしてくれてるのかな。

「ひとまず、今は寝よう。朝になって雨が止んでたら、宿に戻って体を温めよう。そしたら、ご飯を食べよう。できれば、レンも一緒に」

 話したいこと、話しておかなきゃいけないことがたくさんある。

 彼が喜ぶような話ではないかもしれないけど、私は私の話を聞いて欲しい。そして、それを聞いたレンがなにを考えるのか、ちゃんと知りたい。

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