第20話 (ミライ)

 レンの手を引いて歩く。空はまだ曇っていて、海岸はやっぱり骨まみれだ。

「やめよう。彼は君を殺す気なんだろう?」

 さっきからずっとこの調子だ。心配してくれるのは嬉しいけど、行かなきゃいけない。

「大丈夫大丈夫。危なくなったら走って逃げるから」

 幽霊船の前にたどり着いた。朝の光の中で見ると、不気味さよりもみすぼらしさが目立つ。

「ここが一号の工房だよ。ここで彼が仲間を作ろうとしてる。でも、上手にできなくてみんな死んじゃうの」

「そんなことだろうと思った。でも、僕を彼に会わせて、どうしようっていうんだ。今更合わせる顔なんてないよ」

「レン、あなたは一号を一人っきりにしないために、共に生きる話し相手として私を作ったんでしょう? だったら、あなただって彼と話すべきだよ。私に全部丸投げしたりしないでさ」

 すっと息を吸い込む。一号は、もう起きているだろうか。出かけていたらどうしよう。確か、人の家を訪ねるときは最初に挨拶をしなければいけないんだったっけ。

「こんにちはー! おじゃましまーす!」

 返事はない。

「うーん、やっぱ忍び込むしかないかな?」

 どうしよう。昨日使った甲板へ通じるロープは、私の腕力では登れない。逃げる時に出てきた板の割れ目は、レンが通るには小さすぎる。

「おーい、ミライ、レン、こっちだ」

 困っていると、船の陰からジンが現れた。ナイスタイミングだ。ジンの姿を見て、レンは首を傾げた。

「あれ? 姿が見えないと思ったらどうしてここに?」

「ミライの手伝いだよ。先回りして船の様子を探ってたんだ。こちとらケチな浮浪児だからな。こういうのは得意だ」

 こっちだ、とジンが先導する方へ進んでいく。船の陰は朝日が当たらず、ちょっとひんやりしている。

「ここから入れるぜ」

 ジンが指し示した場所は、船の脇腹あたり。確かにそこは板がはがれて、ちょっと頑張れば長身のレンでも無理なく通れるくらいの穴が空いていた。

「よし、行こう!」

「待って。僕は行くなんて一言も……」

「なにしに来やがった。クソ野郎。ぶっ殺すぞ」

 不意に、頭上から声が降ってきた。見上げると、一号が甲板の上からこちらを見下ろしている。逆光になっていて、その表情はよく見えない。

「ミュウは一緒じゃないのか?」

「愛想つかして出て行ったよ。僕はてっきり君と一緒にいるんだと思ってたけど」

「ここにはいない」

 共通の知り合いの話だろうか。そういえば一号は私をその人と見間違えた。私に似てるのかもしれない。

「……ごめん。すぐ帰るよ。君を怒らせるつもりはないんだ」

「ダメ! 行くよレン! 一号は、あなたに聞きたいことがあるの!」

 引き返そうとするレンの手を、ぎゅっと握って引き止める。

「それに、私もあなたに聞きたいことがある」

「君も?」

「答えてくれるでしょ? あなたが、私の知りたいことを教えてくれなかったことなんて、一度もない」

 きゃっきゃ、と子供の笑い声が聞こえた。クリーチャーの声だ。近くにいる。

「今のはなんだい?」

「クリーチャーだよ。一号が作ったホムンクルスの、唯一の生き残り。人の形をしてないけど」

 レンが、一瞬目を見開いた。それから、憂鬱そうに額に手を当てる。

「一号、わかってるね? その子が、最後にはどうなるか。君がその子をどうしなきゃいけないか」

「うるさい! 俺はお前とは違う! 危険だからって殺したりするもんか!」

「ミライ。事情が変わった。僕は行かなきゃ」

「それはいいけど、どうして? クリーチャーがどうかしたの?」

「君はその怪物の姿を見たかい?」

「うん。暗くてよく見えなかったけど。人間の肉団子みたいな感じだった」

「殺処分しないといけない。その怪物は、ホムンクルスの錬成に失敗すると生まれることがあるものだ。知性を持たず、手当たり次第に周囲を破壊する。成長に限度がなく、どこまででも巨大化する。放っておけば、隣近所の街を片っ端から滅ぼしてしまうよ」

「待って!」

 握った手に力を込めて、船に乗り込もうとするレンを引き止めた。そんなの、ダメだ。

「ダメだよ。あなたは一号を一人にしたくないんでしょう? 今彼と一緒にいるのはあの子だけ」

「あれはあの子なんて呼べる代物じゃない。とにかく、放っておいちゃいけない」

 レンは、私の手を振りほどいて、行ってしまった。私も慌てて後を追いかける。

 朝の光があっても、船の中は薄暗い。湿った木の匂いが充満している。ネズミが足元を走って行ったのが見えた。

 笑い声のする方へ向かって、レンは足早に進んでいく。ずんずん進んでいくと、扉の前にたどり着いた。声は、その扉の向こうから漏れている。レンは勢いよく扉を開けた。

 散らかった薄暗い部屋の中に、おもちゃがたくさん転がっている。木組みのパズル、偽物の剣、ぬいぐるみ、様々な大きさのボール、絵本、小さな楽器。そういうものが地面を埋めていて、足の踏み場がない。

 その、雑多で子供じみた瓦礫の山の中に、クリーチャーがうずくまっていた。たくさんついている眼球が、一斉に私たちを見る。

 レンは、一直線にクリーチャーの方へ向かっていく。私はなんとか止めようとマントを掴んで引っ張るけど、止めきれなくて引きずられてしまう。

「待ってってばー!」

「邪魔しないでくれ。いい子だから」

 ボゴッ、と天井が割れて、上から一号が降ってきた。着地した拍子に、足元にあった人形の首が飛ぶ。

「クリーチャー、わかるか? あいつらはお前を殺しにきた悪いやつだ。やっつけるぞ」

 あう、とクリーチャーが返事をした。

「一号。君は錬金術の禁忌に触れている。僕には、それを止める責任がある。今はまだ海岸を骨まみれにする程度で済んでいるけど、君はいずれホムンクルスの錬成を成功させるだろう。そうなったら、今度こそ人間とホムンクルスの争いは止められない。わかってくれるね?」

「なにが禁忌だ。だったらはじめから俺なんか作らなきゃよかったんだ。全部お前のせいだろうが!」

 一号が、背中の剣を抜いた。一直線にレンに向かって駆け出して、剣を振りかぶる。

「殺してやる」

 待って、と声をあげたけれど、それはクリーチャーのけたたましい笑い声にかき消された。私めがけて、一直線に突進して来る。

「きゃはは」

「ミライ! 危ない!」

 飛び出してきたジンが私に体当たりをして、クリーチャーの突進から助けてくれた。床に倒れた拍子に、作りかけだったパズルが派手に飛び散る。

 すぐに方向を変えたクリーチャーがまたこちらへ向かって来る。走るクリーチャーの足元で、無数の足に蹴飛ばされたおもちゃたちが吹っ飛び、砕ける。

「あたしたちの相手はこいつか……」

 早さも、力も、私たちが束になったって、どう考えてもクリーチャーにはかなわない。何か考えないと。そうでないと、いつか体力の限界がきて、クリーチャーの突進にひき潰されてしまう。

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