第14話 (レン)
部屋に戻ると、ミライはいなかった。
こっちに来ていると思っていたけど、まさか外に出たんだろうか。この雨の中を?
「窓が開いてる。ここから出たのかもしれねえ」
「外にいるのか?」
シーチキンがジンの頭に舞い降りて、小刻みに首をかしげる。
「よっぽどお前の顔が見たくねえんだろうよ。ブチ切れてたもんなあ」
「なんで彼女は怒ってるんだ?」
「バカかお前。惚れた男から別の男勧められたらそりゃ不愉快だろうよ。しかも、ほぼ決定事項みてーな顔で言われるんだ。お前はあいつの意思を、ないものとして扱った」
そんなつもりはなかった。ミライはきっと一号を気にいるだろうと思う。僕より一号の方が、同族だし話も合うだろう。
ああ、でも、身勝手なのは最初からわかっている。ホムンクルスにとって、この世界は生きづらい。それをわかっていて、僕はミライを作った。苦労するのが目に見えているのに。一号が、仲間を失った孤独を癒せるような存在がいればいいなと、そう思った。
でもそんなの、きっと彼女には知ったこっちゃないだろう。勝手に面倒ごとの渦中に産み落とされて、迷惑しているに違いない。
雨は止む気配を見せず、外の様子を伺おうにも視界は悪い。
大丈夫だろうか。きっと今頃ずぶ濡れになっているだろう。寒いに違いない。この雨だ、水路はきっと増水しているから、落ちたら流されてしまう。この街には海賊が寄港することもあるし、酒場の治安もそこそこ悪い。そうでなくても、海岸の異変のせいで住人がピリピリしている。些細なことでトラブルに巻き込まれるかもしれない。彼女は人に慣れていなくて世間知らずだ。なにをしでかすかわからない。海辺の危険な生物をちゃんと教えておけばよかった。クラゲとかカサゴとかウミヘビとか、見つけたらきっと捕まえに行くだろう。まだ泳ぎを教えていないから、うっかり海に入ってしまったら溺れてしまう。もしかしたら雷とか落ちてくるかもしれない。まさか当たりはしないと思うけど、怖い思いをしているかもしれない。
「どこに行ったんだ……」
一号がミライを連れて行ったのかもしれない。もしそうなら嬉しいのだけど、そんな証拠はどこにもない。彼なら僕の手元にいるホムンクルスを放ってはおかないと思うのだけど、彼が来たのならついでに僕も殺していくんじゃないだろうか。僕がまだ生きてるってことは、違うんだろうか。
「アホらし。そんなにそわそわするなら探しに行けば? あたし、街の北側行くから、お前南側な」
ジンが呆れた顔でこっちを見上げていた。シーチキンがバッと翼を広げる。
「アホラシ!」
いつか彼女は、僕の前からいなくなるんだろう。でも、それは今じゃない。僕は安心して彼女を送り出したい。彼女は安全なところに向かうのだと確信を持ってお別れを言いたい。
僕は宿屋の前でジンと別れて、走り出した。
「一号、ミライ、どうか幸せになってね」
誰に言うでもなく、独り言が漏れた。
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