第4話
八月二十日。
宇野橋に行く約束の日。
朝一発目の五十鈴からのメッセージを筆頭に、グループでのメッセージのやり取りがひっきりなしに行われていた。
それだけ皆楽しみだということだろう。
『あんまり遅くなると家族も心配するだろうから、夜九時に駅前集合』
五十鈴のメッセージに皆了承の意を返事していた。
俺はというと、あのサイトの記述が頭から離れず、仮にあの記述が本当だった時のために少しでも動きやすい恰好をと思い、半袖、長ズボン、スニーカー、懐中電灯と携帯という軽い装いで向かった。
待ち合わせ場所に向かうと、まだ待ち合わせ時間より十分も早いのに全員が勢ぞろいしていた。
「涼、遅い」
「ごめん」
五十鈴に怒られてしまった。
「これで、全員揃ったから行こうか」
五十鈴の掛け声で宇野橋に向かい始めた。
前を歩くのは、五十鈴と佳奈と直人。
後ろを透と雪乃と俺で続いた。
こっそり透に尋ねた。
「なぁ、お前らってどれくらい前に到着したんだ?」
「涼が到着する数分前だな」
「あぁ。その時には、もう前の三人はすでに到着して座り込んで話していた」
透の隣で雪乃が小さくうん、うんと頷いているから本当なのだろう。
どれだけこいつらは楽しみにしていたのだろう。
少々呆れ返った。
三十分程歩いて宇野橋近くに到着したはずだった。
しかし、肝心の橋が見つからない。
水の流れる音がするから川が近くにあるのは分かる。
それぞれが辺りを照らして橋を探す。
ふいに、鬱蒼と生い茂る木々の中に白い何かを照らした。
それが何だったのか把握する前に白い何かが消えてしまった。
ホー、ホーと梟が鳴いている。
さっきのは飛んでいる梟を照らしたのだと思い、橋を探すことに集中した。
しばらくすると、雪乃が橋を見つけた。
インターネットで調べた通り、今にも朽ち落ちてしまいそうな橋だった。
橋桁は腐っていたり、抜け落ちているし、吊っている縄もほとんど意味を成していない程にボロボロだった。
「おかしいなぁ。これだけかよ」
「直人から聞いたようなこと起きないわね」
「つまんない」
心霊大好きっ子三人組が言い出した。
「どういうことだ?」
俺を含めた他の三人は詳細を聞かされていない。
ここまで来たら聞く権利くらいあるはずだ。
「赤いヒツジっていうアプリ、知ってるか?」
「赤いきつねじゃなくて?」
「それ、カップ麺だろ。違う、違う。赤いヒツジ」
俺達三人は顔を見合わせてみたけど、誰も聞いたことがなかった。
「それって、所謂心霊スポット紹介アプリみたいなもんでさ。写真とか、行った感想とかを投稿するとポイントが貰えるんだよ。んで、そのポイントを現金化とかできるんだ」
年中金欠病を患っている直人らしい発想だった。
「それで、SNSでも最近ここが話題になってたから気になってたわけ。俺達の街からすぐだし、行くのに苦労せずに済みそうだったからな」
「私達もそのアプリ入れたのよ」
「ねぇ」
五十鈴と佳奈も今まで写真を撮っていたのか、手には携帯を持っている。
「それだけじゃなくて、夏だからどのSNSでも心霊スポットのタグ付けて皆投稿したりしてるだろう。俺達もそれに今年は乗っかってみようと思ってな」
「直人の勝手な言い分かとも思ったんだけど、意外とそうでもなくて、今年はどのSNSも心霊関係で賑わっているのよ」
五十鈴が見せてくれたのは、六人全員が入れているSNSのアプリの内容だった。
確かに賑わっているようだった。
宇野橋の投稿もちらほら見受けられる。
「あ~ぁ、金になると思ったんだけどなぁ。まぁ、ちょっと写真撮ってくる」
一人輪から抜けて橋の方へ歩いて行った直人。
しばらく直人の帰りを待ったが、一向に戻ってくる気配がない。
「ねぇ、直人が行ってどれくらい経った?」
「ん~、十分くらい?」
おかしい。
ただ写真を撮りに行っただけで十分もかかるはずがない。
俺は頭にあの時の記述を思い出した。
「直人ぉ~」
「どこにいるのぉ~」
「お~い」
「直人く~ん」
「直人、出てこ~い」
それぞれが呼んでも出てくる気配がしない。
それ以前に、直人の気配がしない。
不安になって、直人の携帯に電話をかけてみた。
『おかけになった番号は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため…』
お決まりの機械音の文句が返ってきた。
「帰るぞ」
記述と同じ経緯になって、いよいよ恐ろしくなってきた。
「直人は?」
「あいつは放っておいても大丈夫だ。とにかく俺達だけでも帰るんだ」
「駄目よ、直人のこと、ちゃんと探さなきゃ」
五十鈴のリーダー気質というか正義感がここでは邪魔だった。
それにつられて、佳奈まで探しだした。
周りに流される佳奈らしいといえばらしいが、流されてばかりでは先に進むことができない。
俺は無理矢理二人の腕を引き、来た道を戻りだした。
「透と雪乃も帰るぞ」
「おう」
「うん」
さすがにこの状況に焦った。
調べたりしなければよかった。
調べなかったら全員死んでいた。
見なければよかった。
見なければ全員死んでいた。
覚えていなければよかった。
覚えていなければ全員死んでいた。
課程がどうであれ、全員死亡の結末だった。
最初に集まった時に話しておけばよかった。
そうしておけば、こんな最悪の事態を招くこともなかったはずだ。
昔からそうだ。
俺が気になったことは大抵嘘っぽく見えるだけの事実だったり、実際に起こったりしてきた。
今まで生きてきてそれを分かっていたはずなのに、こいつらの楽しそうな空気を壊したくなくて話さずにいた自分の落ち度だ。
だから俺は直人以外の全員を助けたいと思った。
急いでこの場を離れようとした。
何度もこけそうになって、もつれそうになる足を必死で前に出した。
一刻も早くこの山から出たかった。
「離してっ!離してってばっ!涼っ!」
五十鈴が無理矢理腕を引き剥がした。
「何だって言うのよ。直人がまだ山にいるのに」
「このままだったら俺ら全員殺される」
「はぁ?」
「まとめサイトで見かけたんだ。SNSには載ってないから削除されたのかもしれないけど、この山には殺人鬼がいて、街ぐるみで隠蔽している。警察に救助を求めても聞く耳を持ってくれない。多分直人はもうそいつに殺されているんだ。だから探したところで見つからなかった。急いでこの山から出ないと俺達全員死ぬことになる」
「それが本当だとして、直人を放っておいていい理由になる?」
「お前、自分の命を投げ出すのか?」
「そうは言ってない。直人を助けて一緒に戻るのよ」
五十鈴は橋に向かって走り出した。
それにつられて佳奈まで走り出した。
「くそっ!」
「俺達は先に下りている」
「そうしてくれ。あの二人を説得して俺も後を追いかける」
透と雪乃は街へ、俺は五十鈴と佳奈を追って橋へそれぞれ向かった。
橋に到着すると、おろおろとした佳奈が一人いた。
「佳奈、五十鈴は?」
「分かんない」
「は?後追ってただろう?」
「五十鈴ちゃん、足速いからちょっと置いて行かれて、橋に着いた時にはどこにもいなくて…」
「とりあえず一緒に探すぞ」
佳奈と二人で直人と五十鈴を探した。
呼んでも、呼んでも応答はない。
あたりを一周ぐるりと回って橋に戻ってくると、五十鈴が履いていたミュールが橋の前に片方だけ落ちていた。
「キャー」
佳奈がパニックを起こした。
俺だってもう怖くてたまらない。
「急ぐぞ」
もう街に戻るしかなかった。
佳奈の手を引いて必死に街に戻る一本道を足早に歩く。
だから、足元になんて注意がいかなかった。
足元の大きめの石に躓いて二人してこけてしまった。
ザッ、ザッと足を擦りながら歩く足音が聞こえる。
恐怖が最高潮に達した。
佳奈と縺れるように立ち上がり、どんどん走った。
下っているから何度もこけた。
膝からはきっと
そんな状況だけど、全然痛くなかった。
それだけアドレナリンが出ていたんだと思う。
鬱蒼とした木々を抜け、山の麓に到着した。
気付いたら佳奈がいなかった。
振り返り、握りしめたまま離せなくなっていた懐中電灯で照らすと、目と鼻の先の距離の所に兎の面をした奴がいた。
右手には鎌、左手には動物の毛のような物が掴まれている。
毛が回転し、それが頭部だと分かった。
なぜなら、
きっと切断されて僅かな時間しか経っていないのだろう。
切断面から血が滴っていた。
ここにいてもまだ追いかけてくる。
直感で感じた。
急いで街へと続く道を走り続けた。
どこをどう通ったのか覚えてはいない。
道行く人に何度もぶつかり、怒鳴り声も聞こえたけど、構っている余裕はなかった。
ようやく交番を見つけ、駆けこんだ。
「助けてくださいっ!宇野橋で友人が殺されたんですっ!」
「捜索ですね。分かりました。こちらに記入してください」
「兎の面を被った奴が友人の頭部を持って立っていたんです」
「はいはい。夢でも見たんでしょう」
「夢なんかじゃないっ!」
「っていうか、君、足すごい怪我してるから救急車呼ぶからね」
「それどころじゃなくて友人を…」
本当に警察は取り合ってくれなかった。
交番から要請された救急車に無理矢理乗せられて病院に搬送された。
病院に到着してから透と雪乃に連絡を取ったが、メッセージは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます