ハートクラッシャー
三石 警太
ハートクラッシャー
虚しい声が鳴り響く。
僕は、黙ってその場を立ち去る。
心が砕けて、パラパラと音を立てて塵と化していく。
その破片を、涙を隠し、拾い集める。
当たって砕けろとはよく言うけれど、現実は厳しいもので、人間とはいかに脆く儚い生き物なのかと思い知らされる。
カラフルだった、もっとカラフルになる予定だったのに、今は色もわからない。モノクロの世界に包まれている。
「ごめんね」
その言葉に、何度救われ、何度裏切られてきたか。
言葉なんて、嫌いだ。
*
花ちゃん–––。
「ごはんできたわよー、いい加減、でてらっしゃい」
その声で僕は、目を覚ます。
寝ている間に、顔はぐちゃぐちゃになり、腫れぼったくなっている。
どうやら、泣き過ぎたようだ。
「ごはん冷めちゃうよー、早くしてちょうだい」
僕はそれを無視する。
お腹は、正直すいている。
だけど、それをごまかし、意地を張っている。
こんな思いをするんだったら、いっそ何もせず、この想いが自然に消えるのを待てば、良かったな。
そんな想いを一緒に包み隠すように、布団を引き上げた。
どれくらい寝たのだろう。もう、お腹もすいていない。
僕は、観念してリビングに向かった。
リビングには、母さんが横になり、ぐっすりと寝ていた。
父さんは、海に行ったのかな?
今日は土曜日。
昨日の金曜日は、最悪の金曜日として、僕の歴史に刻まれるだろう。
13日ではなかったが、僕の心はチェーンソーでズタズタにされたも同然だった。
僕はテキトーにカップラーメンで腹をごまかし、また自分の部屋に引きこもった。
スマホをいじっていると、友達のヒナタからメッセージが届いていた。
『どうだった〜?結果教えてよ!』
ヒナタは一番の友達だが、時に残酷なことを言う。
仕方ない、無知は罪だというけれど、時には無知ほど助かるものはない。
今はヒナタには無知でいてほしかった。
僕はスマホを閉じ、横になった。
散々眠ったので、眠れない。
頭には昨日のあの場面がふつふつと蘇ってくる。
考えないようにしているのに、だからこそなのか、そればかりを考えてしまう。
何が悪かったのか、何が間違っていたのか。
言わなければ、よかったなあ。
そんな、ネガティブな感情ばかりが溢れていく。
そして、自分が嫌になる。
僕の頬に一筋の涙が、道を作る。
外はあっけらかんとした太陽がせっせと光を運んでいる。
それと対照的に僕の心は大雨に降られている。
ずっと、こんな調子じゃ、ダメだ。
わかってる。
わかってるけど。
悲しみが止まらないんだ。涙が止まらないんだ。
そんな気持ちを紛らわすように、僕はアコースティックギターを持った。
まだ、完璧には覚えきれてない、いくつかのコードを使い、不器用にメロディーを刻んでいく。
ギターを弾いている時だけは、何も考えなくてよくなる。
いつもは、エレキギターを弾いているけれど、こんなしんみりとした心持ち、アコースティックのほうが、木材にニスを塗るように心を修復してくれるような気がする。
包み込まれるような音に、なおさら涙が道を作る。
君と過ごした、さくらのした
何度も救われた君のメロディー
こんなにも君を想うことはない
もう一度やり直せたならば
もっとうまく、やれるのにな
自分で作詞した、歪な歌を歌い、そっと僕はギターを置いた。
「なあ、どうだったか教えてくれよ!」
次の日、僕はヒナタと出かける約束をしていた。
本当ならば、行きたくはなかったのだが母さんが、気分転換にいいじゃないと、半ば強制的に家から背中を押された。
僕は、頭を左右に揺らした。
「そっか」
と、ヒナタはポツリと言った。
ヒナタは、巷で言うプレイボーイだった。
付き合っては、別れ、を繰り返し、いつも僕にアドバイスを求めた。
結局は僕のアドバイスなど必要ではなく、自分の意見に賛同してほしいという魂胆が見え見えなのだが、僕はワザと、見ない振り。
「ダメかー、なんだっけ?花ちゃんだっけ?」
今回は、ヒナタにアドバイスを求める形となった。
結果は、無念。
初めての告白は、たったの4文字に阻まれた。
「もう、その話はやめようよ。今日は気分転換に来てるんだからさ」
じゃないと、涙が出ちゃいそうなんだよ。
ほら、鼻がツンと、してきたよ–––。
「ごめんごめん、じゃ、パーっといこうぜ。どこ行く?」
「じゃー、楽器屋、行きたいかな」
おっけ、とヒナタは答え、スタスタと歩き始めた。
この切り替えの良さに、今は助かっている。
どうにか涙を堪え、ヒナタについていく。
駅に着き、無機質なピッという音で、入ることを許される。
階段を降り、ちょうどついていた電車を見つけ、僕とヒナタはアナウンスに急かされながら小走りで電車に乗車する。
カコンカコンとポップな音と、ともにガチャガチャとドアが閉まる。
「危機一髪だったな」
少し息切れしたまま、ヒナタは楽しそうに言ってきた。
僕は曖昧に答えを濁し、でもヒナタと今日出かけて良かったなとも思っていた。
今日も1人、家でうだうだとアコースティックギターを嗜みながら陰鬱とした時間を過ごしていたら、僕はきっと、鬱になる。
となりの駅に着き、車掌さんがアナウンスをする。
今日は日曜、なのにあまり客足が伸びていない。
ここら一帯は、少し大きめのデパートがあるだけでそれ以外は何もない。
広大な土地があり、何かしらありそうだが、よくよく考えてみると不思議なほど何もない。
だから、休日にもかかわらず、あまり人はいない。
まあ、ここらへんはそもそもあまり人がいないので、それに比べたらいるほうか。
などとどうでもよいことを考えながら、改札を通り抜けた。
どうでもいいことを考えることで、自然と花ちゃんのことを考えないようにしていたのかもしれない。
心の上書きだ。
防衛反応が働いている。
ヒナタはこういう時どうするのだろう。
「なあ、どうかした?」
「あっ、いや、なんでもない。ヒナタはここ行き慣れてるの?」
なんだか、聞いてはいけないような気がして、咄嗟に質問をすり替えた。
僕はジャグラーだ。
「そんな、行かないかな」
「あ、そうなんだ」
僕らの地域では、楽器屋など洒落たものはなく、ピアノ教室が精々である。
だから、隣町まで行かなければならない。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「なんか、付き合わせちゃってごめんな」
「いーよいーよ。今日はオフだし、あんま楽器屋行かないから、ちょっと興味もあるしな」
「そっか、そう言ってもらえると助かるよ」
ほんとに、助かる。
僕らはデパートに繋がる一本道をテクテクと歩き続けた。
割と長いのだが、ヒナタと喋っていると、あっという間に着いた。
エスカレーターに乗り、3階にある川島楽器店を目指す。
大手の楽器屋で、大抵のものはある。
エレキギターエリアと同じくらいの広さのアコースティックギターエリアがあり、その2つのエリアを合わせると、店内の半分ほどの敷地面積がある。
どちらも扱っているので、僕からしたら、1日いても飽きないほどである。
おまけに楽譜や、ピックや弦なんかもあり、マニアックな小道具なんかも完備している。
「初めて来たなー、ここ」
「ヒナタは楽器やらないもんね」
「曲は聞くんだけどねー、ガンバースナッチとか」
知らないバンド名だ。
僕はバンドを組んでいるけれど、大体は自分で作曲してアコースティックで適当に弾いているだけなので、バンドなどにはあまり精通していない。
「でもさでもさ、ギター弾いてるひとってカッコいいよな!」
と、多少興奮しながら僕に話しかけてくる。
僕らはエレキギターエリアに向かった。
「なあなあ、このゾウみたいな形のギターは何?」
「ああ、それ面白いよな。実際弾いてるひと見たことないけど」
そういうギターに需要はあるのか?甚だ疑問だ。
「おまえが使ってるギターってどれ?」
「ああ、俺の使ってるギターは廃盤でもう作られてないんだけど、形はジャズマスターって言ってね、グニャってなってて…あー、あれだよ、あれあれ」
僕は指差し、たくさんの吊るされているギターの1つを指差した。
グニャリとした形の、茶色いビンテージものの風味を感じさせるそのギターに、僕は花ちゃんを思い出す。
彼女のキラキラとした髪の色は、まさにああいう、気品のある、しかしどこか美しい色だったな…と、少しネガティブになっていると、その心中を察してか否か、アコースティックエリアに移動しようとヒナタが提案してきた。
アコースティックエリアは木の匂いがして、とても心地よかった。
「なんか、全部同じに見えるのに、値段は全然違うんだな」
と、ヒナタはボソリと呟く。
弾いてみると、段違いにその違いが伝わる。
木材というのは非常に大事な要素なのだ。
響が明らかに違う。
弾きやすさも違ってくる。
花ちゃんも、アコースティックギターを弾いていたなあ。
またも、花ちゃんを思い出す。
綺麗な指先で撫でるように弾く花ちゃんが奏でるメロディーは、まるで色とりどりの花たちが咲く野原に吹く、暖かい春の風のようだった。
彼女に惚れたのは、そのメロディーを紡ぐその姿があまりにも美しかったからだった。
「なあ、弾いてみろよ」
え…?
タイミングを見計らってか、店員が 試奏してみますか? と声をかけてきた。
ヒナタはキラキラとした目で僕を見つめる。
この美しいギターに囲まれた中で、花ちゃんの面影に囲まれながら、アコースティックを奏でる。
それに、何か意味を見出すことができるような気がした。
ここで、この想いとは、決別しよう。
今が絶好のチャンスではないか。
この、僕にまとわりつく後悔やらなんやらの念を今、脱ぎ捨てる時だ。
毒を持って毒を制す。
少し躊躇して、思い切って店員さんに伝えた。
「じゃあ、このギター、弾いてみてもいいですか?」
はい、かしこまりました。と、店員さんは安心するような微笑みとともに、そのアコースティックギターを壁から取り外した。
YAMAHAのアコースティックギター。
花ちゃんが弾いていた、型。
鏡に映ったその姿に、花ちゃんが、重なる。
ごめんね–––。
たくさんの思いを指先に集め、僕は、メロディーを奏でた。
ハートクラッシャー 三石 警太 @3214keita
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