第103話 JK、禁忌を侵す

 蘇生魔法、復活の呪文、輪廻転生……

 地球にいた頃は、よく聞くワードだった。


 魔法が当たり前に存在するこの世界では、逆にありえないことなんだと、アルフレッドさんは言っていた。

 魔法では治せない傷があって、取り戻せないものがある。


 でもユーリィさんは真剣だった。


「アル先輩はやっぱり天才です、流石、このユーリィ・カレラが世界でたった一人尊敬する魔法使いですっ! だって、あの一瞬で奇跡を起こしたんですからっ」


 フレデリカさんにアルフレッドさんを任せ、ユーリィさんはわたしとシズカさんを連れて、例の街――『死の世界アンダーワールド』へと飛び込んだ。

 触れただけで肉体が分解される危険地帯、そのギリギリの境目まで進むのだという。


 薄汚れて草が茂る石畳の道を、三人で駆けていく。


「あの、ユーリィさん、どういうことですか? 魔法は技術であって奇跡じゃないって、前にアルフレッドさんが」

「奇跡のような神業ってことですよっ! つまり、あの魔法は、アル先輩自身・・・・・・なんですっ」


 わたしとシズカさんは、思わず顔を見合わせた。

 ユーリィさんは何を言ってるんだろう?


「ああもう、えっと、チキュウにも、ゴーストとか幽霊とか残留思念って概念はありますよね? 普通、そういうものが発生するにはかなり難しい条件をクリアする必要があるんです。本人の強い意志はもちろん、霊素濃度の高い空間とか星の運行とか、諸々……すべてが満たされても、まもなく消えてしまうものがほとんどで、形を取ったり自我を保ち続けるのはごく僅かで」


 そっか、流石は異世界。

 幽霊とかゾンビとか吸血鬼とか、そういうアンデッド系は実在するんだ。


「なるほど。要するに、あのメッセージは、パパの残留思念――バックアップだったんですね」

「大まかに言えば! 読み取れる単語は一つだけですが、あの複雑な構成にはアル先輩の精神そのものが描かれているはずなんです」


 人間の意思自体を構築するなんて、そんな魔法はこれまでに見たことがない、もっと言えば発動後もループし続けているところも見逃せない、もしかしてドミニクが三年前に作ったトラップ構成を逆に利用したんでしょうか、流石はアル先輩、また新しい歴史のページを開きましたね、ユーリィは先輩のそういうところに憧れて、そういえばユーリィが初めてアル先輩と出会ったときも――


 みるみる自分だけの世界に入り込んでいくユーリィさんを、シズカさんはまるで宇宙人に遭遇したかのような表情で見ていた。


 ……わたしも、出会ってすぐの頃は、こんな顔をしていたんだろうな。


「あの、ユーリィさんは、こういう人なんです。すごく頭が良くて優しい人なんですけど……アルフレッドさんが絡むと、人が変わるというか」

「……この人、パパの何なの?」


 えっ。

 ……なんて鋭い質問。


「えっと……職場の後輩、だそうです」

「ただの後輩って熱量じゃないけど……あ、でも、じゃあこの人も宮廷魔法士なんだ。なら納得」


 その納得の仕方は、色んな方面に失礼な気がする……


 というか、その前にわたしも聞きたいことがあるんですけど、


「あの……シズカさんは、アルフレッドさんと……あの、アレですか? パパ活? 的な? ことを?」

「ハァ!? ちっ、ちちちちち、違いますううううううううううううぅぅぅぅっ!!」


 ものすごく大きな声だった。

 アルフレッドさんの思い出話に没頭してたユーリィさんが、思わず我に返るほど。


「アタシは! パパ――師匠! アルフレッド師匠の弟子! 天恵ギフトの使い方を教えてもらっただけで!」

「……それだけで三十代男性をパパって呼びます? 思春期真っ只中の女子が?」


 珍しく冷静なユーリィさんの指摘。

 あ、そういえば、ユーリィさんはわたし達よりちょっと歳上なんだった。


「ユーリィ、十七歳の頃はオトコなんて全員動く標的だと思ってましたよ? ホラ、射撃魔法の練習場にあるヤツです。あ、もちろんアル先輩は別でしたけど」


 ホラ、って言われても……ハワイの射撃場にある的みたいなの?

 ていうかユーリィさんの思春期、闇が深いんですけど……


「て、ていうか、チヅルちゃんこそ、パパとどういう関係なの!?」

「わたしは……叔母がアルフレッドさんと結婚してて、要するに義理の姪、ってことなんですけど」


 口に出してみて気付いたけど、義理の姪ってすごく遠縁な気がする。

 というか、ほぼ他人だ。


「チヅルさんってば、なんとアル先輩とひとつ屋根の下で暮らしてるんですよ! ル・シエラさんにはかわいがられてるし、娘のカレンちゃんには母親チトセかなってぐらいに懐かれてて! 目下、ユーリィにとっては最大のライバルと言ってもいい存在ですねっ」


 えっ、ユーリィさん、わたしのことそんな風に思ってたんですか!?

 ちょっとショック。


「……え、じゃあ、つまりチヅルちゃんは……アタシのママなの?」


 どうしたのシズカさん、何を言い出したの?


「ち、違うよシズカさん、別にわたしカレンちゃんのお母さんじゃないし、アルフレッドさんのお嫁さんじゃないし、ていうかわたし達、同い年ぐらいだよね?」

「そういうことじゃないの、もっとこう、概念としてのママ」


 本気で何言ってるの?


「――あ、止まって、ユーリィさん、チヅルちゃん」


 打って変わって、真剣モードのシズカさん。

 黒革の眼帯で左目を隠しながら、


「ここから先は、もう、例のエリア」


 地面に線が引かれている訳じゃない。見える景色は今までと変わらない、石造りの街並みなのに。


 それでも、何かが違った。

 見えない嵐が荒れ狂っているような。透明な炎が燃え盛っているような。


 ――こめかみの辺りが、刺すように痛む。


「これが――事故で分解された人達の、霊素エーテル、なんですね」

「はい。この街に住んでいた多くの人、動物や植物、その他の生命が混ざりあった、超高濃度霊素エーテル――正しくは、未だに暴走を続ける不完全な霊素再構築エーテル・リコンストラクションです」


 この巨大な気配の中に、チトセおばさんがいる。


(ううん、違う……チトセおばさんだった、霊素エーテル


 もう二度と、元には戻らないもの。


 それを知ったアルフレッドさんは、一体どんな気持ちだっただろう。

 ようやく見つけた小さな希望が、あっけなく潰えたとき。


(分かってる、理解してる、ダメでもともとだから……出立前から、そんな風に言ってたけど)


 辛くないわけがない。悲しくないわけがない。


 やっぱり、最初から一緒に行けばよかった。

 そうすれば、そばにいてあげられたのに。


 怒りも悲しみも、二人で受け止められたのに。


(こんなことになる前に、アルフレッドさんを止められたかもしれない)


 ……ダメだ、今はそんなことを考えている場合じゃない。


(今できることをやらなきゃ。ユーリィさんや、フレデリカさんみたいに)


 わたしも強くなる。

 二人みたいに、アルフレッドさん達のそばにいられるように。


「いいですか、チヅルさん。やることはシンプルです。あなたの【奪う左手トゥ・ハンド】で、ここにある超高濃度霊素エーテルをありったけ吸収してください」


 普通ならそんなことはできない。

 一度構成を得て魔法になった霊素エーテルは、その効果が切れるまで霊素エーテルとしての性質を失う。

 他の魔法使いによる制御は、原則として受け付けない。


 でも、わたしの天恵ギフトは例外だ。

 毒の霧だろうと、燃え盛る火の玉だろうと、動いているゴーレムだろうと。

 すべての魔法を強制的に霊素エーテルへ還元して、体内に取り込むことができる。


(わたしの身体が、耐えられる限り)


 初めは、回復魔法すらかけてもらえないハズレスキルだと思ってた。

 でも、まさかこんな風に役立つときが来るなんて。


「集めた大量の霊素エーテルで、ユーリィと一緒に“グレイル”を造りましょう」


 この世界では、人が死んだときに体内から霊素エーテルが流出する。

 “グレイル”というのは、その、死とともに抜け出してしまう大量の霊素エーテルのことらしい。


 魂を入れる容器、という意味で、古代の魔法使いが名付けたんだとか。

 それ以外にも、ユーリィさんはものすごい早口で細かい説明をしてくれたけれど、ちょっとよく分からなかった。ごめんなさい。


「出来上がった“グレイル”を、フレデリカさんの移植魔法でアル先輩の体内に戻すんです。そうすれば、あの残留思念魔法を肉体に定着させられますっ」


 言い切ってから。

 珍しく、ユーリィさんは顔を曇らせた。


「……多分。きっと」


 そうだ。

 アルフレッドさんが言っていた通り、有史以来、死者の蘇生に成功した例はどこにもない。


 ユーリィさんが考えてくれたプランだって、うまく行く保証はない。


(そんな小さな可能性のために――)


 この街の人々の亡骸――超高濃度霊素エーテルを奪ってしまっていいのか?


 もう二度と元には戻らないとしても、確かに残るあの日の記憶を。

 消し去ってしまっても、いいのか?


(……いいよね。チトセおばさん)


 過去よりも、後悔よりも、思い出よりも。

 わたしはアルフレッドさんと一緒にいる未来を選ぶ。


 例えそれが、どんなに自分勝手な選択だとしても。

 正しくなくても、間違っていても。


(わたしは――選ぶんだ)


 自分自身のために。

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