第68話 おじさん、再婚を迫られる

「そこまで理解してるなら……ショーン。僕が、君に許可を出すと思った?」

「そ、れ、は……」

「万が一、僕が許可を出したとして――それを武器にダンスに誘って、チヅルさんが喜んで君と踊ってくれると思う? どうかな?」


 僕としては、極めて冷静に、出来る限り分かりやすく、論理的に、倫理的に、紳士的かつ良心的に説明したつもりだったんだけど。


 ……いつの間にかショーンはすっかり青ざめて――例えるなら手術台に乗せられる直前の被験者みたいになっていて。


「先生! アル先生! 落ち着いて、先生! 顔! その顔マジで怖いから、ショーン完全に泣いてるから!」

「すすすすすすす、すいません、先生、あの、本当に申し訳ありませんでしたあああああっ!」


 ええええ、ごめん、ショーン!

 そこまで怖がらせたつもりは――ああごめん、やめて、土下座はやめて、それは困るから!


「なんじゃ、どうしたんじゃ、ショーン坊の奴は? 宿題でも忘れたんか?」

「いえね、ボブじいさん、あのね、あたし聞こえちゃったんだけど、ショーンったら、アル先生に『チヅル嬢ちゃんをダンスに誘いたい』なんて、言ったらしいのよ」

「あちゃー、そりゃいかんじゃろう。アル先生の嫁じゃろ?」

「違うわよボブじいさん! あの子はアル先生の――その、若い頃にできた娘さん、でしょ?」

「そうじゃったか? まあアル先生は親バカが過ぎるからのう。見てみい、あの顔。昔、ワシの首を落とそうとした死刑執行人にそっくりじゃい」


 ああ、またなんか嫌な噂をされている……そんなヒドい顔してるかな、僕?


「おい、どうやらショーンの奴がやられたみたいだゼ」

「仕方ない、奴は我々の中でも一番優しくて、気が利いて、顔が良くて、実家が太くて……」

「ダメじゃん! スペック最強のショーンが落ちたら、ボクら希望ゼロじゃん!」

「馬鹿、希望を捨てるな! おいテリー、次お前行ってこいよ!」

「なんで俺なんだよ、ジャックが行けよ!」

「嫌に決まってます……あの顔をしたアル先生に論破されたら、半年は夢でうなされますよ絶対……!」


 遠くで男子生徒達が盛り上がってるのも聞こえた。

 うちの生徒で、マイク、ダニエル、スヴェン、テリー、ハーヴェイ。

 君達も……顔は憶えたからね。


「アル先生、ホント、あの、落ち着いてって。完全に人殺しの目だから」

「ああ、いや、うん、ごめん。その、怖がらせるつもりはなかったんだ、二人とも」

「すみませんすみませんもう言いません本当にすみません……」


 完全にやらかしてしまった。


 そもそも、チヅルさんが誰かにダンスを申し込まれたとしても、僕に口を出す権利はないんだ。


 チヅルさんはもう十七歳。一人前の女性だ。

 土地によっては結婚していてもおかしくない年頃だし、チキュウで暮らしていた頃に恋人の一人や二人いたっておかしくない。


(一応僕がこの世界での保護者とはいえ……こういうのは、余計なお世話だよな)


 大体、僕とチトセが出会ったのも十七歳の頃だ。ショーン達にアレコレ言う権利も無い。


 とかなんとか、自戒しているうちに。


「あの……いいですか、アルフレッド先生?」

「ああもう、あのね、チヅルさんと踊りたいんだったら、本人と――って、あれ?」


 声をかけてきたのは、アガタ司祭だった。

 村の教会に務める妙齢の女性司祭。

 今回の星祭スターフェスでは僕のサポートを務めてくれた。温厚で我慢強く、気配り上手な素晴らしい人。


 ……もしかして彼女も、チヅルさんと踊りたいのか?


「すみません、アガタ司祭。ええとですね、チヅルさんはあっちのテーブルにいたと思うので、ダンスの件ならぜひ本人と話を」

「違いますよ、アルフレッド先生。チヅルさん目当ての子達は、もうホールの隅で反省会開いてます」


 口元に手を当てる上品な仕草で、アガタ司祭が笑みを漏らす。


「……え、じゃあ、どうしました?」

「これ。受け取っていただけます?」


 差し出されたのは、例の星がついたペンダント。


 ……つまり、アガタ司祭は……


「だ、ダンス? 申し込み? ぼ、僕に? えっ、僕ですか?」

「はい。ル・シエラさんからお譲りいただいたので、これは良い機会だと思いまして」


 お譲り?


「って、何をです?」

「このペンダントを」

「どこで?」

「あちらで」


 アガタ司祭が指差した先にいたのは。


「えっ、ホントなの、ル・シエラさん? これ、アルフレッド先生に渡していいの?」

「あなたなら許可します、メリッサ。カレンちゃんもあなたのことは気に入っていますからね。順番は守るのですよ」


 ジャラジャラと腕に下げたたくさんのペンダントを配るル・シエラと。

 何故か彼女の前に列を成す村の女性達だった。


「ちょ、な、えーっ!? 何してんのル・シエラ!」

「見ての通りですが」

「見て分かんない――いや分かるけど、分かった上で意図が分からないから訊いてるんだよっ!」


 何年かぶりで大きな声を出すと、息が上がる。

 ぜえぜえ言う僕を、まるで他人事のように見つめるル・シエラ。


「……いいですか? 今宵は星祭スターフェス、つまり妖精われわれの暦で言うところの天体合コンニュクティオでしょう。つがい・・・となる相手を見つけるには最適な夜。今夜こそ、アルちゃんの新しい伴侶を見つけるべきです」

「うん、ああ、そうだね、天体合コンニュクティオだね、そうだけど! 僕達人間の風習では、こういうのは当人同士の意志を大事にすべきで」


 僕は必死に訴えるが、ル・シエラは眉一つ動かさない。


「いいではないですか、村の女達も喜んでいるのですし」

「いや、僕は? 僕の意志は?」

「……なんですって?」


 いや違う。

 これは――


「そもそも、あれから三年も経つのにいつまでも新しいパートナーを掴まえようともせず、自分で身の回りのことをこなすスキルも身に付けず、自身とカレンちゃんのお世話さえわたくしにさせてきたのは一体誰ですか? そろそろ少しぐらいわたくしの意見に耳を傾けてもよいのではないですか? 大体アルちゃんはこの祭の準備期間、家事はもちろんカレンちゃんの世話もせず、忙しい忙しいなどと自分勝手なことばかり言って――」

 

 これは完全に怒っている時の顔だ。

 昔、僕が七日間徹夜して王立病院に運び込まれた時と同じ眼差し。


 ――ものすごい正論を雪崩のように叩き込まれて、僕は完全に平伏するしかない。


(さっきの生徒達の気持ちが分かった気がする……ごめん)


 そう、正しさとは時に刃になるのだ。

 確か吟遊詩人アーラデンシアも言ってた。うん。多分。


「――という訳です。分かりましたね、アルちゃん」

「いや……言いたいことは分かったけど、ダンスパートナーの斡旋はちょっと違わない?」

「あら。こういうもってまわった面倒くさい習慣にでもかこつけないと、アルちゃんみたいな鈍感おじさんはいつまで経っても動かない、と聞きましたが」


 誰だ、ル・シエラにそんな偏った意見を吹き込んだのは。


 ……いや、考えるまでもないか。

 この状況で明らかに得をしている人間が、一人いる。


「それ、雑貨屋のアインが言ってたの?」

「ええ、そうです」


 よし。アインとは後でゆっくり話をしよう。

 どうせル・シエラが買いつけた大量のペンダントの代金は、我が家の財布から出ているのだろうし。


 取り急ぎ僕は、もう一度ル・シエラに頭を下げた。


「ル・シエラ。家のこと、押し付けてすまなかった。いつもありがとう。パートナーのことは……また後で、ちゃんと話をさせてほしい」

「ふむ。アルちゃんが前向きに考えると言うなら、わたくしは構いませんよ」


 前向きに考える、とは言ってないけど……今はそれで良しとしよう。


 こんなバカ騒ぎを続けていると、厄介な酔っ払い達――具体的にはマリーアン様の親衛隊とか――が集まってくる恐れがある。

 そうなったら収拾がつかなくなるし、せっかくの星祭スターフェスの余韻も台無しだ。


 僕は深くため息をつくと、


「皆さん、お騒がせしてすみません。パーティを続けてください。受け取ったペンダントは皆さんのご自由にしていただいて構わないので。じゃあ僕は見回りに戻りますね――」

「チョット待っター! ソウは問屋が卸さないゾ、アルフレッド!」


 酒場のホールに鳴り響いた声は――今の僕が一番聞きたくなかったもの、というか。

 正直、予想外過ぎて、咄嗟に反応できなかった。

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