第67話 おじさん、青春模様に巻き込まれる
夏の訪れを祝う
大盛況だったお祭りの打ち上げは、当然さらに賑やかで。
遅れてやってきたマリーアン様がふんだんに差し入れをしてくれたのもあって、会場となった冒険者ギルドの酒場は人で溢れかえった。
「皆のもの。今年も素晴らしい祭を執り行ってくれたことに、領主として感謝する。太母の恩寵たる太陽の季節を享受し、夜空を見守る気高き二柱の女神に盃を捧げよう。……さあ、今宵は我の奢りだ! 思う存分飲み食らい、夏を祝おうぞ!」
村の住民と、運営を手伝ってくれた冒険者のみんなと、マリーアン様のお付きの人達――もちろんソフィさん以外の親衛隊も来てくれた――で乾杯したあとは、もう無礼講。
とはいえ一応、僕は教師だ。
こんな夜は村の子供達も、うっかりハメを外し過ぎそうになる。
楽しむのもほどほどに、子供達がやりすぎないか見守ってあげないと。
「あーっ、アル先生、見ーつけたっ」
「やあ、サリッサ。お祭りは楽しめたかい?」
サリッサ――酒場の給仕係メリッサの妹で、僕の教え子でもある――は、僕を見つけるなりスキップしながらやってきた。
相変わらず陽気だね……というかアルコール飲んでないよね?
今日は内輪じゃないから、先生も大目に見ないよ?
「めっちゃ楽しかったよーっ! アリアがハーランと回りたいっていうからさー、デリックとシェラとカイネでいい感じにバラけて、それから、二人をこっそり尾行してさー」
「……楽しいの、それ?」
「えっ、ホラ、言うでしょ? 『ひとの恋路は蜜の味』って。えーと吟遊詩人アーラデンシアのなんかの詩集のどっかのページに書いてあったよ」
……世界中で浮名を流し、公爵夫人と『真実の恋』に落ちて断頭台にかけられた伝説の吟遊詩人の名言を引用されると、教師としては返答に困る。
作品は素晴らしいんだよ。作品はね。
「てかさ、そんな他人事みたいな顔してるけど、アル先生なんてもう蜜ベッタベタじゃない? カブトムシもびっくりするレベルでしょ」
「僕が? なんで?」
三十路子持ちの未亡人おじさんを尾行したって、十代の若者みたいに甘酸っぱいエピソードは出てこないと思うけど……
「いやいやいや、オトナにはオトナの恋があるでしょー、すっごいただれた感じで、人間関係入り組んだゴッテゴテのやつ。人妻とか? 行きずりとか? アタシ、そういうのも好きだよ!」
無いよ。全然無いから。
……いやホント、キラキラした目で見ても何も出てこないから。
「じゃあアル先生、この後の
「舞踏会? ああ、あったね、そんなイベント」
舞踏会と言うと、大げさに聞こえるけれど。
打ち上げの終わりに酒場のホールでみんなで楽しく踊りましょう、っていうだけのイベントだ。
領主――マリーアン様が連れてきた楽団の演奏は、聴くだけでも十分な勝ちがある。
ただ、若者にとっては――大人とは違う意味のあるイベントだ。
音楽が始まったら、若者は気になる人に星型のアクセサリーを渡して、ダンスを申し込むことができる。
了承が取れれば――女神アンナスルと人間アーティルよろしく、カップル成立。
取れなければ、まあ……すごく悲しい。
さらに意中の相手が他の人とダンスを始めたりしたら、多分フラれた子はしばらく学校に来ない。
うん。現場を見たら僕も何も言えない。
このように、若い男女にとってはドキドキの時間なのだ。
当然、僕みたいな男やもめには関係ない。
「えー、先生、それ本気? じゃあ、メリッサお姉ちゃんとかどうよ? ああ見えて気が利くしスタイルいいし顔も悪くないし……まあ確かに、おっぱいはチヅルちゃんにもエレナさんにも勝てないと思うけど」
「いやいや、あの、というかそれ、メリッサに失礼だからね」
どうして若者はすぐ、そういう話をしたがるのか。
そもそもサリッサだって「自分には関係ない」みたいな顔してるけど……
「さっきから、チラチラ視線を感じるよ。誰かが君のことを見てるんじゃない、サリッサ?」
「え? アタシ? やだなー、そんな訳ないでしょー。そういうキャラじゃないもん」
そう言って、サリッサは呑気に笑う。
でも、ホールの向こうにいるデリックは、明らかにこっちを気にしてるよ。
なんか、僕にウインクで訴えかけてきてるし。
(……サリッサは『アリアとハーランをくっつけるために分かれて行動した』って言ってたけど、実はデリックがサリッサと一緒に祭りを回るための口実だったんじゃ?)
……それは言わぬが花か。
そもそも教師に、そんなこと口出しされたくないだろう。
とりあえず、どうやってサリッサをデリックのもとに行かせるかを考えていると。
「すみません、アル先生。今、いいですか!」
「やあ、ショーン。楽しんでる?」
ひどく緊張した様子で、ショーン――ロバート牧場の末っ子、つまり現牧場長のロバートと、ティーハウスのミナの弟で、そばかすを気にしている十七歳の少年――がやってきた。
手にはしっかりと、星の飾りがついたペンダント――雑貨屋アインが、この時期だけ売っているペンダントを握りしめている。
「あの、アル先生。ご相談があって、その……」
「質問される前に答えておくと、【
実を言うと、その昔【
もしかしたらフレイアが実用化してたりするかな。
今度手紙でも送ってみるか。
「違うんです! その。アル先生に
「お許し? 僕に?」
お酒はダメだからね、ホントに。
「その! ……チ、チヅルさん、ダンスを申し込みたいんです」
その瞬間。
僕の脳裏には、二つの意見が同時に浮かび上がった。
一つ。なんで僕に訊くの? 本人に訊きなよ。
二つ。ダメに決まってるでしょ、当たり前じゃないか。
(いや、え、あれ? ちょっと待て……どういうことだ?)
混乱する脳を整理する。
つまり、ええと。
(ショーンは、チヅルさんのことを好ましく思っていて、できれば交際したいと思ってる)
学校の生徒達がチヅルさんのことを気にしているのは知っている。
確かに彼女は目立つだろう。
この村では珍しい東方系の神秘的な容貌は言うまでもなく、理知的で控えめな立ち振舞、カレンの保護者としての大人びた物言い、などなど。
学校で顔を合わせることがない分、生徒達の想像力を掻き立てているんだろう。
(まあそれはいい。それは分かる)
問題は二つ。
まず、どうして僕の許可を得る必要がある?
「えっ……そ、その。それは。チヅルさんは……アル先生のご親戚で、今は先生が保護者をされていると伺ったのでっ」
「ああ、うん、そうか。なるほど」
僕は保護者。
親代わり。
なら、もう一つの問題にも答えが出る。
……かわいい娘を「ください」と言われて「喜んで」と即答できる父親がどこにいる?
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