第69話 おじさん、敵前逃亡を図る

「会いたかったゾ! アルフレッドーッ!」


 そう叫びながら、僕に飛びかかってきたのは。


「えっ、うわ、ちょ――デズデラ!? なんでここに!?」


 褐色の肌と尖った耳、そして白銀の髪を持つ麗しのダークエルフ――デズデラだった。

 背後から絡みついてきた彼女は、その豊満な身体と頬をぐりぐりとこすりつけながら、


「そうそう、このザラザラした無精ヒゲ! クシャクシャの赤毛! もーたまらん! たまらんゾ、アルフレッド!」

「やめ、コラ、デズデラ! やめなさ――ダメだって言って」

「アルから離れろバカ。殺すぞ」


 容赦ない宣告とともに、エレナはデズデラの襟首を掴んだ。

 猫のようにぶらさげられても、デズデラはご機嫌だった。


「オー! 久しぶりだナ、エレナ! 相変わらずデッカイナ! また身長伸びたカ? ン?」

「黙れ、場をわきまえろデズデラ。ここはお前みたいな恥知らずが騒いでいいところじゃない」


 エレナは冷たく言い放つが。

 デズデラはするりとエレナの手から逃れると、楽しそうに周囲を見渡す。


「なんでダ! 今夜は天体合コンニュクティオだゾ? 女神ムール・ムースの両手が繋がれたのダカラ、子作りには最適な夜ダ! だからニンゲンも祭を開いてるんダロ?」

「……ガキどもの前で、もう一度――その、そういうワードを口に出したら、首をへし折るぞ」


 急に赤面するエレナ。


 もう慣れなよ。

 エルフやフェアリーの、性に対する価値観は人間とは違うんだってば。


「オイ、アル……デズデラに胸を押し付けられてデレデレしてた癖に、偉そうな口を聞くじゃないか」

「デレデレなんてしてないよ! ……あれ、してなかったよね、ル・シエラ?」


 エレナの冷たい眼差しに、僕は思わずル・シエラに助けを求めてしまったが。

 彼女はデズデラから視線を外そうとしなかった。


「その肌の色、南方のカシュー・レダ・ドルブラ・エデットの出ですね。エルフがこんな人里に出てくるとは珍しい」

「オヤ? オマエはシルキーなのカ? どうシテ、シルキーがニンゲンの繁殖に首を突っ込んでル? フィールドのキープはいいのカ?」

「答える必要はありません。それよりあなた、アルちゃんに興味があるのですか?」


 デズデラは百点満点の笑顔で、


「ある! スッッッッッゴイあるゾ! こんなバカみたいに強い魔法使い、ホームでも見たことナイからナ! ぜひワタシのベビーの父親になって欲しイ!」

「アルちゃんの能力を見抜くとは、なかなか見どころがありますね。これをあげましょう」

「オ! なんだコレ! 勲章?」


 ル・シエラは頷き、デズデラに例のペンダントを渡した。


 なにそれ、渡す基準が適当すぎない?


「やめろ悪霊! お前、何を考えてる? この上半身が下半身で出来てる色ボケエルフがカレンの母親になったら、カレンのモラルにどんな悪影響が出るか!」

「上半身が筋肉で出来ている魔獣よりはマシです」

「普通の人間は全身が筋肉で出来てるんだよ、この妖精め!」


 今度はル・シエラに突っかかり始めるエレナ。

 ああああ、結局騒ぎが大きくなっていく……


「あのー……アルフレッド先生? それで、私とは踊っていただけますか?」

「アガタ司祭の次は私よね、アル先生!」

「あ、じゃあ、メリッサさんの次は自分お願いしますっ」


 アガタ司祭、酒場の給仕係のメリッサに、冒険者ギルドの受付のグロリアまで。

 というかル・シエラ、一体何人に渡したの!?


「さあ。三人までは数えていましたが」

「大雑把すぎるよ! というか、どんな基準で渡してるの!?」

「片手でリンゴを握り潰さず、剣一本でドラゴンを殺せず、何でも暴力で解決しようとしない女性ならば許しました」

「全部あたしのことじゃないか、性悪モンスターッ!」


 うん、まあ、あの……別にリンゴは潰せてもいいんじゃない?


「えっ……い、いいのか?」

「いくらエレナでも、まさかダンスパートナーの手を握りつぶしたりはしないでしょ?」

「……あたしだって、緊張ぐらいするぞ」


 えっ、ごめん。


 ……ちょっと考えさせて?


「はいっ★ 今こそユーリィ・カレラの出番ですねっ! この細腕を見てください! スプーンより重いものは持てませんよっ」

「あら、忘れていました。では受け取りなさい、ユーリィ。宮廷魔法士は社会的地位と経済的安定が見込めますからね」


 うわあ、来てほしくなかった人がもう一人来た。


 というかユーリィ、君はその……なんか昼間はすごく真剣な話をしてたじゃないか!

 こんなバカみたいな騒ぎに混ざってていいの!?


「バカとはなんだ、バカとは。ガキどもにとっては真剣な場だろ」

「なんで子供サイドに立ってるんだよ、エレナは!」

「チョットぐらいバカになった方が子作りは楽しいゾ! ニンゲンのオトコは赤ちゃんプレイっていうのが好きなんダロ?」

「今してるのはダンスの話! プレイの話はその次!」

「先輩、ユーリィは受け攻めどっちもいけますよっ★」

「その情報は求めてないから!」


 頭を抱える僕を尻目に、ル・シエラは無造作にペンダントを配り続けていく。


「ふむ。では我も参加して良いのかな? ル・シエラ」

「歓迎しましょう、マリーアン伯爵。貴族の地位は大きな加点です」

「この親衛隊長フランソワーズ・デュシャンもお忘れなく」

「お前はリンゴ潰せるだろッ、フランソワーズ! しれっと混ざろうとするな!」

 

 最悪だ。

 とうとう三度の飯より悪ノリが好きなマリーアン様と親衛隊に気付かれてしまった。


 きっと今夜のダンスパーティはめちゃくちゃになる――僕は、彼女達に散々もてあそばれた挙げ句、村の人達や生徒達から半年間からかわれ続けるだろう。


(……よし。逃げよう。今すぐ)


 決意とともに、僕は威力を弱めた【風弾ウインド・ブラスト】を放った。

 酒場のステージにセッティングしてあったドラムに向けて。


「――なんだ!? 敵襲かッ」


 腹の底まで痺れるような重低音に、誰もが気を取られる。

 その隙に、僕は酒場を飛び出した。

 

「オイ誰だ、くだらないイタズラを……いや待て。アルの奴はどこに行った?」

「逃げたようだな。流石はアルフレッド先生、判断が早い」

「捜索隊を出しましょう、マリーアン様。このフランソワーズにお任せを」

「もー! エレナさん達がワーワー騒ぐから! アル先輩、目立つの苦手なのにっ」

「オマエが一番やかましいダロ、ちんちくりん!」

「……それ、今日聞いた中で一番面白いジョークだぞ、デズデラ」

 

 好き勝手に騒ぐ女性陣と、面白がって囃し立てる村の住民達の声を聞きながら。


 僕は、速やかに身を隠した。割と本気で。


 何故なら――彼女達は全力で追いかけてくるからだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カレン達が通う学校は、村の中心に立っている。

 理由は色々あるけど――一番の理由は、何かあったときに子供達を守るためだ。


 敷地の外周には、かなり背の高い木がいくつも生えている。

 上に登れば、村全体が見渡せるほど。


 そしてそのうちの一本に立てられたツリーハウスは、カレンと僕が作った秘密基地だ。

 秘密という割に、外から丸見えなんだけど……それは大したことじゃない。


「一、二、三、四……この数と速さ、マリーアン様の親衛隊まで駆り出されてるな……かわいそうに」


 秘密基地に逃げ込んだ僕は、夜の村を駆け回る松明やランプを数えながら、何とも言えない気持ちになった。

 酒場の方からは音楽が聞こえてくるから、星乙女の舞踏会スターリィ・ダンス自体は滞りなく進んでいるのだろう。


 ……こんな素敵な夜を、僕を追い回すことで浪費させられている親衛隊の面々を思うと、本当に申し訳なく思う。

 ただ、彼女達も以前から知ってたはずだ。

 自分達の主君マリーアン様が誰よりも悪戯心溢れる人だ、ってことを。


 問題は、この秘密基地の存在を誰がいつ思い出すか、だ。


(少なくともエレナとル・シエラは知ってる。突撃をかけられる前に次の場所へ移らないと……)


 他の隠れ家を真剣に検討しながら、自分がどれだけ馬鹿げたことをしているか、という本質的な問題を考えないように努める。


(別に、申し込んでくれた人全員と順番に踊ればいいじゃないか。ただダンスするだけ。深い意味なんて無い)


 冷静に考えれば、それが大人の対応だ。

 ダンスを申し込んだらカップル成立なんて、ティーンの子達が盛り上がるためのルールに過ぎない。


 でも、それは、なんか。


(……不誠実な気がして)


 彼女達は――少なくともル・シエラやユーリィ、それにデズデラは違う。

 ダンスには意味があると思ってる。


 彼女達が僕を大切に思ってくれてることは分かる。

 分かるけど……それをどう受け止めればいいのか、分からない。


 僕の中にはチトセがまだ、ずっと、たくさんいる。

 彼女の居場所を、誰かに明け渡すことなんて―― 


(ああもう、だから、それどころじゃないんだって!)


 村を彷徨っていた明かりの一つが、方向を変えた。

 こちらに向かってきている。誰かが気付いたのか。


 そろそろ潮時だ。

 僕はツリーハウスから、次に飛び移る先――学校の屋根を見据える。


「――ようやっと一人になりよったか。相変わらずの色男じゃなぁ、ほんに」


 危うく。

 着地と同時に、僕は屋根から滑り落ちるところだった。


「その声――えっ、な、いや……まさか」

「驚き過ぎじゃ、アホウ」


 声の主は、僕と同じく【飛翔フライト】の魔法を使って、音もなく学校の屋根に降り立った。


 男だ――がっしりとした体躯を炭色のローブに押し込み、短く刈り込んだ黒髪には白が混じっている。

 壮年という言葉がしっくり来るだろう。

 実際、目元には皺も刻まれていたが、それ以上に活力が満ちていた。


「……マスター・ヴィゴ?」

「久しぶりじゃのう。マスター・ストラヴェック」


 宮廷魔法士マーティン・ヴィゴ――“最古参の三賢人ザ・スリー・オールド”の一人にして、“最初の戦術魔法士ザ・ファースト・ウォーロック”。

 今も変わらず王立魔法研究所で研究に勤しんでいるはずの人物が、何故こんな辺境の片隅にいるのか。


「久々にオノレと話がしたくなったんじゃ。“世界最強の魔法使いオールマイティ”ドノ」


 彼が言うと、その渾名はいつも以上に皮肉めいて聞こえる。


 ……言わせてもらえば、本気で僕のことを最強なんて呼ぶ魔法使いは、ただ無知なだけだ。


(マーティン・ヴィゴこそ、僕が知る中で最も強い・・魔法使いだ)


 二十数年前――僕はまだ何も知らない子供だった――この王国と隣国の間で起きた大きな戦争。

 多くの魔法使いが命を散らした悲惨な戦を、彼は生き延びたのだ。


 本物の魔法使いの戦場を知り、それを征した男。

 マーティン・ヴィゴは、正真正銘の“世界最強の魔法使いシュプリーム・ウィザード”だ。

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