第65話 おじさん、見世物になる
「お集まりの紳士淑女の皆様、おまたせいたしましたっ! 今宵はマダム・カミラとともに、夢のようなひとときをお楽しみくださいっ!!」
拍手は万雷、歓声は夜空を引き裂かんばかり。
ステージの中央に立つマダム・カミラ――肉感的な脚を惜しげもなく晒した華やかな衣装をまとった貴婦人は、優美に頭を垂れる。
――それを合図に始まったサーカス団のショーは、噂に違わぬ夢と興奮、そして感動に満ちたひとときだった。
危険を顧みずに宙を飛び交う軽業師達の妙技、賢く愛らしい動物達の絶妙なパフォーマンス、差し込まれる道化師達のひょうきんな振る舞い。
その全てを――どういう訳か、僕達は舞台の袖から眺めていた。
(……いやホント、どうしてこんなことに……?)
僕は、自分の姿を――あの神々しき半裸衣装ではなく、色鮮やかでちょっと窮屈なパフォーマー用の衣装に着替えた自分自身を見下ろして、深い溜息をついた。
「火の輪くぐりが終わったら、次、
「はーいっ」
進行係のメロインに、元気よく返事したのはカレン――じゃない、今は天才覆面美少女ジャグラーの
そして僕は
――少し話を戻すと。
「フルネラリさんの代わりに、僕とカレンがジャグリングを!?」
「ホンットごめん、アルちゃんセンセー! でもこれすっごいピンチなの!」
マダム・カミラがものすごい平身低頭で手を合わせる。
彼女の足元では、フルネラリさん――本来ステージに立つはずだったジャグラーが、打ち上げられたタコみたいなポーズで酔いつぶれていた。
そしてフルネラリさんをここまで運んできたエレナ――大酒飲み大会の決勝戦でフルネラリさんを酔い潰した張本人は、申し訳無さそうに頭を掻く。
「いや、すまん。コイツ――フルネラリ? なかなかの飲みっぷりだったんでな。あたしも負ける訳には行かんと思って」
「……ああ、まあ、うん、その、勝負だからね……」
これも運命の悪戯と言うべきなのか。
「身内の不始末をよその方に押し付けるのは本当に心苦しいんだけど、このおバカなフルネラリのジャグリングを楽しみにしてるお客様もたくさんいて――このマダム・カミラの名にかけて、借りは必ず返すから! このカミラ一生のお願いだよ、センセー!」
一生のお願いって、子供じゃないんだから……とは思うものの、マダムは至って本気のようだった。
放っておいたら土下座も厭わない勢いだ。
(まあエレナがフルネラリさんを潰したんだから、こちらも身内の不始末と言えば不始末なんだけど……)
躊躇う僕の手を引いたのは、やっぱりカレンだった。
キラキラとした目で、僕を見上げてくる。
「サーカスに出られるの? カレンとおとーさんが? ステージの上?」
僕はちらりと、チヅルさんを見やる。
彼女は――多分僕と同じような顔をしていた。
つまり。
カレンの期待に満ちた眼差しには、絶対に勝てないという諦めの表情。
(……カレンの『力』があれば、ジャグリングの真似ぐらい簡単だろう)
軌道が多少ズレるぐらいのミスは、僕の【
一番危険な、致命的な魔法の暴走も起きないだろう。
信じられないことだけど、カレンが見せた【
むしろ難しいのは、
あまりにも超人的な曲芸を披露すれば、こちらが魔法使いだとバレてしまう。
そうなればショーは興醒めだ。
一般の人々は、魔法使いが多少の奇跡を起こしたところで『それぐらいできて当たり前』と受け入れてしまうのだから。
(そうならないようにカレンをサポートするのが、僕の役目だ)
責任は重大だ。
昔、チトセのために手品めいた魔法を披露したのとは訳が違う。
ショーの成功、引いては
「……アルフレッドさん。顔、怖くなってますよ」
「あっ、そ、そうかな。でもホラ、覆面するし」
僕は頭に乗せていた仮面を下げた。
僕らの正体がバレないようにと、マダムが用意してくれたものだ。
僕の仮面は二つの月をあしらったデザインで、カレンのものには太陽が描かれている。
「緊張……してます、よね」
「流石に、カレンみたいなテンションでは挑めないかな」
カレンは袖から見えるステージに興奮しきりで、手を握っていなければ今すぐにでも舞台に飛び出してしまいそうだった。
「あの、ええと……その。チキュウには、運動会っていうイベントがあって」
え、ああ、うん、それはこっちにもあるけど。
と思ったけど、口には出さなかった。
チヅルさんは、何かを伝えようとしている。
「運動会には、必ず、親子でやる競技があるんです。二人三脚とか、玉転がしとか、そういう……二人一緒じゃなきゃ、できないこと。わたしの親はいつも忙しかったから、チトセおばさんが代わりに参加してくれて」
チヅルさんの手が、重なった。
僕とカレンがつないだ手に。
「わたしはそれがすっごく楽しくて、それは多分、チトセおばさんが一番楽しそうだったからで、だから、その……すごくいい思い出なんです、それが」
……そういえば、昔、チトセに言われたな。
(どうして研究の時はそんなに楽しそうなのに、他のことはしかめっ面なの? って)
あの頃の僕は、研究だけが楽しみで、それ以外のことは全部思い通りに行かない面倒事だと思ってた。
でもそれが間違いだと教えてくれたのは、チトセだった。
未知と不安しかない異世界での日々の中、彼女はいつでも楽しそうだった。
何故なら。
(何がどうあれ、自分のやりたいことを見つけて、手放さなければいい――研究と同じように)
そうだ。
どんな経緯だろうと、どんな責任がのしかかろうと。
カレンが一緒なら、楽しくない訳がない。
あの子がやりたいことに力を貸してあげられるなら。
「……ありがとう、チヅルさん。カレンにとっても、このステージをいい思い出にしてあげないとね」
「はいっ。がんばってくださいね!」
僕はチヅルさんに頷き返す。
カレンも嬉しそうに、ビシッと親指を立ててみせた。
「――出番ですよっ! ドルフ&レイカのお二人っ!」
進行係のメロインが出してくれた合図に従って。
僕とカレンは、ステージに飛び出す。
――全身を包む灯りと歓声。
それだけで酔いそうなほどの熱気が、僕らを出迎えてくれた。
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