第52話 女戦士、秘密兵器を持ち出す

「オウ。来たか、エレナ」

「忙しいとこに悪いな、ギドランズさん」

「失礼しますッ、それがし、オリガ・シギナと申しますッ――」


 何やら大音声で唱えるオリガを無視して、あたしはギドランズ&スティーブ工房に足を踏み入れた。

 いつも地獄のように暑いが、夏の最中に訪れるとより一層暑いな。


「ホラ、鍵じゃ。こんな物騒なモン、二度と引っ張り出さんで済めばいいと思ってたんじゃがな」

「あたしもだよ」


 ギドランズさんが放った鍵を受け取る。

 ギドランズ&スティーブ工房の一番奥にある、最も頑丈な金庫室の扉を開ける鍵。


 元は売上金やら何やらを保管する真っ当な金庫室だったのだが、あたしがS級ライセンスを放棄してこの村に戻ってきた時に、スペースの一部を買い取ったのだ。

 当時のあたしが使っていた武器や防具を保管し、定期的にメンテナンスをしてもらうために。


「オリガ、挨拶はもういい。暇じゃないんだぞ」

「は、はいッ、”剣聖ソードマスター”殿ッ」


 小走りのオリガを従えて、重い扉を押し開く。

 鼻先を漂う、かすかな埃の匂い。


「……ここに、”剣聖ソードマスター”殿が愛用していた品々があるのですね」

「愛用って言うのは大袈裟だな。一級品だが、所詮は道具だ」


 手入れは大切だが、執着すれば剣が鈍る。

 今まで何本の剣を使い捨てたか、あたしはもう数えられない。多分、朝食に食べたパンの数より多いはずだ。


 逆に言えば、ここに置いてあるのは、あたしが雑に扱っても壊れない程度には頑丈で、よそでは見かけない程度にはクオリティが高い逸品だということだ。


「これは……す、素晴らしいッ! 素晴らしいコレクションですよ”剣聖ソードマスター”殿ッ! こちらの剣は名剣士ブラックのもの! こちらの鎧はドワーフ達の秘境で鍛えられた品では!?」


 オリガの口から、湯水の如く出てくる武器知識。

 こういうところはユーリィの友達って感じだな。偏愛気質というか、愛情が過剰なんだよ。


「ブラックの剣は、どこかのダンジョンに転がってた死体のやつだ。ドワーフ製の鎧は、ワイバーンに襲われてたドワーフの一団をたまたま助けた時に譲ってもらった。あとそっちの盾は隣の国の魔法具職人に仕立ててもらったヤツで……あー、まあいい。思い出話はまた今度な」


 あたしは壁の架台に並べた刀身――保管用に全ての拵えを外してある――を示す。


「道具は自分の身体に馴染むもので、一番上等なヤツを選べ。腕が未熟だとかは関係ない。良いものを使った方が安全だし、上達も早い」


 そもそもの話、腕を上げる前に死んでしまっては元も子もない。

 なまくらを敵の身体から引き抜けなかったせいで死にました、なんて笑い話にもならないからな。


「はッ……えッ、こ、こんな逸品から、それがしが選んで……よいのですか?」

「選んだら試し斬りに行くからな」


 あたしはソフィが持ってきた戦力予測を思い出しながら、装備を選んでいく。


(ミスリル製武具の取引記録から推測するに、敵の数はおよそ百。その人数なら一割はA級。魔法使いは五名というところか。もう立派な騎士団だな)


 主戦場は村から離れた街道沿いの砦。

 不審なキャラバンを発見次第、砦を閉鎖して囲い込む作戦だ。

 街道を通る民間人は速やかに避難してもらう。


(つまり……今回は、遠慮しなくていいってことだ)


 以前のように誰かの家を守る必要もなければ、貴族様の居城に気を使う必要もない。

 何より今回は、相手の生死を慮らなくてもいい。

 どうせ、あのお人好しアルフレッドは村で留守番だ。


 いや、別に殺しが好きな訳ではないが……殺す気でかかってくる相手に手加減するのは失礼というものだ。ついでに言うと、手間もかかって効率が落ちる。

 

「ソ、”剣聖ソードマスター”殿、それは……ッ」

「ああ、ええと……なんだったか。東方の遺跡で手に入れた魔刻剣エンクレイブド・ソードだ。確か、風刃フウジン雷神ライジンとか言ったか」


 古代の王城跡で精霊を宿した石像が門衛を務めていたのだ。右が風の魔法を、左が雷の魔法を使う奴で、潰すのにかなり苦労した。

 石像が使っていた片刃反身の剣――カタナはなかなかバランスが良かったので、記念に持ち帰って再充填リチャージをしてみた。


「こっちの意思を読み取って自動的に魔法を発動してくれるのはいいんだが、いかんせん威力が高すぎてな。一度ダンジョンで振ってエライ目にあってからは、使い方を考えるようになった」

「……それがしの記憶が確かならば、古代東方の名匠ワザムネの手によるものです。まさか現存していたとは……」

「ああ、うん、そうだ。魔刻匠のオヤジも同じこと言ってたぞ。使わなくなったら言い値で買うとかなんとか」


 今思い出した。すまん、オヤジ。


 あとは防具か。

 これは幼竜鱗と抗魔アンチ・マジック処理済のミスリルを組み合わせた対魔法仕様のプレート・アーマーがある。着心地がいいかと言うと微妙だが、魔法使いの集団や大型モンスターを相手にする時に贅沢は言えない。

 それ以外にも、いくつか小道具を見繕っていく。


「オリガ、お前の鎧は魔法対策してなかったよな。ここで使えそうな防具はあるか?」

「あの、それがしの財布程度では、とてもお借り出来そうなものは……」

「細かい事を気にする奴だな……いいから選べ、気に入ったらやる。報酬の前払いだと思え」


 オリガは言葉を失ったようだった。

 だが、しばらくすると状況を受け入れたようで、目を輝かせながらあたしのストックを物色し始めた。

 何本か剣を掴み、何着かの鎧を当ててみて。


「それがし、こちらをお借り受けしたいと思います」


 差し出してきた剣は、薄造りの刀身に特徴的な溝が刻まれたものだった。

 高熱を発する火竜の舌を加工した繊維を埋め込むことで、斬れ味を飛躍的に高めた実験試作品……確か刀匠はシンプルにサラマンダーと呼んでいたな。


(いい選択だ。派手な付与効果のある武器は、扱いに慣れないといけないしな)


 防具の方は、風の魔法陣を刻んだプロテクター……名前は確か、ベリンダとか言ったか。

 頭、手、肘、肩、腰、膝、足、と各部をカバーする金属鎧だ。

 面積は少ないが、各部から風を噴射して攻撃を反らしたり、転倒を回避したりできる。


 ドジっ子にはぴったりだな。

 発見した遺跡の資料を読み解いた魔法使いによれば、古代では子供の怪我防止に使われていたらしい。


「……オリガ。お前、品選びのセンスがいいな。どこで身につけた」

「光栄ですッ! その、それがし、幼少の頃より冒険譚を乱読しておりまして……英雄達に与えられた伝説の品々を、自分ならどう使うかと夢想していたものですから」


 なるほど、そういう経験も役に立つのか。

 というか薄々感じてはいたが、オリガの奴、本が大量にあるような環境――そこそこ財のある貴族の生まれなんだな。そういえばユーリィも、酔っ払った時にそんなようなこと言ってたか。


 あたし達は、持ち出した武装をギドランズさんに調整してもらうと、村外れの丘――あたし特製の訓練場で試し斬りを行った。


 三年近く埃を被っていたとはいえ、上等なものには変わりない。

 風刃フウジン雷神ライジンは、あたしの手にすぐ馴染んだ。


「すごい……素晴らしいです、この、サラマンダーという剣! どんな刃筋でも通ります!」

「だろう? 防具や服に引っ掛けるだけでも燃やせるから、便利なんだよ。ただし折れやすいから、油断するなよ。作った奴が言うには、折れたら刀身の熱が暴走して爆発するらしい」

「はいッ、承知しましたッ」


 オリガに剣を置かせると、続いて風魔法のかかったプロテクターベリンダの試験を始める。


「そいつの扱いには慣れが必要だ。怪我するなよ」

「がんばりますッ」


 元気よく答えたオリガに向かって、あたしは適当に石やら枝やらを投げつけた。


 初めはオリガも華麗にかわしていたが、段々とベリンダが起こす風の反動が制御できなくなってきて、ちょいちょい転びそうになり、逆噴射で復帰し――その反動に耐えきれずまた転びそうになる。

 そこで動揺するもんだから、ベリンダが更に風を噴射して、今度は空中に舞い上げられて、


「やッ、はッ、ちょッ、なんだこれッ、待ッ、んぎゃッ、わッ、だッ、だああああぁッ」


 うんうん、今のうちに精一杯転んでおけ。

 実戦だったら五、六回は致命傷を受けていると思うが。

 いや逆にぐるんぐるんびよんびよん動き回りすぎて、敵も近づけないか?

 うわ、今なんかすごい方向に首が曲がったぞ。


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