第51話 おじさん、女神と天使に出会う

 窓辺に差し込む夕陽に照らされた黒髪は、黄昏に似て優しく甘い。

 流れる髪を押さえて溢れた微笑みは、慈悲であると同時に希望でもあり。

 であるならば、優美な曲線を描く身体に纏わせた白絹は、さながら付き従う天使の足跡といったところか。


「……あの、アルフレッド、さん? その……あまりじっと見られると、ちょっと……恥ずかしい、です」


 彼女が恥じらいに頬を染めて、自らの肩を抱きしめたとき。

 僕はようやく正気に戻った。


「――あ、その、えっと、ごめん! 本当に、あの、以後こういう事が無いよう厳に! 厳に! 戒めて参りますので! どうか何卒!」

「それはもう大丈夫ですから、ホント、あの、立ってください」


 僕は膝をついたまま、傍らのカレンを振り向く。


「おとーさん、ごめんね。おでこ、だいじょうぶ?」

「ああ、うん、怪我は大したこと無いけど……いいかいカレン、ドアを開ける前には必ずノックししよう。それと、例え親しい間柄でも、人が着替えているところに突然入るのは良くない。他人を連れてくるのもダメだ。人の裸っていうのは、そう簡単に見ていいものじゃないんだよ、分かるかい?」


 もちろん今回はカレンだけが悪いんじゃなくて、止められなかった僕も悪いんだけど。

 でも、こういう時にはきちんと伝えておかないと、のちのちもっとチヅルさんに迷惑をかけることになりかねない。

 カレンの父親として、それは避けなければ。


「はーい……でもカレン、おとーさんに見せたくて探してたの」

「見せたかった……って、何を」

「あの、アルフレッドさん、怒らないであげてください。わたしが頼んだんです」


 ちょ、え、チヅルさんまで?

 見せるって、その、ええと、どういうこと?


「これ、星祭スターフェスの衣装なんですけど、あの……試着してみたら、思った以上に恥ずかしかったので、オリーブさんに手伝ってもらってアレンジしてみたんです」


 言われて、僕はようやく気づいた。


(これ、確かに……女神の装束だ)


 記憶にある衣装は、もう単純に布を巻いただけというか、古代の人々の苦労が忍ばれるデザインだったのだけど。

 今チヅルさんが着ているものは、ずっと現代的というか、未来的――いや、むしろこれは、


「……チキュウっぽい、デザインだね」


 隠すところはきちんと隠しながら、身体のラインを美しく見せるようにシルエットが工夫されている。

 首元と鎖骨周りを覆う薄絹、腰から広がりながらも落ちていくスカートのライン――他にも僕には分からないような細かい工夫がたくさん施されている気がする。


「すごい、すごい素敵だよ、チヅルさん! これ、君がデザインしたの?」

「いえ、わたしは思いついたことを言っただけで、実際に形にしてくれたのはオリーブさんです」


 チヅルさんの横、作業台に座っていた老齢の女性――オリーブ・マッキネンさんは、やけに意味深な笑みを浮かべながら、


「ようやくアタシのことも思い出したみたいだね、アル坊」

「あああ、すみません、ホントお騒がせして申し訳ないです……」


 かつては王都の大手仕立て屋で働いていたというオリーブさんは、鍛冶屋のギドランズさんと同じ職人肌だ。

 愛想には縁がなく、人を褒めることもめったに無い。

 でも。


「賢い子だよ、チヅルは。ウチで修行すればアタシの次ぐらいにはなれるんじゃない?」


 だからこそ、彼女の称賛はオリハルコンよりも貴重だ。

 チヅルさんは慌てて首を振っているけど。


「ありがとうございます、オリーブさん。……うん、本当にすごいと思うよ、チヅルさん。他の女の子達も、これ着たいって子、多いんじゃないかな?」

「はい、その、ナットちゃんとかも着たいって言ってくれて、それで」


 てってってっ、とカレンがチヅルさんの前に出てきた。

 そして、とんでもなく誇らしげな顔で、纏っていたマントを跳ね除ける。


「じゃーん! カレンも作ってもらっちゃった!」

「子供用の試作品さね。ナットが恥ずかしがるんで、カレンに着せてやったのさ」


 例えるなら、星々の間を巡り祝福を振りまく天使のような。

 くしゅくしゅとした薄絹で飾られたスカート、フワリと膨らんだ袖、腰元に花開いた純白のリボン。


「か……か、かかかか――」


 とにかく、見たこともないほど愛らしいデザインが、カレンのかわいさを数倍、数十倍、数百倍にも引き立てている。


「かわいいっ! カレン、それ、その服、すっごい似合ってる! めちゃくちゃかわいいよっ」

「えーへーへー、でしょー! やったー! おとーさんに褒められたっ! 褒められたっ!」


 僕は思わずカレンを抱きしめようとして、チヅルさんに止められた。


「気持ちは分かります……けど、まだ仮縫いなんで、ぎゅってしたらほどけちゃうんで」

「ぬぐぐ……分かりました」


 僕は断腸の思いで腕を引っ込めた。

 帰ったら、いっぱいだっこさせてもらおう。うん。


「それと、他の娘達用にもいくつかは作るつもりさ。流石にチヅルの体型に合わせたんじゃ、この村だと、あとはアガタとエレナぐらいしか着られないからね」

「ありがとうございます、オリーブさん! ただでさえお忙しい時期なのに、ご協力いただいて」

「ま、出来る範囲さ。……祭と孫の笑顔は、年寄りの趣味だからね」


 照れくさそうに、オリーブさんが付け加える。

 ……きっと、頭の中はナットの為の衣装でいっぱいなんだろうな。


星祭スターフェス、絶対に成功させなきゃ)


 たくさんの人の期待と喜びがかかっている。

 僕はそれを裏切る訳にはいかない。


(……頼んだよ。エレナ、ユーリィ――それに、オリガも)

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